(Photo:General Incorporated Foundation, Okinawa Convention & Visitors Bureau (OCVB))
国際先住民族問題ワーキンググループ(International Work Group for Indigenous Affairs:IWGIA)は毎年、世界各地の先住民族を取り巻く状況をまとめた年次報告書「世界の先住民族(The Indigenous World)」を発行している。同報告書は、各国・地域の先住民族が1年間に経験した政治、社会、文化、人権などの動向を記録・報告することを目的としており、2025年版では第39版が公表された。
日本に関する章では、日本の先住民族を巡る現状や法的地位、歴史的経緯などについて整理されている。
同章は、北海道大学大学院教育学研究院・メディア・コミュニケーション研究院教授で、15年以上にわたりアイヌ民族の権利擁護活動を支援してきたジェフ・ゲイマン(Jeff Gayman)、アイヌ研究者であり、アーティスト、博物館学芸員、権利擁護活動家でもある鵜澤加那子(Kanako Uzawa)博士、琉球先住民族で「ニライ・カナイぬ会」共同代表の仲村涼子(Ryoko Nakamura)が執筆した。琉球民族に関する章では、沖縄出身でオレゴン州立大学大学院応用人類学博士課程に在籍する酒井莉沙子(Risako Sakai)も執筆に協力している。
日本にはアイヌ民族と琉球民族(沖縄人)という二つの先住民族が存在する。報告書ではアイヌ民族の伝統的領域は、現在ロシア領となっているサハリン(樺太)や千島列島から、現在の北海道を含む日本北部にまで広がっていたとしている。北海道は1869年に日本国家へ一方的に編入されたと記している。現在も多くのアイヌ民族は北海道に暮らしているが、20世紀後半には、就労機会を求めることや北海道で広く存在していた差別を避けることを理由に、数万人が日本各地の都市部へ移住した。アイヌ民族は2008年6月以降、北海道の先住民族として日本政府から公式に認められている。しかし報告書は、この承認は「先住民族の権利に関する国際連合宣言(United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples:UNDRIP)」が定める権利全体が保障されたことを意味するものではないと指摘している。政府の最新調査では、アイヌ民族の人口は北海道で1万1450人(2023年)、北海道以外では210人(2011年)とされている。一方で、専門家は実際の人口はこれを大きく上回ると推定しているという。
報告書はまた、琉球民族(沖縄人)は現在の沖縄県に当たる琉球列島に居住していると説明している。沖縄島は列島最大の島であり、人口も最も多いとしている。琉球民族は独自の文化的特徴を持ち、6つの主要な先住言語集団によって構成されているとしている。歴史的経緯については、日本は1879年に琉球諸島を日本領へ編入し、「沖縄県」を設置したと説明している。第二次世界大戦後は、日本の独立と引き換えに琉球諸島が米軍の管理下に置かれ、1972年に日本へ返還されたとしている。現在、沖縄県には約145万人が居住しているが、日本政府はいまだに琉球民族を日本の先住民族として認めておらず、そのため琉球諸島全体に占める先住民族人口の割合を正確に推計することは困難だと報告している。また、沖縄島の大部分は米軍および日本の自衛隊の軍事施設によって占められていると指摘している。
日本は「先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)」を支持しているものの、無条件の自己決定権については認めていない。また、先住民族の土地や資源、自治などに関する権利を定めた国際労働機関第169号条約(ILO Convention No.169)についても、現在に至るまで批准していない。
アイヌ民族
アイヌ民族の要求は政策に反映されず、ヘイトスピーチや権利問題も継続
国際先住民族問題ワーキンググループ(IWGIA)が公表した年次報告書は、2024年の日本におけるアイヌ民族を巡る状況について、「アイヌ民族が長年求めてきた要求は依然として十分に反映されていない」と報告している。報告書によると、2024年はアイヌ民族が期待していたような大きな政策的進展はなく、比較的静かな一年だった。
