プエルト・リコ:ハリケーン・マリアによる災害とビエケス島

ビエケス島(Isla de Vieques)をご存知だろうか。米国海軍がこの島を去って以来、だんだんとその知名度をあげ、今やプエルト・リコでも屈指の人気観光地となった。首都のサンフアンからもたった30分のフライトでこの楽園へ到着できることも人気の所以だろう。美しいビーチが日々の疲れを癒し、大きな太陽が活力を与えてくれる、そんな経験をさせてくれるのがビエケスである。

ビエケスを2017年12月に訪れた。それは未だかつて経験したこともないような震災から2ヶ月後のことだった。9月末未だかつて経験をしたことのないようなハリケーン マリア(カテゴリー5)がこの美しい国を襲った。その被害は尋常ではなかった。被災地もプエルト・リコ全土と広大で、ここビエケスもまた標的となった。

 

電力や通信など公共サービスは停止し、多くの家が倒壊、食料品・水・燃料など生活必需品の供給も途絶えた。米国による支援も徐々に開始されるものの、まだまだ生活には困難を伴う状態だ。この状態が回復するまでには相当の年月がかかり、復旧目処がまるで立たないと分析するものもいるほどだ。

そして皆、口々に言う。「Everything is completely changed. (今までとは全く違ってしまった)」と。

 

我々日本人の生活も震災を経て、大きく変わったことがある。そう、2011年に発生した東日本大震災と、その後の核施設における大爆発だ。7年たった今でも原子力発電所の問題は解決していないし、心の傷も癒えてはいない。未曾有の状況からの復活は簡単なものではないのだ。

ビエケスの電力供給はほんの少し前に一部回復したという。(とは言っても、時間は限られている。)人々も徐々に瓦礫の撤去などを開始した。どんなに悲しくたって、生きていくために動き出さなければならないのだ。島のメイン産業となりつつあった観光で訪れるものはまだいない。どんなに自分たちの生活が苦しくても、観光者を一日でも早く迎え入れるための準備を整えていかなくてはならないのだ。道のりは楽なものでは決してない。心の傷が癒えるのにも相当数の時間を要することだろう。

我々日本人が他国の友人たちからの励ましで少しずつ復興を遂げてきているように、プエルト・リコの人々にも助けと、ともに長い道のりを歩む友人が必要だ。 そして、きっと震災を経験した我々だからこそ、できることもたくさんあるのではないかと思う。彼らの現状を見て何か手助けをしたいと思ってくれる人が増えるように、ビエケスで見た悲しい現状を共有することとする。

少しでも早くみんなの心に平穏が戻りますように。

 

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