IWGIA:ベトナムにおける先住民族をめぐる状況―2025年の権利問題と弾圧

(Photo:IWGIA)

ベトナムは54の民族を公認する多民族国家である。このうち53民族が少数民族であり、人口約1億人の約14%を占めている。各少数民族は、それぞれ固有の言語、文化、伝統を有している。ベトナムで活動する国際機関の中には、これらの民族を指す際に「少数民族(Ethnic Minorities)」と「先住民族(Indigenous Peoples)」の用語を互換的に使用する機関もある。

すべての少数民族はベトナム国籍を有しており、ベトナム憲法はすべての人々が平等な権利を持つことを認めている。一方で、少数民族のコミュニティでは貧困状態にある人々の割合が高い。

少数民族の多くが暮らす北部山岳地域および中部高原地域では、多次元的貧困率が全国平均の2倍以上となっている。また、教育修了証明書を持たない人の割合は、ベトナムの主要民族であるキン族(Kinh)およびホア族(Hoa:中国系ベトナム人)の約2倍である。さらに、少数民族とキン族・ホア族の間では、所得および支出の格差が近年拡大している。

 

国際人権制度への対応

ベトナムは、国連が人権保障の中核を担う国際人権条約として位置付ける9つの主要条約のうち、7条約の締約国である。これらの条約は、人種差別の撤廃、市民的および政治的権利、経済的・社会的・文化的権利、女性、児童、障害者、移住労働者の権利、拷問の禁止、強制失踪からの保護など、幅広い人権分野を対象としている。

ベトナムは、強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約(International Convention for the Protection of All Persons from Enforced Disappearance:ICPPED)およびすべての移住労働者及びその家族の権利保護に関する国際条約(International Convention on the Protection of the Rights of All Migrant Workers and Members of Their Families:ICRMW)への加入についても検討を続けている。

また、ベトナムは、人種差別撤廃条約(International Convention on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination:CERD)、女子差別撤廃条約(Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination against Women:CEDAW)、児童の権利に関する条約(Convention on the Rights of the Child:CRC)を批准している。

一方で、ベトナムは国際労働機関第169号条約(International Labour Organization Convention No.169:ILO Convention No.169)を批准していない。また、国連先住民族の権利に関する宣言(United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples:UNDRIP)には賛成票を投じたものの、国内法上では少数民族を先住民族として認めていない。少数民族に関する独立した法律は存在しないが、政府機関である少数民族問題委員会(Committee on Ethnic Minority Affairs)が、少数民族に関する政策の策定および行政を担当している。

 

2025年における先住民族の否認と弾圧

ベトナムは東南アジアにおける多民族国家であり、先住民族が暮らす地域でもある。先住民族は、祖先から受け継いだ土地において、自然環境との関係を維持しながら、経済的、社会的、文化的権利を形成してきた。一方で、歴史的な国境の設定や統治体制の変化により、先住民族の伝統的な土地には境界が設けられ、外部からの統治制度や文化的規範が導入されてきた。

現在、ベトナム政府は先住民族による自己認識を認めておらず、憲法および法制度では54の「民族(ethnic groups)」のみを公式に認めている。政府は、国内に先住民族は存在しないとの立場を維持している。これに対し、国際的に認められる先住民族の基準には、植民地化以前からの歴史的継続性、独自の文化や言語、先住民族としての自己認識などが含まれている。ベトナム国内には、これらの基準を満たすコミュニティが存在するとされている。

ベトナムは、上述の通り国連先住民族の権利に関する宣言(UNDRIP)を支持はしている。しかし、その内容を国内法に反映しておらず、国際労働機関第169号条約も批准していない。こうした状況の中、ベトナム国内の先住民族は、国連先住民族の権利に関する宣言(UNDRIP)に基づく権利の実現を求める活動を行う過程で、迫害や報復に直面している。

2025年には、先住民族としてのアイデンティティが認められない状況が続く中、人権擁護活動家への弾圧が強まった。特に、メコンデルタのクメール・クロム(Khmer-Krom)および中部高原のモンタニャード(Montagnard)のコミュニティで状況が悪化した。メコンデルタから中部高原にかけて暮らす先住民族は、祖先の聖地や土地、水域に結び付いた伝統的な精神文化の継承から、寺院や教会における宗教活動まで、基本的自由に関する課題に直面している。