3月には約9万3000筆の署名を集めた請願書が提出され、5月には「アイヌ政策検証市民会議」が主催する院内集会が衆議院議員会館で開かれた。しかし、アイヌ施策推進法で定められている5年ごとの制度見直しは、総務省が北海道各地で年末に実施した意見聴取にとどまった。これらの意見聴取は大きく報道されることもなかった。
5月の院内集会には国会議員4人が出席したものの、報告書執筆時点では国会レベルで具体的な動きは確認されていない。北海道と東京都での意見聴取を経て、2025年度末(2026年3月末)までに正式な国会審議が行われる可能性があるとしている。
報告書は、このほかの動きについても「長年にわたりアイヌ民族が求めてきた要求が無視、または軽視されたことを示すものだった」と評価している。
4月には、日本政府と北海道を相手取ったラポロアイヌ民族訴訟の判決が言い渡され、予想されていた通り国側に有利な結果となった。
また、北海道で35番目の国立公園となる日高山脈襟裳十勝国立公園の指定についても、アイヌ民族との十分な協議が行われないまま進められたと指摘している。
アイヌ文化を描く4作品が公開
一方、社会的な注目を集めた出来事として、2024年にはアイヌ民族をテーマにした4本の映画が相次いで公開された。公開されたのは、歴史作品『カムイのうた』、『シサム』、現代のアイヌ一家を描いたドキュメンタリー『Ainu Puri(アイヌ・プリ)』、そして人気漫画・アニメを原作とした実写映画『ゴールデンカムイ』である。
報告書は、『ゴールデンカムイ』について、幅広い人気を集め、アイヌ文化への関心を高めることに貢献したと評価している。その一方、『カムイのうた』『シサム』『Ainu Puri』のような歴史作品やドキュメンタリーは一般社会で十分な評価を受けにくい傾向があると分析している。特に『シサム』については、江戸時代の北海道植民化をアイヌ民族の視点から描いた初の大規模公開映画である可能性があるとして注目した。
また、鈴木直道北海道知事が撮影現場を訪れ支援を表明したことが、後に知事への批判にもつながった。
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アイヌへの差別は悪化傾向
報告書は、これらの出来事が2023年に公表された「アイヌ生活実態調査」の結果を踏まえても発生したことを問題視している。同調査では、アイヌ民族を取り巻く生活状況が悪化していることが示された。
生活保護を受給しているアイヌ回答者の割合は、同じ自治体に住む非アイヌ住民の1.3倍となり、前回調査から4.9ポイント増加した。また、差別を受けた経験があると回答した割合は、2017年調査から5.8ポイント上昇し、31%に達した。
報告書は、映画『シサム』への注目の一部が、鈴木知事による作品支持をきっかけとした差別的投稿へと向かったことも紹介している。鈴木知事は俳優らの知事室表敬訪問の写真を自身のX(旧ツイッター)に掲載した後、多数の差別的な投稿が寄せられたが、「表現の自由への配慮」を理由にコメントを控えたという。
また12月には、札幌市南部で右翼団体「日本会議」が開催した集会に警察が配置された。同団体は北海道の「真実の歴史」を紹介するとして、美術展示や公開講演を行い、子どもの参加も呼び掛けた。会場では、アイヌ民族の先住民族性に疑問を投げ掛ける展示が行われ、講演では北海道内の小中学校で配布されている教材「アイヌ副読本」が「北海道はアイヌ民族の同意なく一方的に日本の一部とされた」と記載している点を問題視した。
アイヌ民族と支援者による権利擁護活動
報告書は一方で、アイヌ民族や支援者による権利擁護活動も継続したと紹介している。
2023年12月には、北海道大学でアイヌ研究者モコットゥナシ・キタハラが主催した、人種差別への理解を深める漫画『アイヌ・モヤモヤ(不安な気持ち)』の発表会が開かれ、多くの報道が行われた。
また、2023年2月の杉田水脈によるヘイトスピーチ発言を受けて始まった抗議活動は、2024年1月にも実施された。この抗議活動はアイヌの長老が主導し、沖縄出身者や部落出身者らの支援者を含む多民族の実行委員会によって開催され、約200人の市民が参加した。しかし、杉田本人や当時所属していた自由民主党から反応はなかったという。
4月には、日本文化人類学会が、過去の研究不正についてアイヌ民族へ公式謝罪した数日後、アイヌ側が主催した研究倫理フォーラムへ参加した。報告書はこれを歴史的な出来事と評価する一方、参加した他の3学会は、12月の第2回フォーラム開催後も同様の謝罪を拒否したとしている。
