エクアドル:カイセド――花を売って家族を支えた少年から、エクアドルを代表するスターへ

 

エクアドル代表への道

インデペンディエンテ・デル・バジェで急成長を遂げたモイセス・カイセドは、やがてエクアドル代表からも注目される存在になった。

2020年10月3日、カイセドは2022年国際サッカー連盟ワールドカップ(FIFA World Cup 2022)南米予選に向けたエクアドル代表の招集を受けた。まだ19歳だったが、彼はすぐにグスタボ・アルファロ(Gustavo Alfaro)監督の信頼を得ることになる。

代表デビューの舞台は、2022年カタール大会予選の初戦となったアルゼンチン代表戦だった。その後、ウルグアイ代表戦でゴールを決め、18歳でエクアドル代表史上最年少得点者となった。若きMFの存在は南米サッカー界で大きな話題となり、欧州クラブのスカウトも彼に注目し始めた。

 

ブライトン・アンド・ホヴ・アルビオンへの移籍

その才能を見出したクラブの一つが、イングランドのブライトン・アンド・ホヴ・アルビオン(Brighton & Hove Albion)だった。カイセドはブライトンへ加入し、すぐに欧州サッカーへの適応を進めていった。ただし、加入後すぐにプレミアリーグで主役になったわけではない。経験を積むため、ベルギーのベールスホット(Beerschot)へ期限付き移籍した。そこで試合経験を重ね、短期間でチームの中心的な選手へ成長した。

その後ブライトンへ戻ったカイセドは、中盤で圧倒的な存在感を発揮した。ボール奪取能力、運動量、試合を読む力、そして若手とは思えない落ち着いたプレーによって評価を高めた。プレミアリーグ(Premier League)でも屈指のMF候補として名前が挙がるようになった。

 

世界が注目した才能

カイセドのプレーは、多くのクラブを魅了した。彼は守備的MFとして相手の攻撃を止めるだけではなく、ボールを前へ運ぶ能力も持っていた。その成長速度は非常に速く、エクアドルの小さなグラウンドで育った少年が、世界最高峰のリーグでプレーするまでになった。彼自身、幼少期からの努力を忘れていなかった。

カイセドは、成功した後も高級品や過度な贅沢を好まず、両親から教えられた価値観を大切にしている。「神と家族がその点で私を助けている」「私はいつも落ち着いた人間だった。両親がそのように育ててくれたからだ」「常に謙虚さを大切にし、尊重している。尊重は家庭から生まれるものだ」。彼はそう語っている。

 

自分のルーツを忘れない

カイセドは、海外で成功しても自分が育った場所を忘れない。「エクアドルに帰る時、国外で休暇を過ごすことはあまりない。自分が育った場所で、友人たちのそばにいたいからだ」「私は普通の人間だと思っている」。

そう話す彼は、自分が特別な存在として扱われることに戸惑うこともあるという。「私と写真を撮るために来た人が震えているのを見ると理解できない」。その言葉からも、彼が今でも普通の感覚を大切にしていることが分かる。

 

チェルシー移籍、世界的選手へ

その後、カイセドのキャリアはさらに大きく動いた。2023年、彼はイングランドの名門チェルシー(Chelsea)へ加入した。チェルシーとは長期契約を結び、移籍金は1億3300万ユーロとされ、エクアドル人選手として史上最高額の移籍となった。この移籍によって、彼はプレミアリーグ史上でも最も高額な選手の一人となった。かつて花を売っていた少年は、世界最高峰の舞台でプレーする選手になった。

チェルシー加入後、カイセドはこう語った。「チェルシーに加入できてうれしい。この素晴らしいクラブにいられることに興奮している」「夢が実現した」「マケレレ(Claude Makélélé)、カンテ(N’Golo Kanté)、ポグバ(Paul Pogba)は子どもの頃の私の刺激だった」。「チェルシーを応援し、試合を見ていた。ここにいることは信じられない」。

彼にとってチェルシー加入は、ただの移籍ではなく、幼い頃から描いていた夢の実現だった。

 

尊敬する選手

カイセドは、フランス代表のエンゴロ・カンテ(N’Golo Kanté)やポール・ポグバ(Paul Pogba)を尊敬する選手として挙げている。特にカンテのような守備力と献身性を持つMFは、彼のプレースタイルにも大きな影響を与えた。

ボールを奪い、チームのために走り続ける姿勢は、幼い頃に苦労を経験した彼自身の生き方とも重なる。

 

話題になった母親との写真

2020年、エクアドルのカヤンベ(Cayambe)で、車のトランクに座って母親と撮影した写真が話題になった。チェルシー加入が決まった際、カイセドはその写真を再現しようとした。

以前はチェルシーのファンとしてユニフォームを着ていた。しかし、数年後、そのユニフォームはファンのものではなく、彼自身がプレーするクラブのものになった。

母親はその時、「私たちの夢が実現した。これは家族全員の夢だ」と語った。

カイセドは、「神のおかげだ」と答えた。

花を売っていた少年は、ついに世界最高峰の舞台に立つ選手になった。

Photo:ChelseaFC

 

若い選手たちへの象徴

カイセドの物語は、単なる成功談ではない。困難な環境の中でも、努力を続ければ夢に近づけることを示す例となっている。

彼は自分が特別な才能だけで成功したとは考えていない。周囲の支え、家族の犠牲、そして自分自身の努力があったからこそ現在があると理解している。だから「とても感謝している」と語り、「人々はいつも私を支えてくれた」ことを忘れない。「それは私の成長にとても良いことであり、努力を続け、正しいことを続ける力になる」とカイセドはインタビューで続けた。

サント・ドミンゴ・デ・ロス・ツァチラスで育った少年は、今ではエクアドルを代表する存在になった。世界最高峰のリーグでプレーし、ワールドカップ(World Cup)の舞台にも立った。そして今や代表の主将に任命されている。

しかし、どれだけ有名になっても、彼の原点は変わらない。花を売り、家族を助け、夢を追い続けた少年時代。その経験こそが、現在のモイセス・カイセドを作り上げた。

苦労の中で育った少年が、世界の舞台へ到達した物語。それは、才能だけではなく、努力、家族への愛、そして決して諦めない心が生んだ軌跡である。

#MoisésCaicedo #サッカー

 

参考資料:

1. Moisés Caicedo, el ecuatoriano que pasó de vender velas y flores a ser el futbolista más caro de la Premier
2. Vivía de la venta de flores con su mamá, pero ahora ya fue al Mundial con Ecuador y cobra 9 millones al año
3. Moisés Caicedo: “Lloraba cuando me tocaba vender flores”

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