映画 “El candidato” を見ながらメキシコと麻薬カルテルの関係を考える

(ネタバレ注意)

メキシコのテレビ局TelevisaはAmazon Prime Video向けの政治ドラマを作成した。その名は『El candidato』、ピーター・ブレイク(Peter Blake)によるものだ。CIA職員イサベラ・アルファロ(Isabel Alfaro)は外務省職員のふりしてメキシコに潜入。新米CIAはベテランのウェイン・アディソン(Wayne Addison)とともにメキシコ最強の麻薬王ラファエル・バウティスタ(Rafael Bautista)の逮捕を目指す。

極悪人を捕まえるには情報屋が必要だと語るウェインをイサベラはそれを違法とし、その捜査を認めることはできないと述べた。しかし彼女は次第にこの国でどう立ち振る舞えばいいのかを理解するようになるる。

ウェインの情報屋はバウティスタの側近エナーノ(Enano)について話してくれた。彼によるとエナートはカルテルの息のかかった大統領候補でハンサム、裕福な家の出、カリスマに溢れた人物であるという。アディソンはその人物が現メキシコ・シティ市長エドゥアルド・ラロ・イサギレ(Eduardo Lalo Yzaguirre)だと確信している。バウティスタはラロを幼い頃から知っていた。なぜならラロの父親の警備担当としてカルテルのボスが務めていたからだ。

ラロとイサベラは米国で同棲していた、これが自分がメキシコで任務の任務に召集された理由だと気づいた。

麻薬カルテルと政府との関係はドラマだから成り立つことなのだろうか。残念ながら答えはNOだ。

 

過去の政府高官と麻薬密売組織との共謀について公然と不満を述べる現大統領マヌエル・ロペス・オブラドル(Andrés Manuel López Obrador:AMLO)政権もまた麻薬組織との関係を暴露されている。正確には例えば2018年12月18日から2021年6月21日まで彼は2248万ペソをカルテルと関係しているケアセンター運営企業Estancia Infantil Niño Feliz S.C.社に支払ったというものだ。この事実についてはメキシコ社会保障庁(Instituto Mexicano del Seguro Social:IMSS)も認めている。IMSSによると2017年から複数年契約が締結されておりそれに基づく支払だが、カルテルとの関係がわかっていたことを知っていたにもかかわらず支払った。

AMLOは自身の政権を「第4の変革」と呼び、過去の悪徳や共謀に終止符を打ち、これまでとは違うと常に主張している。彼は過去の高官が麻薬密売組織と共謀していたことを公に訴え、前大統領がこれらの共謀を知らなかったことはあり得ないとさえ主張しているが、AMLOが大統領就任後もIMSSが契約を解除できなかったため、過去の政権同様シナロア・カルテルとつながりのある会社に支払ったのと同じ100万ドルの支払いを続けた。

この契約の背景にエンリケ・ペニャ・ニエト(Enrique Peña Nieto:EPN)大統領がいる。彼の就任直後の2013年、同社と560万ペソの契約をし、2014年になるとIMSSは同社に1,350万ペソの2年間の複数年契約を与えた。2016年12月になると、2017年1月から2021年12月までの複数年契約が結ばれた。IMSSはこの契約に基づき、他の事業者との競争なしに、シナロア州代表部の予算項目「デイケアセンターの直接提供」から同社に報酬を支払っている。デイケアセンターは、2001年に最初の契約が結ばれて以来、チャポ(El Chapo)こと最強の麻薬王ホアキン・グスマン・ロエラ(Joaquín Archivaldo Guzmán Loera)の後継者イスマエル・エル・マヨ・サンバダ(Ismael “El Mayo” Zambada)自身が所有者として記載されている同じ敷地内で、今日まで営業を続けている。この会社自身も 「マヨ」とその一族に関連している。ザンバダ・ガルシアは地球上の60%以上で活動しているとされている。

