ハイチ大統領暗殺事件:3つの犯人像と事件への米国の関係について

(写真は新大統領のアリエル・ヘンリー氏)

 

ハイチ大統領暗殺については、別のシナリオも出てきた。それは実行部隊にハイチ警察が関わっていたのではないかというものだ。これは当初逮捕されたメンバーからも「自分たちが到着した時にはすでに大統領は死んでいた」という証言があったことにも通ずる。エル・ティエンポ(EL TIEMPO)紙への情報提供者(ドミニカ共和国の諜報員)で本件と少ないながらも関係を持っただろう人物によると、7月7日、つまり暗殺当日の夜、警察の重要人物が大統領官邸に電話をかけた。その電話ではコロンビア人の来訪があった場合、彼らを受け入れよとするもので、その指示は警備員数をも減らさせ、銃撃戦なしに敷地内に実行犯を侵入させ、モイーズに手錠をかけるのを(実際には暗殺されたが)可能にした。情報源はハイチ土着宗教ブードゥーと今回の事案を結びつけ、モイーズの左目がくり抜かれたのがハイチ人固有の文化ゆえと述べた。この国では人口の8割がカトリック教徒とされている一方で、同時に国民の2人に1人がブードゥー教を信仰している。ブードゥーの儀式では、死んだ人があの世から現世の人間を見続けないようにするためにこのようなことを習慣があるというのだ。本件について拘束されている宮殿警備責任者ディミトリ・フラード(Dimitri Hérard)は黙秘を続けている。

フラードは2013年にキトの軍事学校(Eloy Alfaro)で訓練を受けているが、その後もエクアドルへの定期的な出張があり、またボゴタにも6回立ち寄っている。この時にカパドールとリベラに会ったとされているが、フラードが大統領に対し、ハイチでの誘拐、暗殺、略奪、女性へのレイプなどを行うギャングをコントロールするためにコロンビア人を雇うべきだと助言していたことと、この2人の元軍人が直接関与していた可能性もある。

 

少しずつ明らかになってきた他の人物や米国との関わりについてもみていこう。

逮捕されているハイチ系米国人の1人は米国麻薬取締局(DEA)の情報提供者であった。これはDEAも認めている。その容疑者は大統領が殺害されたと知るや否やDEAの職員に連絡、事情を説明したという。その告白を聞いたDEA職員は自首を促し、その結果情報提供者とともにもう1人のハイチ系米国人は降伏した。この情報提供者はジョセフ・ヴィンセント(Joseph Vincent)と想定される。

関係者によるとこの容疑者は2004年に起きたハイチのジャン・ベルトラン・アリスティド大統領(当時)に対するクーデターを主導したガイ・フィリップ(Guy Philippe※)を麻薬取引で逮捕した時の協力者だった。2017年のことである。当時彼はハイチ警察に所属していた。米司法省監察局の報告書によると、独裁者ジャン・クロード・デュバリエ政権のためのクーデターの翌年1987年にDEAはハイチに事務所を設置した。DEAとの関係はわかっていないが、サノンの自宅からDEAの文字入り帽子が見つかっている。また、モイーズの家に推しいる時に容疑者たちが「DEAの作戦による」と連呼していたことは記憶に新しい。なお暗殺後米国とハイチの当局はDEAは関与していないと主張していたが、結果としてこれである。一方でDEAは暗殺計画への関与を否定し、情報提供者も当時、DEAのためには働いていなかったことを主張している。

一方、CNNが伝えたところによると他の逮捕された容疑者の中にFBIの情報提供者も「多数」いた。FBIは「合法的な情報源を使って情報を収集する」と述べる以外、本件についてコメントしない。

実はDEA、FBI以外にもCIAの名も上がっている。米国はハイチと長い関係を持っている。時に介入し、時に海兵隊の派遣を、時に特定の目的のために支援をしてきた。専門家は米国政府、CIA、国務省の誰かがモイーズを自分たちの役に立たなくなったため、この世から消されたのではないかと説明した。なおすでに逮捕されているエマニュエル・サノン(Christian Emmanuel Sanon)自身も米国国務省と司法省の代表を名乗る人物からコンタクトがあり、サノンを大統領にしたいと言われ本プロジェクトに参加したと証言している。彼はハイチの最も強力な国際的支援者である米国の民主党、共和党の政治家からの支持を得ていると友人に語っていた。

