2026年ワールドカップを前に、出場48カ国の国歌ランキングが発表された。このランキングは、米国の歴史あるメディアである『ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:NYT)』傘下のスポーツメディア『ジ・アスレチック(The Athletic)』が作成したものである。『ジ・アスレチック』は、大会で流れる各国の国歌を分析し、情熱、感動性、選手たちの反応、スタンドで生まれる視覚的・聴覚的な影響などを基準に評価した。評価を担当したのは英国人ジャーナリストのティム・スピアーズ(Tim Spears)である。
その結果、エクアドル国歌「サルベ・オ・パトリア(Salve Oh Patria)」は6位に選出された。この評価は、楽曲としての魅力だけではなく、国歌を歌う選手やサポーターが示す感情、そしてエクアドル代表が長い年月をかけて築いてきた歩みも含めて評価されたものである(歌詞の意味などはこちらも参照のこと)。
長い低迷期を経て築かれたエクアドル代表の歴史
エクアドル代表(La Tri)が現在のように国際舞台で存在感を示すまでには、長い時間を要した。1938年に初めて国際試合を戦ってから20世紀末まで、エクアドル代表はワールドカップ出場を一度も果たせなかった。南米選手権(Copa América)でも大きな成果を残すことはできず、世界サッカーの歴史において目立つ存在ではなかった。
40歳のウゴ・エラソ(Hugo Erazo)は、当時の状況について「厳しい時代だった。家族全員がサッカーに夢中で、ワールドカップにも熱狂していた。しかし、エクアドルがそこにいることは決してなかった」と語った。エクアドルのサポーターは、ワールドカップ期間中だけは他国のファンと同じように大会の熱狂を共有していた。しかし、大会が終了すると、自分たちの代表チームが世界舞台に存在していない現実に戻ることになった。
当時を知るサポーターたちは、長期間にわたる不安や劣等感が存在し、それが時にはチーム内部にも影響を与えたと語る。一方で、困難な時代にもエクアドルのファンは小さな誇りを見つけていた。ブラジルに僅差で敗れた試合や、標高の高いキトでアルゼンチンを苦しめた試合などが、その象徴であった。こうした小さな成功体験は、苦しい歴史を乗り越える過程の一部となり、次第に重荷ではなく誇りへと変化していった。
1980年代からエクアドル代表を追い続けるリカルド・トゥルデコス(Ricardo Trudecoes)は、当時について次のように語っている。「常に楽観的な気持ちはあった。浮き沈みはあり、多くの困難な瞬間もあった。しかし、それが苦痛だったとは言わない」。当時、ファンの間には次のような言葉も存在した。「これまで以上に良いプレーをした。しかし、いつも通り負けた」。
この言葉は、努力しても結果につながらない状況を皮肉に表現するものであった。しかし、その状況はある時を境に変化した。
2001年の勝利が変えたエクアドル代表の歴史
エクアドル代表にとって大きな転機となったのは、2001年3月28日である。この日、エクアドルは歴史上初めてブラジルに勝利した。その7カ月後、エクアドルは2002年ワールドカップ出場を決めた。南米予選ではブラジル、ウルグアイ、コロンビアを上回り、2位で突破した。
リカルド・トゥルデコスは、この変化について次のように語っている。「私たちはより良いサッカーを始めた。以前はいつも負けていたチームに勝てるようになった」。
初出場となった2002年ワールドカップは、エクアドルにとって世界舞台への登場を意味する大会となった。その後、エクアドルは2010年大会と2018年大会で出場を逃した。しかし現在の世代は、エクアドル代表が国際舞台で競争できる存在であるという認識の中で成長してきた。
その背景には、国内クラブサッカーの発展や、欧州で活躍する選手の存在がある。代表選手では、モイセス・カイセド(Moisés Caicedo)やピエロ・インカピエ(Piero Hincapié)らが欧州で評価を高めている。
ニューヨークを拠点に活動するファンのダニロ・カリオン(Danilo Carrión)は、エクアドル代表に対する期待の変化について語っている。「ワールドカップ出場は当然の目標であるべきだ。以前はアルゼンチンのようなチームを恐れていた。勝者のメンタリティーが不足していた。しかし、それは年月とともに変化した。期待値は高まっている」。
40歳のフェルナンダ・イグレシアス(Fernanda Iglesias)も、エクアドルの強さについて語っている。「私たちはとても小さな国だが、粘り強さ、情熱、強さを持っている。大きな夢を見ることを自分たちに許している」。
大きなライバルを持たないエクアドルと独自のサッカー文化
エクアドル代表(La Tri)が長い時間をかけて国際舞台で存在感を高めてきた一方で、南米の主要国と同じような大きなライバル関係は形成されてこなかった。南米の他国が初期の南米選手権で互いに対立関係を築いていた時代、エクアドル代表はその中心には存在していなかった。
ペルーとの間には緊張関係が存在するが、それはスポーツ面だけではなく、政治的な要素も大きい。また、隣国コロンビアも、エクアドルを主要な対戦相手として扱ってきたわけではなく、アルゼンチンやベネズエラとの関係をより重視してきた。そのため、2026年ワールドカップでは、エクアドルにとって歴史的な因縁を持つ対戦相手との試合は予定されていない。また、エクアドルの試合日に外国人が期待する雰囲気は、ブラジルやアルゼンチンなどとは異なる。
エクアドルの国際電話番号に由来するファングループ「ラ・593(La 593)」の一員であるウゴ・エラソは、エクアドルの観戦文化について説明している。「他の国のように、スタジアムに入る前からパーティーやバーベキューが行われるわけではない。ブラジルやアルゼンチンを訪れた時、スタジアムの外で食事やダンスが行われているのを見た。それは他の場所では伝統であり、文化の一部である。しかし、私たちはまだ学んでいる途中である」。「歴史的にエクアドルでは、人々はスタジアムへ行き、座り、それで終わりだった。それは本来あるべき姿ではない。試合開始数時間前からパーティーを始め、その精神を変えていきたい」。