5月には国立アイヌ民族博物館が「ウアイヌコㇿ宣言」を発表し、職員への差別を認めず、反差別意識の向上に取り組む姿勢を示した。
7月には沖縄・北方担当大臣の自見はなこが北海道を訪問した際、鈴木知事は全国規模でアイヌに関する意識調査を実施するよう求めた。
さらに、ヒューレット・パッカード財団の支援を受けた「森・川・海プロジェクト」が11月に公式ウェブサイトを開設した。このプロジェクトは、アイヌの長老への聞き取り調査と歴史資料を組み合わせ、アイヌ民族が海・川・森林をどのように利用してきたかを記録することを目的としている。
報告書は、この取り組みは単なる文化保存にとどまらず、アイヌ民族の土地・資源利用権を国連人権文書の枠組みの中に位置付けるとともに、アイヌの伝統的領域における環境変化を植民地的開発の歴史と関連付けて検証するなど、新たな権利擁護の側面を持つ取り組みであると評価している。
琉球人(沖縄人)
2024年、琉球民族(沖縄人)をめぐる状況では、米軍基地をめぐる人権問題、先住民族としての権利を求める国際的な活動、言語や文化の復興運動、そして琉球人遺骨返還を求める取り組みなど、さまざまな動きがあった。
沖縄における米軍兵士による性的暴行事件
2024年6月、沖縄県政府は、2023年12月に米国空軍兵士が未成年の少女を自宅へ連れ去り、性的暴行を加えた事件について把握した。加害者である米兵は2024年3月に起訴されていたが、日本の外務省(Ministry of Foreign Affairs of Japan:MOFA)は2024年6月まで沖縄県政府へ事件を報告していなかった。事件を受け、市民や自治体は米軍、外務省、防衛省に対する抗議活動や集会を組織した。
2024年10月には、琉球人女性が、沖縄における米軍駐留による女性への性的虐待の問題を国連(UN)の女性差別撤廃委員会(Committee on the Elimination of Discrimination against Women:CEDAW)に提起した。女性差別撤廃委員会は、日本政府に対し、性的暴行の責任者を適切に処罰し、被害者に十分な補償を確保するよう求めた。日本政府関係者は、米軍関係者の行動を規律する「リバティ制度」の見直しを通じて、米国に対して将来的な事件や事故を防ぐための徹底した措置を実施するよう求める考えを示した。また、米軍、日本政府、沖縄県、地域社会が連携する新たな協議の場を設置する計画も示された。
2024年12月、那覇地方裁判所は加害者に懲役5年の判決を言い渡した。東京弁護士会によれば、同意のない性交等の罪は5年から20年の刑が科される可能性がある。琉球新報によると、今回の判決は予想より軽いものだったとされ、その理由として、被害者が未成年だったこと、検察が懲役7年を求刑していたこと、裁判官が事件の「悪質性」に言及したことが挙げられた。
琉球人の若者による国際社会での発信
2024年4月、琉球民族独立総合研究学会(Association for Comprehensive Studies for Independence of the Lew Chewans:ACSILs)の親川志奈子と島袋理玖は、琉球系ディアスポラの若者とともに、ニューヨークで開催された先住民族問題に関する国連常設フォーラム(United Nations Permanent Forum on Indigenous Issues:UNPFII)に参加した。参加者らは、日本政府が琉球人を先住民族として認めていないこと、先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)に反して先住民族の権利を保護していないことを指摘した。さらに、琉球の土地が軍事的に利用され、「軍事植民地化」されている現状についても国際社会へ訴えた。
PFAS汚染と環境的人種差別の問題
2024年7月、ジュネーブで開催された先住民族の権利に関する専門家機構(Expert Mechanism on the Rights of Indigenous Peoples:EMRIP)の会合で、宜野湾ちゅら水会(GINOWAN Churamizu Association)のまつだかなこが、沖縄の米軍基地から流出した有機フッ素化合物(per- and polyfluoroalkyl substances:PFAS)による水質汚染について発言した。まつだは、基地建設による生物多様性の喪失、PFASによる水資源汚染、騒音公害が、沖縄を環境的人種差別(environmental racism)の被害地域にしていると述べた。また、これらの影響は女性や子どもなど、社会的・文化的に不利な立場に置かれた集団に偏っていると指摘した。さらに、日本政府に対し、米軍へ環境汚染や環境悪化への責任を果たすよう強く求めることを要請した。