2025年には、クメール・クロムおよびモンタニャードの人権擁護活動家をめぐり、逮捕、長期間の公判前勾留、拷問や自白強要の疑い、非公開裁判などが報告され、ベトナムの国際人権義務への適合性について懸念が示された。また、先住民族による文化的慣習の実践や、人権に関する国際的な記念日に関連する活動が刑事責任の対象とされているとされる。

ベトナムは国際人権条約の批准を進め、国連の人権条約機関にも参加している。しかし、法制度や政府の対応は、複数の懸念事項に十分応えておらず、先住民族が認識されない状況が続いている。国連人権理事会(United Nations Human Rights Council:UNHRC)の特別手続も複数の懸念を示しているが、政府は不正行為を否定し、問題の責任を先住民族側に求めている。

 

クメール・クロムの宗教活動と人権擁護活動をめぐる弾圧

クメール・クロムの宗教活動家や人権擁護活動家をめぐり、ベトナムでは宗教の自由、先住民族の権利、表現の自由に関する懸念が示されている。

2023年11月25日、クメール・クロムの仏教僧侶であるタック・チャン・ダ・ラ師(Thạch Chanh Đa Ra)は、ベトナムにおける宗教の自由および先住民族の権利侵害を受けているとして、国連宗教または信仰の自由に関する特別報告者(United Nations Special Rapporteur on Freedom of Religion or Belief)および国連先住民族の権利に関する特別報告者(United Nations Special Rapporteur on the Rights of Indigenous Peoples)への緊急申し立ての対象となった。申し立てによれば、タック・チャン・ダ・ラ師は1990年1月27日生まれで、ベトナム仏教教会(Vietnam Buddhist Sangha:VBS)ビンロン省支部の元構成員であり、ダイトー寺院(Đại Thọ Temple)の住職を務めていた。所在地は、ベトナム南部ビンロン省(Vĩnh Long)タムビン地区(Tam Bình)ローンミー(Loan Mỹ)キーソン集落(Kỳ Sơn Hamlet)である。申し立てでは、関係者として、ビンロン省ベトナム仏教教会執行委員会(代表者:ティック・レ・ラック師(Thích Lệ Lạc))、ビンロン省当局および警察が挙げられている。

同日、ビンロン省ベトナム仏教教会執行委員会は決定書第771/QĐ-BTSを発行し、タック・チャン・ダ・ラ師の僧籍を剥奪するとともに、宗教上の身分証明書類、得度証明書、およびダイトー寺院の公式印章を直ちに没収するよう命じたとされる。

申し立て側は、この措置について、クメール・クロムの文化、言語、祖先から受け継いだ寺院の財産を守る活動を行う仏教僧侶に対する組織的な威圧や、恣意的な僧籍剥奪、その後の逮捕につながる一連の対応の一部であると主張している。また、同師に対する対応は透明性のある適正手続きを欠き、宗教の自由および表現の自由に関する権利を侵害すると申し立てている。

国際法上の権利をめぐる主張

申し立て側は、ベトナム当局および国家公認のベトナム仏教教会による対応について、以下の国際的基準に反すると主張している。

  • 世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights:UDHR)第18条
  • 市民的及び政治的権利に関する国際規約(International Covenant on Civil and Political Rights:ICCPR)に基づく宗教の自由に関する権利
  • 国連先住民族の権利に関する宣言(United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples:UNDRIP)に基づく、クメール・クロムの人々が文化的・宗教的制度を維持する権利

また、申し立てでは、国連特別報告者に対し、タック・チャン・ダ・ラ師の僧籍剥奪および拘束の法的根拠の説明、同師の身体的安全と精神的健康の確保、クメール・クロムの仏教僧侶およびコミュニティに対する嫌がらせ、差別、迫害の停止を求めている。

 

クメール・クロム人権擁護活動家の逮捕と起訴

ベトナムでは、国家安全保障や公共秩序に関する規定が、平和的な表現活動や結社の自由を制限するために用いられることがある。その代表的な規定の一つが刑法第331条であり、「民主的自由を濫用して国家の利益を侵害する行為」を犯罪として定めている。国際人権団体や国連専門家は、この規定について、内容が曖昧であり、表現の自由に関する国際基準と整合しないとして批判している。