代表戦が生み出す国民の一体感
エクアドルのサポーターに不足していないものは、代表チームへの結束である。国内でギャング犯罪や社会的緊張が深刻化する中、エクアドル代表(La Tri)の試合は、サポーターが共通の価値観や経験を共有する機会となっている。
リカルド・トゥルデコスは、代表戦が持つ意味について語っている。「代表チームが試合をするとき、国全体が止まる。それは全員に共通の目標を与える。人々を結び付ける」。
14歳でエクアドルを離れたダニロ・カリオンは、海外在住者にとっても代表チームが重要な存在であると語っている。「スタジアムで歌い、代表チームを応援すると、自分がどこに属しているのかを感じられる。自分の国の人々と一体になった感覚になる。若い頃の国へ戻るような感覚である。それは共にいることを意味する」。
こうした国民意識は、人気ファンソング「A Mi Lindo Ecuador(愛する美しいエクアドルへ)」にも表れている。この曲は、エクアドルへの愛を込めた手紙のような歌であり、広大な青い空に触れながら、故郷を離れた人々へ帰国を呼びかける内容となっている。
歌は次の言葉から始まる。
「愛を込めて、今日私は歌いたい」
「そうだ、私の美しいエクアドルへ」
また、今回の国歌ランキングで評価されたエクアドル国歌「サルベ・オ・パトリア(Salve Oh Patria)」にも、同じように国への愛情や誇りが込められている。
世界で高まるエクアドルの認知度
エクアドルは長年、世界的な観光ルートの中心的な存在ではなかった。南米を訪れる旅行者は、ブラジル、アルゼンチン、コロンビア、ペルーなどを選ぶ傾向があり、エクアドルが注目される機会は限られていた。しかし、エクアドル代表の存在感が高まったことで、世界各地におけるエクアドルという国への認知度も変化している。
ダニロ・カリオンは、過去との違いについて語っている。「15年前と比べて、より多くの人がエクアドルを知っていることを見るのは素晴らしいことだ。私はバックパッカーとして世界を旅したが、人々は私たちをコロンビアやベネズエラと間違えることがあった」。「ワールドカップに出場できなかったことはスポーツ面で悲しいことだったが、世界の中で自分たちのアイデンティティーがなかったという悲しさでもあった。人々はエクアドルについてあまり知らなかった」。
現在では、欧州で活躍する選手たちの存在によって状況は変化している。カリオンは次のように語っている。「今ではプレミアリーグを見る外国人が『カイセドを見ろ』『インカピエを見ろ』と言う。それは以前にはなかったことだ。そして私たちはワールドカップの常連になっている。それは私たちだけでなく、世界全体がエクアドルという国に対してより高い期待を持つ助けになっている」。
「報われない応援」から変化したエクアドル代表への期待
かつてエクアドルを応援することは、「報われない仕事」と表現されていた。しかし現在、多くのエクアドル人にとっての課題は、代表チームがどこまで高い目標を設定できるかという段階へ変化している。
26歳のリカルド・カラスコ(Ricardo Carrasco)は、2026年ワールドカップに向けた目標について語っている。「正直に言えば、私たちは優勝できる。大きな夢であり、本当に大きな夢である。しかし、準々決勝や準決勝に進出できれば十分に満足できることも分かっている」。「試合数が1つ増えた今、ベスト32進出は義務以上のものである。ベスト16進出も条件であるべきだ。準々決勝や準決勝進出は十分に達成可能である」。「だから、目標は準々決勝進出者か優勝者である。それ以下ではない」。
エクアドル国歌「サルベ・オ・パトリア」がランキング6位に選ばれたことは、国歌そのものの評価だけではなく、長い時間をかけて築かれてきた代表チームとサポーターの歩みを示す結果となった。
2026年ワールドカップ国歌ランキングで1位となったブラジル国歌
2026年ワールドカップ国歌ランキングで1位に選ばれたのはブラジルであった。『ジ・アスレチック』は、ブラジル国歌を「絶対的な傑作」と評価し、特に28秒間続く壮大なオーケストラによる序奏を高く評価した。また、サポーターが愛情と勇気に満ちた歌詞を歌い上げる速度にも注目した。約2分間続く国歌でありながら、聴衆がさらに聴き続けたいと感じる雰囲気を生み出していると評価した。
ブラジルに続いて、2位にはフランス、3位にはポルトガルが入った。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」は、革命の歴史を持つ古典的な国歌として評価された。ポルトガル国歌「ア・ポルトゥゲーザ(A Portuguesa)」は、力強い戦いへの呼びかけが評価された。
2026年ワールドカップの国歌ランキングにおいて、エクアドルは世界的な音楽的伝統を持つ国々と並び、6位という評価を獲得した。その背景には、「サルベ・オ・パトリア」の楽曲としての魅力だけではなく、国歌を歌う選手やサポーターの感情、そしてエクアドル代表が歩んできた歴史が存在している。
参考資料:
1. Ecuador were on the sidelines for years. Now, with love, their fans have something to sing about
2. El himno de Ecuador entre los 10 mejores y más emotivos del Mundial 2026, según El New York Times
3. Ranking all 48 World Cup national anthems
4. Este es el puesto de Ecuador entre los mejores himnos del Mundial 2026, según The New York Times


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