ブラジル:アマゾン先住民指導者ラオニ・メトゥクティレ、集中治療室入院を経て退院

アマゾン熱帯雨林の保護活動で知られるブラジルの先住民指導者ラオニ・メトゥクティレ(Cacique Raoni Metuktire)は、2026年6月から約1か月にわたり入院治療を受けた後、7月15日に退院した。

ラオニはカヤポ(Kayapo)の酋長で、数十年にわたりアマゾン熱帯雨林と先住民コミュニティーの保護を訴えてきた。各国首脳や王族、ローマ教皇らにも働きかけを行い、先住民の権利擁護と環境保全を訴える代表的な存在の一人である。

 

6月、感染症による容体悪化で集中治療室へ

ラオニは2026年6月14日、健康状態の悪化を受け、ブラジル西部マットグロッソ州シノップ(Sinop, Mato Grosso)のドイス・ピニェイロス病院(Hospital e Maternidade Dois Pinheiros)へ搬送された。

初期検査では腎機能の異常と重度の感染症を示唆する所見が確認された。主な診断は、嘔吐に伴う誤嚥性肺炎を原因とする肺感染による敗血症であった。病院は、ラオニが集中治療室(Intensive Care Unit:ICU)で継続的な監視を受けており、容体は重篤であると説明した。

ラオニはその後、専門的な治療を受けるため、シノップからサンパウロ市(São Paulo)へ航空機で搬送された。搬送先は、サンパウロ連邦大学(Universidade Federal de São Paulo:Unifesp)サンパウロ医学部(Escola Paulista de Medicina)附属サンパウロ病院(Hospital São Paulo)であった。

搬送時には、ドイス・ピニェイロス病院の医師ダグラス・ヤナイ(Douglas Yanai)が同行した。

 

サンパウロ病院で手術と合併症の治療

ラオニは6月19日、高位腸閉塞と誤嚥性肺炎のためサンパウロ病院へ入院した。翌20日には、腸管の通過を維持するため、腸閉塞を解除する手術を受けた。

入院中には複数の合併症が発生した。6月29日には上部消化管出血が確認され、内視鏡検査で胃と十二指腸の活動性出血が確認されたが、医療チームによって止血された。

6月30日には右肺の気胸が確認され、ドレナージ処置が実施された。その後、7月7日には病状の改善を受けて集中治療室(ICU)を退室し、一般病棟へ移った。

7月10日には再び消化管出血が発生したが、医療チームによって制御された。7月12日の医療報告では、腎機能の改善が確認され、経口での食事摂取を再開したことが明らかにされた。

同報告では、ラオニは意識があり、指示に応答し、容体は安定していると説明された。一方で、せきや痰の症状は続いていた。

 

7月15日に退院

ラオニは約1か月間の入院治療を経て、2026年7月15日にサンパウロ病院を退院した。医療チームは、ラオニが薬物療法や各種処置に良好に反応し、回復したため退院が認められたと発表した。

退院後、ラオニはマットグロッソ州の居住地域で療養する予定であり、引き続き経過観察を受ける。

 

過去の入院歴

ラオニは2026年5月にも、ヘルニアによる激しい腹痛のためドイス・ピニェイロス病院に入院した。治療後に一度退院したが、その後、肺炎の治療のため再び集中治療室へ入院した。また、ラオニには慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:COPD)、ペースメーカーを植え込んだ心疾患、心不全などの基礎疾患がある。

2022年9月には心疾患と診断され、ペースメーカー植え込み手術のためシノップの病院に入院した。その後、コリデル(Colíder)で療養した後、村へ戻った。

2020年7月には体調不良によりコリデルの病院へ入院し、消化器系の合併症と脱水症状のため航空機でシノップへ搬送された。同年9月にはシングー先住民公園(Parque Indígena do Xingu)の医療チームによって肺炎と診断され、再び入院した。

 

アマゾン保護を訴え続けたカヤポ指導者ラオニの歩み

ラオニ・メトゥクティレは、1932年、ブラジルのカヤポ族の居住地の奥地にあるクライモピジャカレ村(Krajmopyjakare、現カポト村〈Kapôt〉)で生まれた。ラオニ酋長やロプニ(Ropni)の名でも知られている。

ラオニはカヤポの指導者として、先住民の権利、森林保全、民族の文化や尊厳を守る活動を続けてきた。先祖代々受け継がれてきた知恵と、国際社会との外交的な働きかけを組み合わせながら、アマゾン熱帯雨林と先住民社会の保護を訴えてきた。

ラオニが外部社会と接触したのは1954年である。当時22歳だったラオニは、カヤポ族メトゥクティレ集団の一員として外部との交流を始めた。この経験は、カヤポの土地を守りながら、森林の外部に協力関係を築いていく活動の始まりとなった。

軍事政権下での抵抗運動

ラオニが国際的な注目を集めるようになったのは1970年代である。ブラジル軍事政権(1964~1985年)が進めたアマゾン横断道路の建設計画に対し、反対運動を展開した。