2025年3月27日、ベトナム当局はチャビン省(Trà Vinh)で、クメール・クロムの人権擁護活動家であるキム・ソム・リン師(Kim Som Rinh)、タック・ガー(Thach Nga)、タック・スアン・ドン(Thach Xuan Dong)の3人を逮捕した。3人は刑法第331条に基づき、「民主的自由の濫用」の容疑で起訴された。容疑は、平和的なソーシャルメディア上の活動や、人権侵害、先住民族としてのアイデンティティ、宗教の自由に関する公的発言に関連するものと報じられている。キム・ソム・リン師は上座部仏教の僧侶であり、地域社会の指導者である。また、タック・ガーおよびタック・スアン・ドンは、先住民族の権利や文化保護に関する平和的な活動に取り組んできた。逮捕後、3人は約8か月間にわたり公判前勾留された。この期間中、弁護士へのアクセスや家族との面会が認められなかったと報告されている。

クメール・クロム側は、この事件を国連先住民族問題常設フォーラム(United Nations Permanent Forum on Indigenous Issues:UNPFII)および国連人権理事会(United Nations Human Rights Council:UNHRC)の複数の特別手続に提起した。一方、2025年11月18日、ビンロン省の地域12人民裁判所は非公開裁判を行い、3人に対してそれぞれ3年6か月の禁錮刑を言い渡した。

裁判は一般市民、独立した監視団体、外交関係者には公開されなかった。クメール・カンプチア・クロム連盟(Khmers’ Kampuchea-Krom Federation:KKF)および代表なき国家民族機構(Unrepresented Nations and Peoples Organization:UNPO)は、この手続きについて、透明性や効果的な弁護を受ける権利など、公正な裁判に必要な基準を満たしていなかったと述べている。また同日、国際女性デーの活動や先住民族の権利啓発活動に関わっていたクメール・クロムの女性、タック・ティ・ホア・リー(Thach Thi Hoa Ri)も、刑法第331条に基づき逮捕されたと報告されている。

 

虐待疑惑と外部との連絡を絶たれた拘禁

拘束された活動家の処遇をめぐり、深刻な懸念が示された。特にタック・ガーは、数か月間にわたり外部との連絡を遮断された状態で拘禁されていたと報じられている。米国国際宗教自由委員会(United States Commission on International Religious Freedom:USCIRF)の記録によれば、タック・ガーには、拘禁中に暴行を受けたことと一致する顔面の傷痕が確認されたともされている。

2025年8月、国連人権高等弁務官事務所(Office of the High Commissioner for Human Rights:OHCHR)は声明を発表し、クメール・クロム先住民族に対する継続的な弾圧への懸念を示した。声明では、先住民族としてのアイデンティティや宗教的自治に関する平和的な表現が犯罪化される傾向があると指摘した。

さらに、2025年10月には、国連特別手続(United Nations Special Procedures)の複数のマンデート保持者が、ベトナム政府に対して共同書簡を送付した。この書簡には、人権擁護者の状況に関する国連特別報告者(Special Rapporteur on the situation of human rights defenders)も参加しており、メコンデルタの独立系仏教寺院に関係する僧侶や在家活動家を含むクメール・クロムの先住民族について、恣意的逮捕、拘禁、虐待疑惑への懸念を表明した。共同書簡では、長期間にわたる外部との連絡を遮断した拘禁、弁護士へのアクセス拒否、宗教の自由への制限が問題として指摘されている。

 

国境を越えた弾圧とモンタニャードの事例

2025年における先住民族活動家への弾圧は、ベトナム国内にとどまらず、国外にも及んだ。

2025年11月下旬、モンタニャードのエデ族(Êđê)出身で、人権活動家および難民認定者であるエ・クイン・ブダップ(Y Quynh Bđăp)は、タイからベトナムへ強制送還された。送還前には、複数の国際機関が、同氏がベトナムへ移送された場合、拷問やその他の重大な人権侵害を受ける高い危険性があるとして警告していた。

国連専門家および人権団体は、この送還について、迫害や重大な人権侵害の危険がある国への移送を禁じるノン・ルフールマン原則(non-refoulement)に反するとして批判した。また、エ・クイン・ブダップは、以前にテロ関連の罪で欠席裁判による有罪判決を受けていたが、その判決は政治的動機に基づくものと広く見なされていると指摘された。

この事例は、ベトナム出身の先住民族活動家が地域的に直面するリスクを示している。監視活動、治安機関間の国境を越えた協力、安全な避難先の減少などが課題として挙げられている。

 

土地法と先住民族による対応

2024年土地法(Land Law No.31/2024/QH15)は、2024年8月1日に施行され、2025年から2026年にかけても引き続き効力を有している。同法には、少数民族世帯の土地へのアクセスを支援する仕組みが含まれている。しかし、先住民族に対する独自の法的権利を創設するものではなく、2025年には大幅な改正や再制定は行われなかった。施行後には、法律の実際の運用を支えるための実施指針や関連規則が整備されたが、法律の基本的な内容は維持されている。一方で、自らの土地や文化的・宗教的空間を守ろうとする先住民族の活動家や宗教指導者は、引き続き有罪判決を受け、不当な拘禁や自白強要に直面しているとされる。

