ハイチ大統領暗殺事件:発生から1ヶ月、捜査はどうなったのか

クロード・ジョセフ(Claude Joseph)外務大臣は、国連のアントニオ・グテーレス(António Manuel de Oliveira Guterres)事務総長に書簡を送り7月7日に暗殺された大統領ジョブネル・モイーズ(Jovenel Moïse)の襲撃事件の調査における国連の支援を要請した。この支援依頼には、国際調査委員会と罪人を裁く特別法廷の設置も含まれる。国際調査委員会は各国当局の活動や努力を補完するものであると、同氏は手紙の中で続けた。また、ハイチ政府もカリブ共同体(CARICOM)の支援を呼びかけるとともに「襲撃の計画、資金調達、実行に外国人が関与した疑いがあるため、国際犯罪に相当する」と繰り返し述べた。

ハイチ警察はこれまでに、44人を拘束している。その中には、コロンビア人18名、南フロリダに縁のあるハイチ系アメリカ人3人(そのうちの1人がクリスティアン・エマニュエル・サノン(Christian Emmanuel Sannon))、ハイチ人6人が含まれている。容疑者には傭兵以外にも元コカイン密輸業者、大統領の警備隊長、ハイチの元政府関係者、地元警察などいるが、いずれにしても誰が黒幕なのか、誰が発砲したのかはいまだに不明である。また国立宮殿の一般警備隊長(USGPN)と大統領の警備の調整役である2人、大統領のセキュリティチーフだったジャン・ラグエル・シビル(Jean Laguel Civil)など12人の警察関係者の身柄も拘束されている。その中の4人は、7月7日の深夜にコロンビア軍のコマンドに同行しモイーズの家に侵入したと、拘束されたコマンドが証言している。ハイチ高等裁判所判事のウェンデル・コック・テロット(Windelle Coq Thelot)は現在指名手配中となっている。彼女は2月に他の2人の裁判官と共に追放されているが、拘束されているコロンビア人の容疑者たちが、事件前に判事に会っていること、さらにはCTU Security社から提供され判事が署名したとされるある文書に関する多くの詳細を警察の捜査員に提供していることによる。テロットの行方は、ハイチの元反政府勢力のリーダー、元野党議員、政府の反汚職部門の元職員など、他の数人のコロンビア人やハイチ人と同様に不明だ。最高裁判事の兄弟で彼女の弁護士の一人であるエドウィン・コック(Edwin Coq)は、彼女が政治的に迫害されていること、さらにハイチ警察がテロットを追うのは法律違反であること、そして彼女が大統領殺害計画に関与した証拠はないことを語っている。

https://twitter.com/pnh_officiel/status/1419704452550959104

 

暗殺計画に参加した元コロンビア兵は米国のセキュリティ会社から雇われた。それも彼らのミッションを要人の保護のためとされ、高い志を持って参加していたとされる。実際これらの退役軍人はハイチ行きを極秘裏に行っていたわけでなく、むしろハイチに向かう道中、隣国ドミニカ共和国で観光地に立ち寄ったり、その際の写真をソーシャルメディアに投稿していたりした。コロンビアのイバン・ドゥケ(Iván Duque Márquez)大統領もハイチで逮捕された元兵士は騙されていただけで合法的な任務のために旅行しているものとばかり考えていたと述べている。なお容疑者のほとんどは、弁護士へのアクセスが与えられておらず、ハイチの法律で定められている裁判官への出頭もまだない。オンブズマン事務局は拘束されているコロンビア人たちに適正な手続きが保証されていないと指摘している。

コロンビアの退役軍人はセキュリティ産業におけるコンサルタントやボディーガードとして雇われることが多い。現に中東の石油パイプラインを守る任務や、アラブ首長国連邦やアフガニスタンなどで軍隊のような民間警備の一部として、幅広いサービスを求める企業の人材のプールとなっている。アラブ首長国連邦では、イランが支援するフーシ派の反政府勢力との戦いにコロンビアの退役軍人が参加するほどだった。コロンビア人の能力は米英の兵士と同程度で、戦闘経験があるとともに指揮系統に従う、チームワークが取れること、さらにタフであることからこの業界において「価値がある」存在とされている。なお世界の傭兵の三本柱は、スペイン人、英人、ロシア人とされている。軍隊から退いた人にとっても、特に新たな技能を取得することなく職につけることもあり、仕事を得やすいというメリットもある。需要と供給の双方にとってうまくマッチングできている例とされる。