国連活動を報告する市民集会
2024年9月、ジュネーブで開催された先住民族の権利に関する専門家機構の会合に参加した酒井莉沙子とアレクシス・マクレラン・ウフギスクは、沖縄県那覇市で市民向け報告会を開催した。約70人が参加した集会では、国連での活動内容が報告され、辺野古における米軍基地建設の影響、米兵による性的暴力事件、国連での発言が琉球諸島の現状や琉球人の自己決定権とどのように関係するかについて議論された。また、琉球人と世界各地の先住民族との連帯も呼び掛けられた。地元紙である琉球新報もこの集会を報じた。
世界の先住民族との交流
2024年2月と4月、ニュージーランド(アオテアロア)政府の奨学金プログラムに参加するマオリ(Māori)の若者が琉球を訪問した。この制度は、マオリの伝統や価値観に基づく文化復興と経済活動を担う人材育成を目的としている。
訪問団は琉球の歴史や文化を学び、強制的な植民地化という共通の歴史を持つ先住民族として、課題や将来について意見交換を行った。
沖縄県庁訪問では、副知事の照屋義実氏が「沖縄はかつて琉球王国という独立した王国であった。同様に、オセアニアの多くの島々も独立の歴史を有している。今後も交流が発展することを期待している」と述べた。
琉球諸語の復興
2024年9月、那覇市で開催された琉球諸語に関するシンポジウムで、琉球人ラッパーのGACHIMAFが沖縄語(ウチナーグチ)によるラップを披露した。この催しでラップが披露されたのは初めてだった。
沖縄語を母語とする高齢者と、日本語で育った若い世代が交流し、文化的アイデンティティを再確認する機会となった。
2024年12月には、沖縄キリスト教学院大学の琉球人学生グループが、那覇市で開催されたSDGs全国フォーラムで、世界人権宣言を琉球先住民族の言語の一つであるウチナーグチで朗読した。
伝統文化の復興
2024年3月、米国在住の琉球人女性たちは、ハジチ(琉球女性の伝統的な手の入れ墨)を持つ女性を招いた集会をハワイで開催した。主催者のマリコ・ミドルトンは、次世代が植民地化以前の沖縄の歴史を理解し、祖先が沖縄にいる意味を認識し、将来の世代が自らのルーツに誇りを持てるようになってほしいと述べた。
辺野古新基地建設
2024年1月10日、日本政府は沖縄県民の反対を受けながら、辺野古・大浦湾で埋め立て工事を開始した。玉城デニー沖縄県知事は記者会見で工事中止と日本政府との対話を求めた。しかし辺野古では抗議活動が続く中、日本政府は県知事との対話を行わず工事を継続している。
琉球人遺骨返還運動
2024年6月、米国人類学会(American Anthropological Association:AAA)の倫理的人骨取扱委員会(Commission for the Ethical Treatment of Human Remains:TCETHR)は、世界の先住民族および少数民族の遺骨と埋葬に関する最終報告書を公表した。報告書には2023年に行われた琉球人への聞き取り調査が含まれ、表紙には琉球人の遺骨が持ち去られた場所の一つである百按司墓(ムムジャナーバカ)の写真が使用された。報告書は、遺族または地域社会の同意なしに研究や展示を行うべきではないと明記した。
同月、大阪の国立民族学博物館は、琉球由来の厨子甕や骨壺を、本来の所有者である祭祀継承者へ返還するための指針を策定した。この背景には、市民団体「ニライ・カナイぬ会」による継続的な返還要求がある。同団体は2023年以降、収蔵品の取得経路が不明確であることを理由に、博物館へ本来の管理者を特定し返還するよう求めてきた。しかし博物館は現在まで、同団体へ進捗状況や調査結果を報告していない。
また、この指針についても、祭祀継承者や遺族の正当性を植民地主義的視点で判断し、返還後の保管方法などを条件づけている点で、琉球人の自己決定権を侵害するとの懸念が示されている。

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