メコンデルタのローンミー(Loan My)地区にあるトンフン集落(Tong Hung Hamlet)では、クメール・クロムの仏教コミュニティが宗教施設を建設していた。この施設は、タック・ティ・サ・バック(Thach Thi Sa Bach)がコミュニティに提供した土地に建てられ、クメール・クロムの仏教信徒が上座部仏教(Theravada Buddhism)を実践する場として利用していた。また、集落の子どもたちにクメール語を教える場所としても使用していた。しかし、ベトナム当局は、この施設が違法に建設されたとして取り壊しを命じた。

2020年11月19日、トンフン集落の住民は、施設建設の開始を記念する伝統的な宗教儀式の動画をソーシャルメディア上で公開した。施設はその後、約90%まで完成していた。しかし、ビンロン省(Vinh Long)の当局は、施設が違法に建設されたとして取り壊しを求める対応を取った。2022年10月12日、当局の代表者は施設を訪問し、取り壊しを命じる裁判所命令を読み上げたが、クメール・クロムの仏教信徒から抵抗を受けたため、その場を離れた。

同年12月2日、当局はコミュニティに対し、裁判所の判断に基づき施設の取り壊しを実行するよう求める書簡を送付した。12月10日には、当局の代表者が再び訪問し、裁判所命令を執行しようとしたが、住民は門を開けず、立ち入りを認めなかった。この取り壊しをめぐり、地域社会では、高齢者が宗教的儀式や礼拝に参加すること、また子どもたちが近隣の寺院で母語であるクメール語を学ぶことが困難になる状況が生じた。

タック・ティ・サ・バックと住民らは、宗教的・文化的空間を維持する権利を守ろうとした。当初、地方当局から支援の約束があったものの、地域社会への圧力は強まり、最終的に施設の取り壊しに至った。

この出来事については2022年にもキリスト教連帯世界(Christian Solidarity Worldwide:CSW)の創設会長メルビン・トーマス(Mervyn Thomas)が、ベトナムにおける民族的・宗教的少数者コミュニティへの継続的な標的化に懸念を示している。キリスト教連帯世界(CSW)は、遠隔地に暮らす先住民族、特にクメール・クロムのような人々が、信教または信仰の自由を含む権利について深刻な侵害を受けることが多いと指摘し、ベトナム当局に対して取り壊し命令の撤回と、クメール・クロムの仏教信徒への嫌がらせの停止を求めた。

 

先住民族への影響

クメール・クロムをはじめとする先住民族コミュニティにとって、2025年の出来事は、長年続いてきた差別や社会的周縁化の状況を改めて示すものとなった。

先住民族としてのアイデンティティ、宗教、人権に関する平和的な活動が犯罪化されたことで、地域社会の指導者や市民参加に萎縮効果が生じたとされる。また、非公開裁判の実施や自白強要の疑いは、司法制度および法の支配に対する信頼を損なう要因となった。

ベトナムが先住民族を法的に認めていないことは、文化的存続、宗教の自由、自己決定権など、先住民族の集団的権利を保護する国際基準に基づく取り組みを困難にしている。先住民族としてのアイデンティティそのものが、訴追や収監につながる要因となっていると指摘されている。

クメール・クロムの人々は、自らの言語を使用し、日常生活の中で文化が尊重され、聖地が保護されること、さらに長年にわたる差別の是正を求めている。また、クメール・クロムおよびその他のベトナムの先住民族は、平和的に権利を行使したことを理由に拘束されている人々の即時釈放を求めている。あわせて、公開裁判、独立した法的代理人へのアクセスを含む公正な裁判の保障を求めている。

刑法第331条が先住民族としての活動を理由とした処罰に利用されていることについては、同条の廃止、または少なくとも改正の必要性が示されている。さらに、先住民族が受けたとされる虐待や拷問について、速やかな調査の実施が求められている。

先住民族は、国内法および政策の中で認められ、国連先住民族の権利に関する宣言(UNDRIP)と整合する制度の整備を求めている。

#UNPFII #IWGIA #UNDRIP

 

参考資料:

1. The Indigenous World 2026
2. Buddhist community ordered to destroy religious hall
3. Vietnam (IWGIA)

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