モイーズが暗殺された後死亡した元一等軍曹マウリシオ・ロメロ・メディナ(Mauricio Romero Medina、45歳)はコロンビア軍に21年間勤務していた。月に790ドルの年金をもらっていたが、住宅ローンの支払いなどもあり、家計は火の車だったという。そんな中、リクルートの電話がかかってきた。6月2日、ロメロが電話に出ると、もう一人の退役軍人であるデュベルニー・カパドール(Duberney Capador Giraldo)が、「パスポートだけで、合法的に長期の仕事ができる」と言い誘ってきたという。「家族と相談して、もし興味があるなら明日ボゴタで会おう、飛行機は明後日出発だ」言われ、十分に考える余地なく話に乗った、そう語るのは妻ジョバンナ(Giovanna Arelis Romero Dussan)だ。家を離れ1ヵ月、ロメロとカパドールは死亡し、18人のコロンビア人がハイチのジョベネル・モイス大統領の暗殺に加担した容疑で拘束された。

 

「被保護者の殺人と公文書のイデオロギー的改ざんの罪」でコロンビアで起訴されていたフランシスコ・ウリベ(Francisco Eladio Uribe)の妻もまたWラジオに対し、CTUセキュリティがこの退役軍人に対し月2,700ドルを提示していたと述べている。ちなみにこの金額は破格で、他国(米国、英国、イスラエル、南アフリカ)の傭兵と比べると通常は50%、時には70%も低い報酬で仕事を請け負っているという。

 

コロンビア国防省によると、毎年約10,600人の兵士が退役している。その多くは、数十年にわたる左翼反乱軍や麻薬密売カルテルとの戦いで鍛えられた高度な訓練を受けた戦士たちであり、米軍の訓練を受けた者である。そしてその多くが農村部の低所得者層の出身者であり、兵役を社会的地位を高めるための手段と考えているのが一般的だ。退役後に金銭面で苦労する人物も多いという。年金を受け取るためには20年間の勤務が必要があることもその一因だ。

 

暗殺事件発生から約4週間が経った今も事件は解決に至っていない。一方司法警察とポルトープランス検察庁は、逮捕、捜査通知、逮捕状、渡航禁止などの措置をかけており、今回も新たに5人の人物が容疑者として加わった。それらは党首のポール・ドニ(Paul Denis)とリネ・バルタザール(Liné Balthazar)、牧師のジェラルド・バタイユ(Gérald Bataille)とジェラール・フォルジュ・ジャンヴィエ(Gérard Forge Janvier)、サミール・ハンダル(Samir Handal)だ。リネ・バルタザールはモイーズを大統領に押し上げたTèt Kale党(Parti Haïtien Tèt Kale)の党首だ。大統領が暗殺される数時間前の7月6日に3時間以上も話をしていたことが明らかになっている。2人の牧師は、反体制派でモイーズを独裁的とし彼の任期に関する憲法の条文の解釈に基づき、同氏の退任を要求するデモを何度も行っていた。対象者全てが政治的迫害の犠牲者であると主張している。

また、逮捕されているハイチ系アメリカ人である2人の通訳者からの証言で当初より米国在住でCTUのオーナーのベネズエラ人実業家アントニオ・トニー・イントリアゴ(Antonio “Tony” Intriago)とエクアドル出身フロリダ在住、金融サービス会社ワールドワイド・キャピタル・レンディング・グループ(Worldwide Capital Lending Group)代表のウォルター・ヴェインテミラ(Walter Veintemilla)の関与がわかっている。ハイチの警察署長の主張にもかかわらず、米国捜査官は「南フロリダのビジネスマンが大統領の死に関与したという証拠は今のところない」としている。ヴェインテミラの弁護士もまた報道機関に対し、彼のクライアントはハイチの大統領に代わって暫定的な指導者が平和的に政権を移行する計画に対し融資を仲介しただけであり暗殺とは無関係であると語っている。