それ以外にも過去の大統領と麻薬カルテルとの関係は公になっている。例えば米国で勾留されているチャポによるとシナロア・カルテルの指導者からEPN前大統領は1億ドルの賄賂を受け取っている。2007年から2013年の間メキシコでグスマンと共に働いたと言う米国検察当局の協力証人登場したアレックス・シフェンテス(Alex Cifuentes)は、チャポ・グスマンが話したことはその通りだと述べている。一方、ペニャ・ニエト在職中大統領首席補佐官を務めたフランシスコ・グスマン(Francisco Guzmán)はシフェンテスの発言は虚偽だと断じた。なぜならチャポを逮捕し身柄を引き渡したのはペニャ・ニエト政権だったからと言うのだ。しかしシフェンテスは、大統領は2億5000万米ドルを要求していたと詳細な数字を連邦裁判所で提示している。

 

「マヨ」の弟でカルテルの元メンバーであるヘスス・ザンバダ(Jesús Zambada)は11月、カルテルがメキシコのカルデロン政権時代(2006~2012年)に公安長官を務めていたガルシア・ルナ(García Luna)元長官に100万ドルの現金賄賂を支払ったことを証言している。現在収監され公判中である米司法省の起訴状によると、彼は犯罪組織の活動を保護する代わりに賄賂を受け取り、麻薬密売を援助していた。

 

Estancia Infantil Niño Felizは2007年から現在に至るまで、シナロア・カルテルが資金洗浄や違法な利益を隠すために利用している金融業者や企業の一部として機能しており、米財務省外国資産管理局(Oficina de Control de Bienes Extranjeros:OFAC)のリストに掲載されている。なおメキシコの大統領たちは麻薬カルテルに金を支払続ける一方米政府は2021年9月、当人物の逮捕に協力した者への報奨金を500万ドルから1500万ドルに増額している。

 

チャポとの同盟関係の暴露は米国に仕組まれた罠で明らかになったと考えるものもいる。さらにAMLOたちがオビディオ・グスマン(Ovidio Guzmán、詳細はこちら)の米国への身柄引き渡しを避けるために急遽法的保護を与えたのもこの同盟のおかげであると彼らは述べている。AMLOは米麻薬捜査局(DEA)が「チャピトス」カルテルに潜入したことを理由に、メキシコ国家とその政府に対する「介入主義」と「スパイ行為」と愚痴をこぼす一方で、アメリカのマスコミはロペス・オブラドール政権がメキシコ人を史上最もスパイしている政権であることを明らかにしている。なぜならメキシコの指導者がシナロア・カルテルのような麻薬マフィアに国家機関の地位を確保していることを示していると考えるからだ。

 

『El candidato』でバウティスタ役のホアキン・コシオ(Joaquín Cosio)は『ナルコス(メキシコ)』のみならず、『Mexico』でエルネスト・ドン・ネト・フォンセカ・カリージョ(Ernesto ‘Don Neto’ Fonseca Carrillo)役も演じている。バウティスタはある悲劇をきっかけに現在のような人物へと変貌を遂げたという設定になっている。

シリーズは2020年7月17日にAmazonプライム・ビデオで初放送された。

 

ペニャ・ニエト時代の国防相サルバドル・シエンフエゴス(Salvador Cienfuegos)は麻薬カルテルのトップだとして逮捕されている(詳細はこちら)。

 

作品情報:

名前:  El Candidato(邦題:候補者 ~メキシコシティの闇~)
監督:  Jaime Reynoso、Humberto Hinojosa
脚本:     Peter Blake
制作国: Mexico
製作会社:Televisa
ジャンル:Suspense、Action
 ※日本語字幕あり

 

参考資料:

1. Gobierno de AMLO paga millones a empresa vinculada al narco
2. El presidente mexicano cayó “redondito” en la red diplomática que le tendieron desde el gobierno de Biden. | Ricardo Alemán
3. Paga IMSS a estancia infantil de narcotraficante hasta 2021 pese a haberse firmado contrato en 2017

 

 

1 Comment

  • miyachan 06/30/2023 at 23:52

    メキシコと麻薬の問題は宿痾のようなもので、ナルコと聞くといつも暗澹たる気持ちになります。あの陽気なメキシコ人にこんな暗部があるとは、、、
    麻薬の問題は、生産と流通と消費の各面から世界的に取り組まないと解決しないような気がする。特に大消費国と言われる米国が消費の面から真剣に取り組んでほしい。消費拡大の原因はベトナム帰還兵たち乱用が大きかったと聞いたことがある。戦争はいつも非人道的、、、

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