北海道は先住民アイヌの土地である。和人はこの土地を侵略、略奪し、その地を北海道ぶと勝手に決めた。アイヌ言語は「日本人」によってその使用を強制的に禁じられた。アイヌの日本人への統合という人権蹂躙は明治期という極めて直近の時代に起きたことである。それ以降、2008年に日本国に認められるまで「先住民族」「アイヌ」は存在しないとされてきた。現代においてもアイヌを否定するものも多く、また、差別は多く存在する。世界における先住民への認識は過去の歴史、もしくは「現代化すべき」「劣った人間」と言うイメージは根深く、日本人にいたって言えばまさにその典型だ。「アイヌ」や「琉球」を義務教育で学ぶことはない。世界史なるものが教育で提供されていたものの、そこにもアイヌは登場しない。なぜならそれは認識されていなかったことによる。
アイヌとの出会いは遅かったものの、私自身は不可視化、もしくはマイノリティと呼ばれる人々に幼い頃から興味を持っていた。それは身近に多様な価値観を持った人がいたことによる。他文化への関心の初期にはヒターノ(いわゆるジプシー)を、中学校時代には英語教科書を通じて出会ったローザ・パークス(Rosa “Lee” Louise McCauley Parks)やマーチン・ルーサーキングJr(Martin Luther King Jr.)に興味を持った。ヒターノ音楽との出会いは幼児期通ったYAMAHA音楽スクールにあったし、オペラ「カルメン」だったと記憶している。
2008年に日本国から先住民認定とされたアイヌを取り巻く状況は変わったろうか。私自身はアイヌ民族について詳しいわけでも、学んだことがあるわけでもないからわからぬものの、アイヌについて話すことは「タブー」視されなくはなっているのではないかと考える。日本政府は東京オリンピックでアイヌ舞踊を採用し、今年航空自衛隊は第二航空団(千歳市)はアイヌの伝統紋様に似たデザインの導入を決定した。これらについて「文化の盗用」、もしくは「日本国は都合良くアイヌを利用している」と考える人もいれば、アイヌ文化への誇りと考える人もおり議論は分かれるところだろう。アイヌが先住民族認定をされたとはとても大きい。その一方で、差別は上述の通り根強く残り、過去の歴史からアイヌと自称することを躊躇する人も多くいる。これはアイヌに限らず、他国の先住民にだって言えることだ。
アイヌ言語は禁止され、アイヌが不可視化されていた一方で北海道にはアイヌ言語に由来を持つ土地名が多く存在する。例えば道庁所在地「札幌」は市内を流れる豊平川をアイヌが「(サト(乾く)ポロ(大きい)ペッ(川))」と呼んだことに由来するとされている。北海道観光振興機構によると北海道の地名(漢字表記)が読みづらいのは、「アイヌ語地名の音に漢字やカタカナを当てはめたもの(釧路、小樽など)」、「アイヌ語地名の意味に合った漢字を使ったもの(滝川、浜中など)」が存在するからだ。
アイヌは17世紀から19世紀、東北地方北部から北海道(蝦夷ヶ島)、サハリン(樺太)、千島列島などに住んでいた。アイヌモシリ(人間の住む大地)にアイヌが先住したことを示す証明は土地の名を見れば明確で、北海道における市町村名の約8割はアイヌ語に由来する。あまり知られていないが、札幌においてもその名以外で、アイヌの存在を感じられる場所がある。それが「サッポロ・ピリカ・コタン」だ。
アイヌ文化交流センターとも呼ばれる「サッポロ・ピリカ・コタン」は札幌の市街地から約60分程度行った場所にある。コタンとは集落を表す。敷地内には体験教室も含む博物館や「歴史の里」という庭園がある。2002年にオープンした展示室には伝統衣服や民具など約300点展示されている。とても綺麗なそこの特徴は、実際に手にとって見ることができる、つまり体験型博物館ということにある。広くはないがアイヌの概要を知る、アイヌに関心を持つには十分で、ウポポイや阿寒湖へ行くきっかけをも作る。なお施設内にはこのほかにも「イユタフプ(精米用具)」や池を再現した「自然の里」もある。
自然豊かなエリアにあるコタンは近くに温泉「小金湯」もあり、見学後温泉に入りながら思いを馳せるのも良いだろう。なお、コタンの先は札幌の奥座敷として知られる定山渓エリアとなる。
ストリートギャラリーや博物館外は無償エリアとなっている。館内のストリートギャラリーは波打つような作りとなっておりアイヌの生活に切り離せない川を表している。サッポロ・ピリカ・コタンを通じ、いくつかアイヌの建造物を見てみよう。
コタンは一般的に数軒から十数軒くらいの規模で形成されている。
「チセ」はチ(我)+セ(床)と言う意味を持ち、家を指す。釘などは使わず木や草といった自然物で作られる。チセには窓がある。入口から向って正面に1カ所と左右どちらかに1、2カ所とその数も決まっている。「ロヤンプヤル(上座の窓)」は「カムイプヤル(神の窓)」と呼ばれ神が出入りする。この窓を通じて、外から家の中を覗いてはならない。神様のための窓だからだ。家には「アペオイ(囲炉裏)」があり、365日火が絶やされることはない。「アペフチカムイ(火の神)」がそこに宿っているからだ。「アペ」とは火を、「フチ」は老婆を表す。つまり火の神は老婆の姿をしているわけだ。囲炉裏の座る位置も決まっており、家族は左側、客人は右側に座る。チセの左奥には宝物置場があり漆塗りの容器や刀が飾られる。これらは普段使いではなく、儀式の際に使われる。