モイーズの死をチャンスととらえる人物がいることがこの国の不安定さを助長している。7月26日にはポルトープランスのロワー・デルマス(Lower Delmas)地区で、ギャングのリーダージミー・シェリジエ(Jimmy Chérizier、通称バーベキュー)は、頭からつま先まで白い服を着てモイーズの肖像画を掲げ、数百人とともに元国家元首を追悼するデモ行進をした。シェリジエは「G9 and Family」と呼ばれる強力なギャング連合のリーダーであり、ハイチの権力の空白を利用しようとしている。6月下旬、シェリジエは重装備の覆面をした数十人の男たちを従えて、モイーズの右派政党であるTèt Kale党や経済界、野党に対して、武器を持って「大革命」の準備をするよう同盟国に呼びかけていた。

モイーズが殺害されるまでの間、G9メンバー同士の抗争もあって、ギャングの暴力がポルトープランスを麻痺させていた。「この国のギャングは、スーツを着た男たちであり、本当のギャングは、国の宮殿の役人であり、本当のギャングは野党のメンバーなのだ」そんなことがこの国では言われている。それはG9が政府の支援を受けていたとされることもあるが、元警察官だったシェリジエがギャングのボスになったことにもよる。

 

8月6日、野党政治団体グループは、国際社会によるハイチへの干渉に反対するデモを呼びかけ、国連代表の退去を要求した。憲法、特に誰が行政府の一員であるべきかを規定している第133条にあからさまに違反している欧米諸国による政府の押し付けを批判してのことだ。動員の主催者の一人であるアベル・ロレストン氏は、人々はもはや「外国人」が指示することを受け入れず、国の将来を決めるのはハイチ人であるべきだと述べている。

8月4日、暗殺事件の調査は裁判所に委ねられた。ポルトープランスの第一審裁判所は、大統領の暗殺を調査するために1人以上の裁判官を任命しなければならないが、何人もの裁判官が、身の危険を感じて担当することを辞退している。モイーズ殺害の捜査は、これまでに複数の不正が行われてきたとされている。また、事件に立ち向いモイーズの自宅で最初に犯行現場を記録したハイチのヘンリー・デスタン(Henry Destin)司法長官等2名は、殺害予告を受けて身を隠しているという。政治的意図の強い事件であることから捜査を成功させるためには、司法がオーナーシップを持たなければならないとされている。ちなみに脅迫に関する調査はほとんど行われていないが、流出した文書によると、この威圧的なメッセージは「捜査官の動きを内部の人間が知っていることを示唆している」という。

ハイチ全国事務員協会(L’Association Nationale des Greffiers Haïtiens :ANAGH)を代表して複数の関係者が公開書簡を発表し、事務員が安心して任務を遂行できるよう、当局に保護措置を講じるよう求めている。

ハイチの国家警察のスポークス マリー・ミッシェル・ヴェリエ(Marie Michelle Verrier)は、指名手配中の容疑者の逮捕につながる情報を提供した人には、多額の報奨金が与えられると強調した。ただし、金額は明示していない。

 

ハイチ大統領暗殺事件に関するその他記事はこちらから。

参考資料:

1. Francisco Eladio Uribe, militar colombiano capturado en Haití, es investigado por falsos positivos
2. Number in custody in Haiti over President Moïse’s assassination climbs to 44
3. The assassination of Haiti’s president exposes role of ex-Colombian soldiers
4. Haïti: un mois après, où en est l’enquête sur l’assassinat du président Jovenel Moïse?
5. Assassinat de Jovenel Moïse: le dossier transmis à la justice
6. Assassinat de Jovenel Moïse: le président du PHTK, son parti politique, et des opposants visés par des mandats d’amener
7. Une autre arrestation liée au meurtre du président haïtien Jovenel Moïse
8. 3 Takeaways from Jovenel Moïse’s Murder Investigation in Haiti

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