この事件では米国、特にマイアミは特別な注意を持って調査される可能性がある。それは本計画に関わりを持っている企業の本拠地、そしてサノンをはじめとした逮捕者たちが関係を持った土地ということだけではない。INDIPENDENT紙はこの土地と闇との繋がりを以下のように定義し、それを説いている。

マイアミは、キューバの独裁者フィデル・カストロ(Fidel Alejandro Castro Ruz)を転覆させるためのピッグス湾作戦が失敗した際のCIAのリクルートセンターとだったこと、1980年代にコロンビア産コカインの重要な出荷地となったことなど、長年にわたって陰謀の巣窟となっていた。また、ヤシの木に囲まれた海岸は、ラテンアメリカやカリブ諸国の人々にとって、自国の政治的風向きが悪くなったときに亡命する場所であり、帰国を企てる人もいた。

 

ある専門家は今回の事件はCIAが支援するミッションにも酷似していると述べた。コロンビアの軍人と米国のグリーンベレーとの間には密接な関係があり、両者の提携は少なくとも1950年代にさかのぼる。コロンビア軍と警察は、米国から提供された武器と装備を使用し、グリーンベレーはゲリラ対策としてエリート相手の訓練を支援している。今年初めにコロンビアで起きた税制改革案に反対するデモでも武器やノウハウが用いられた。

 

今回多くのコロンビア人のリクルートをした企業CTU Security代表のアントニオ・トニー・イントリアゴ(Antonio “Tony” Intriago)は10年以上前にベネズエラからマイアミに移住し、祖国の左翼政権に対する活動を続けてきた。フロリダ州の記録によると、この会社は過去十数年の間に何度も名前を変えている。Counter Terrorist Unit Federal Academy LLC-CS  Security Solution-CTU Securityといった具合にだ。イントリアゴがここまでこの案件に積極的だったのは、彼の抱える金銭問題と関係があると考えられている。イントリアゴは2018年武器と戦術ギアの供給会社であるRSR Groupに6万4,791ドルの債務を支払うよう裁判所から命じられているし、軍用アパレルメーカーのPropper社からも不払いを理由に訴えられている。会社存続にはすぐに現金化できる仕事で、それゆえ詳細条件を確認することなしにすぐに飛びついたと考えられている。イントリアゴは本件について語っていない。余談にはなるが、イントリアゴは権力者好きだ。そんな彼はコロンビアのイヴァン・ドゥケ(Iván Duque Márquez)大統とも一緒に写真を撮っておりSNSに投稿している。ドゥケは2018年2月に大統領選キャンペーンの一環でマイアミにいたとしながらも、イントリアゴと関係を持っていないと発表した。

CTUにリクルートされたコロンビアの元軍人たちの全員は特殊部隊に所属していた。これらの人間の多くは計画の本当の目的を知らされていなかった。CTUは今年4月、コロンビア軍の元軍曹であるドゥベルニー・カパドール(Duberney Capador Giraldo)に「ハイチの重要人物を守るために元コマンドーのグループを作ってほしい」と連絡を、それを受けドゥベルニーは軍人仲間の幅広いネットワークを使い希望を募った。応募したほとんどの人間は40代前半で、軍を退役したばかり。コロンビアで給料の良い仕事を探すのに苦労していたとのことだ。(ドゥベルニー死亡により妹であるイェニー・カロライナ・カパドル(Yenny Carolina Capador Giraldo)談)

ドゥベルニーは、後にWhatsAppで他の元兵士たちに「私たちは国の安全と民主主義の観点から、国の復興に貢献するつもりだ」とメンバーに連絡をしていることもあり、参加者が自分たちのミッションが使命を持った善良のものと考えていたらしいことにもつながる。逮捕者たちも同様のことを証言しているという。そもそも高度な技術と知識を持った傭兵が最も簡単に地元住民や警察に捕まったり、茂みに隠れていたこと自体もあまりにも不自然なことだ。プロフェッショナルがリスクのあるミッションをこなす際には「逃げ道」を作るのは当たり前のことだが、今回はそれがなかったのは暗殺を目的とは考えてなかったからだと専門家は付け加えた。