「ポロチセ」は大きい家を表す。コタンで最も偉い人が住む家。村長の家に十分な広さがない場合は、村のみんなで立て直す。なぜなら村長の家にはコタンの皆が入れる必要がある。儀式などで皆が集まるからである。一方、村長以外の家は「ポンチセ(小さめの家屋)」に家族4~5名で住んでいた。
ポロチセの窓から見える正方形状の建造物はコタンにおいて重要なものの一つである。小熊の飼育用の柵(ヘベレセッ)である。アイヌにとってクマの霊送り「イオマンテ」は最も重要な儀式である。アイヌは儀式を通じ子熊(神の化身)を2歳頃まで大切に育て、その後神の世界(カムイ・モシリ)に戻すという習慣がある。アイヌは神は人間界にヒグマをはじめとし動物に姿を変えやってくると信じていることによる。神は肉や毛皮を人間に与えてくれるのだ。だから人間も神にお返しをしなくてはならない。それがイオマンテをはじめとした儀式というわけだ。
イオマンテは大切に育てたキムンカムイ(ヒグマ)をカムイ・モシリに帰ってもらう儀式である。神の世界に戻る際に子熊は多くの土産を持たされる。そうすることで、カムイモシリに戻った熊は地上で大切にされた経験を他の神に共有すると考えることによる。良い話を聞けば、カムイたちは再度肉と毛皮を纏い人間界を訪れてくれると信じているからだ。
子熊は大切に育てられる。幼少期には人間の子と同様家の中で育てられ、赤ん坊とともに母乳を与えられることさえあるほどだ。熊は成長に伴い屋外の丸太で組んだ檻で生活をするようになる。その檻は村長の家の窓から見えるところに置かれ、また、熊には上等の食事が提供される。
高床式の倉「プ」も大切な建造物である。チセに隣接して造られる。アイヌの住むモシリは一年間における気候変動が大きい。これは季節ごとに採取できる食物の種類や量が季節によって大きく変動することをも意味する。冬場において自然界からの食糧の獲得は難しく、ゆえに保存技術が発達した。生業を通じて得た食物を保存とし、冬場でも食べられるようにすると言うわけだ。「プ」には干肉や干魚、大袋(トッタ)に入れられたヒエやアワなどが保管されていた。食料がネズミなどの小動物に狙われぬよう、倉の足にはねずみ返しがついている。取り外し可能な梯子もまた動物の侵入を防いでくれていた。
アイヌは用途に応じ数種類の舟を利用していたとされている。そのなかの一つであるイタオマ・チプがここには展示されている。アイヌ語で「板が付いている舟」という意味のそれは一本の木をくり抜いて作った丸木舟(チプ)に、横板が取り付けられている。横板が2段、3段と取り付けられることで、舷は高くなる。
サッポロ・ピリカ・コタンの外洋船が全長約15メートルだ。13世紀頃交易や漁のために使われていた船とされており、修復され、展示されている。
もう一つ、忘れてはならないものがある。トイレだ。男性用トイレ(写真左)は「オッカヨル」、女性用トイレ(写真右)は「メノコル」と呼ばれれる。各々のトイレの中には樽のような物の上に丸太が乗っている。
サッポロ・ピリカ・コタン自体は22時まで開館している。しかし展示スペースは17時までであり、アイヌ文化に関する書籍約500冊やDVD、ビデオ等所蔵されている情報コーナー、そしてアイヌ装束の試着体験は16時までとなっている。「夜に見に行けるから後回し」は通用しないから要注意。
日本史、世界史を学ぶのも重要だ。しかし、和人と共に日本人として構成され、共に生きるアイヌを知ることは必要だと考える。未だ民族認定されていない琉球人についても然りである。アイヌも琉球も過去の存在ではなく、我々と共に今を生きている。
サッポロ・ピリカ・コタン(札幌)
住所
〒061-2274 北海道札幌市南区小金湯27番地 (27, Kogane-yu, Minami-ku, Sapporo, Hokkaido)
アクセス
札幌駅から定山渓温泉行きバスで約60分、もしくは地下鉄南北線真駒内駅から定山渓温泉行きバスで約40分、
いずれもバス停「小金湯」下車徒歩10分
※真駒内駅からの方がバスの本数も多くて便利
電話
011-596-5961
価格
入館料無料
展示室観覧料一般200円・高校生100円・中学生以下無料
営業時間
8:45〜22:00(展示室・屋外施設は9:00〜17:00)
定休日は月曜、祝日、最終火曜、12/29〜1/3
参考資料:
1. 地名を読み解くと、かつての姿がわかる!
2. アイヌ民族の歴史 – 公益社団法人 北海道アイヌ協会
3. コタンのチセで観る・知る
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