1977年には、ラオニの生涯を描いたドキュメンタリー映画がフランスのカンヌ国際映画祭で上映され、国際的な関心を集めた。その後、ラオニはアマゾンの森林破壊を防ぎ、先住民の土地と生活を守るための活動を継続した。

スティングとの出会いと国際活動の拡大

ラオニが世界的に知られる契機となったのは、1987年に英国のミュージシャン、スティング(Sting)がシングー地域を訪問し、ラオニと出会ったことである。この出会いをきっかけに、森林伐採の阻止や、先住民の土地や生態系への影響が懸念されたベロ・モンチ・ダム(Belo Monte Dam)の建設に反対する国際的な活動が展開された。

1989年4月から6月にかけて、ラオニはスティングとともに17か国を歴訪した。この活動を通じて、熱帯雨林保護を目的とする財団の設立や、先住民保護地域の整備に向けた資金調達が進められた。同年、ラオニは初の海外歴訪を行い、アマゾン熱帯雨林と先住民の権利保護を国際社会に訴えた。

シングー地域の保護と国際社会での活動

1993年、国際社会からの支援と地域での組織的な活動により、ラオニが掲げていた先住民保護構想が実現した。バウ(Baú)、カヤポ(Kaiapó)、パナラ(Panará)、カポト・ジャリナ(Kapôt Jarina)、バジュムコレ(Bàdjumkôre)、メクラグノティレ(Mekragnotire)の各先住民保護区が統合され、シングー先住民保護区(Terras Indígenas do Xingu:TIX)が形成された。同保護区は18万平方キロメートルを超える面積を持ち、ブラジル憲法の下で保護されている。

その後もラオニは、アマゾン熱帯雨林と先住民の権利を守るため、国際的な働きかけを続けた。2000年には、フランスのジャック・シラク大統領(Jacques Chirac)と会談し、シラク大統領から「環境保護闘争の生ける象徴」と評された。2001年にはカナダ・ケベック州(Québec)を訪問し、イヌ(Innu)の人々と交流した。2007年には日本を訪問し、自らの理念を伝えた。2010年には欧州で活動し、ベロ・モンチ・ダム建設への反対を改めて表明した。

ラオニはこの時期、「私は戦士たちに戦いへの備えを命じた。シングー川上流域の部族にも同じことを伝えた。私たちは屈しない」と述べ、先住民の土地と文化を守る姿勢を示した。

政治指導者との対話と先住民の権利擁護

ラオニは各国の政治指導者や国際機関に対して、アマゾンの保護と先住民の権利を訴え続けた。2012年には、フランスのフランソワ・オランド大統領(François Hollande)とエリゼ宮殿(Palais de l’Élysée)で会談し、アマゾンと地域に暮らす人々の保護を求めた。2020年には、マットグロッソ州立大学(Universidade do Estado de Mato Grosso:Unemat)から名誉博士号(Doutor Honoris Causa)を授与された。この称号は、専門分野で顕著な功績を挙げた人物や、社会への貢献が評価された人物に授与されるものである。2023年1月1日には、ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ大統領(Luiz Inácio Lula da Silva)の就任式に出席した。その際、ルラ大統領とともにプラナルト宮殿(Palácio do Planalto)のスロープを上り、ブラジル政治における先住民の存在感を示した。

ラオニは「森林を守らなければ、私たちは皆問題を抱えることになる。そのことを理解しなければならない」と述べ、森林保全の必要性を訴えた。

2024年には、ローマのバチカンでフランシスコ教皇(Papa Francisco)に書簡を手渡し、気候変動と気候災害について訴えた。

カヤポの価値観を基盤とした活動

ラオニの活動は、カヤポの価値観である領土の防衛、共同体による指導、文化への誇り、強靱さを背景としている。ラオニは、森林と先住民は切り離せない存在であり、森林を守ることは先住民の生活や文化を守ることにつながるという考えを示してきた。

各国首脳との会談や国際舞台での活動を続ける一方で、ラオニはカヤポとしてのアイデンティティーを維持し、先住民社会の立場から発言を続けた。その活動は、自らの民族だけでなく、土地や生活様式が脅かされている先住民の権利を訴えるものでもあった。

 

晩年も続くアマゾン保護への取り組み

90歳を超えた後も、ラオニは活動を続けている。2023年には、ブラジルの政治の場において先住民の存在と権利を示す活動を行い、同年6月にはフランス・パリ(Paris)で撮影された姿が報じられた。ラオニは生涯を通じて、アマゾン熱帯雨林の保護、先住民の権利擁護、文化の継承を訴え続けている。

#RaoniMetuktire

 

参考資料:

1.Amazonian tribal leader Raoni hospitalized in intensive care
2. Cacique Raoni recebe alta após um mês internado em hospital de São Paulo
3. CHIEF RAONI: THE KAYAPO WARRIOR WHO INSPIRED THE WORLD TO PROTECT THE AMAZON

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