コロンビア警察のホルヘ・バルガス(Jorge Luis Vargas Valencia)長官も元ハイチ政府当局者ジョセフ・フェリックス・バディオ(Joseph Felix Badio)が、コロンビア人傭兵たちのまとめ役だった元大尉ヘルマン・リベラ(German Rivera)容疑者ら2人に、大統領邸襲撃の目的が大統領の殺害であることを語ったのは事件3日前の7月4日のことだと発表している。当初よりこちらでも述べていたように実行犯の多くは彼ら自身も騙されていただろうことが窺える。

 

調査対象にはフロリダ州に拠点を置く金融サービス会社ワールドワイド・キャピタル・レンディング・グループ(Worldwide Capital Lending Group)もある。この企業はエクアドル出身のウォルター・ヴェインテミラ(Walter Veintemilla)によって運営されていて暗殺事件に865,000ドルの資金提供をした。サノンへの資金提供も同社によるものだ。実行の指揮者リベラはフライトチケットをフロリダ州ドーラルにある大手旅行代理店Ok Mundo Traveでクジレットカードを用いて19枚の航空券を購入、サノンも120万ドルの価値を持つエリドサ社(Helidosa)の高級プライベートジェット機(登録番号HI-949)で入島した。ちなみにヘリサド社はドミニカ共和国の元大統領候補ゴンザロ・カスティージョ(Gonzalo Castillo Terrero)が関係している。カスティージョの関与はないとされている。なお、このジェットには同乗していたのはヴェインテミラ、イントリアゴ、元軍人のアルカンへル・プレテルト・オルティス(Arcángel Pretelt Ortíz)だ。カリで生まれたプレテルトも元軍人で、2014年12月、ニューヨーク裁判所の要請で、麻薬密売で送還された元FARCメンバーのフランクリン・ラモス・サンチェス(Franklin Ramos Sanchez)に対して証言をした。彼も滞在許可証を持ち米国に住んでいて、CTU Securityにはイントリアゴとともに、彼の名前が併記されている。サノンとイントリアゴの両名は、最終的にカリブ海の国の資産を使って弁償する予定だった。

 

巷で言われている3つ目の首謀者シナリオは、政権奪取のためにクロード・ジョセフ(Claude Joseph)暫定首相が犯行の背後にいたというものだ。ただバルガス将軍はこの仮説については公式なものではないと述べた。

 

暗殺事件への関与の疑いで、これまでにコロンビアの元軍人18名、ハイチ系アメリカ人5名が逮捕され、3人のコロンビア人が死亡し、未だ5人が逃走中だ。さらに攻撃の組織化に関与したとして告発された他の4人のハイチ人に対して捜索令状および逮捕令状が発行されている。何にしても、本事件を画策したのは、草の根レベルの人間ではないと考えられている。フロリダ在住のイントリアゴとヴェインテミラは、それぞれの会社や親族を通じた再三のコメント要請に応じていない。

米国はハイチに海兵隊を派遣した。これはポルトープランスの米国大使館の安全を確保するためだけだという。ハイチの暫定政府は、複数の危機に陥っている国を安定させるために米国に軍事支援を要請しているが、ワシントンはFBI捜査官以外の兵士の派遣には慎重な姿勢を見せている。

 

ハイチでは20日、アリエル・ヘンリー(Ariel Henry)暫定首相が誕生した。穏健派の神経外科医はジョヴネル・モイーズから5日に次期首相として任命されていた。

※1990年代後半から2000年代前半、ガイ・フィリップは米国における麻薬密輸のための国際的な取引スキームに関与していた。、2017年にマネーロンダリングの罪で9年間の判決を受け、現在アメリカの連邦刑務所で服役中。

ハイチ大統領暗殺事件に関するその他記事はこちらから。

 

参考資料:

1. Haiti’s nightmare: The Cocaine Coup and the C.I.A. connection
2. El asesinato del presidente de Haití expone el sombrío mundo de los mercenarios colombianos
3. Jovenel Moise: the jet, audios and confessions about the assassination of the president of Haiti | Colombia | Miami | WORLD
4. Suspects in Haitian President’s Killing Met to Plan a Future Without Him
5. Miami security company under scrutiny in assassination of Haiti president
6. Ask the Expert: The Assassination of Haiti’s President
7. Haiti’s acting prime minister Claude Joseph to step down amid power struggle after president’s assassination
8. Exclusive: A wild chase followed the assassination of Haiti’s President
9. El escurridizo Arcángel Pretelt, otro vinculado al magnicidio en Haití

 

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