文化人類学を学んできた者として、旅先で土着の人々の暮らしや歴史に触れることは、大変意義深く、喜ばしい経験である。世界には多様な人々が居住し、それぞれが独自の文化を形成してきた。残念ながら、すでに現世から消失してしまった文化も少なくない。それでも、わずかに残された痕跡や記録を紡ぎ直すことで、その存在は後世に語り継がれており、今日ではしばしば観光資源として再評価されることもある。
チリを訪れる前から、私の関心を引いていたのがセルナム(Selk’nam)という先住民族であった。彼らは、アメリカ大陸南端のフエゴ島(Tierra del Fuego)に数千年にわたり定住し、その土地を守り続けてきた民族である。
セルナムの歴史は、疫病や大規模な虐殺、そして一方的な文明化政策により大きな打撃を受けてきた。結果として、最後の「純血のセルナム人」とされるビルヒニア・チョキンテル(Virginia Choquintel)が1999年7月2日に逝去したことにより、血統的な意味でのセルナム民族はこの世から姿を消した。ただし、彼女自身は必ずしもセルナムの伝統的な生活様式を維持していたわけではない点も注記すべきである。
私がセルナムという民族に初めて興味を持ったのは、彼らが代々受け継いできた「アイン(Hain)」と呼ばれる成人儀礼においてである。この儀式には、神霊的存在(スピリッツ)が象徴的に具現化されたキャラクターとして登場するが、その造形が非常に独特で印象的であった。詳細については別稿で改めて述べる予定であるが、ここでは備忘のために、フエゴ島で購入したビールについて触れておきたい。
このビールのラベルには、まるで日本の特撮番組『スーパー戦隊シリーズ』に登場しそうな「悪役」のようなキャラクターが描かれている。これらは、まさにアイン儀礼に登場するスピリッツの化身である。滑稽でありながらも独創的で、どこか愛嬌を感じさせるそのビジュアルは、まさにセルナム文化の象徴的な一端を表現しているといえよう。
レストランにて、オーナーに在庫を確認していただいたところ(誠に迷惑なお願いであったが)、入手できたのは以下の4種のビールであった。これ以外の種類を発見された方は、ぜひ情報を共有いただきたいものである。以下に、それぞれのビールの概要と、セルナム民族の成人儀礼「アイン(Hain)」における各キャラクターの役割について記す。
MATAN(ポーター/Porter)
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儀式における役割:
マタンはアインの儀式において、主にダンサーとしての役割を担う存在である。空から降臨するという演出のもと、人々はその登場に熱狂し、特に彼らの驚異的な垂直跳躍には歓声が巻き起こる。儀礼においては、神秘性とエンターテインメント性を兼ね備えた重要な存在とされる。 -
ビールの特徴:
色合いは赤褐色。ミディアムからストロングボディにかけてのしっかりとした飲みごたえがある。ダークモルトの深み、トーストモルトの香ばしさ、さらにはスモーキーな風味がバランスよく共存しており、複層的な味わいを楽しめる。(アルコール度数 5.6%)
KULAN(アイリッシュ・レッドエール/Irish Red Ale)
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儀式における役割:
クランはアインの儀式において、「不幸な女性(mujer fatal)」の象徴として登場するキャラクターである。彼女は、父権的な価値観に基づく社会において異質かつ挑発的な存在とされ、あらゆる人物と愛を育むことができるとされている。森の奥に潜み、対象となる者に静かに忍び寄り、誘惑するという役割を担う。儀礼のなかでは、女性性、魅惑、そして禁忌の象徴として機能している。 -
ビールの特徴:
わずかに赤みを帯びた色調は、麦芽の豊かさに加え、焙煎された大麦によってもたらされる。口当たりはやわらかく、麦芽の香ばしさと控えめながらも存在感のあるキャラメル風味が調和している。全体として、深みと飲みやすさを両立させたバランスのよい一杯である。(アルコール度数 5.6%)
ULEN(アンバーエール/Amber Ale)
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儀式における役割:
ウレンは、ティエラ・デル・フエゴ島北部における男性の精神的本質を体現する存在である。風のように素早く、軽快に動くその姿は、アインの儀礼において「速度」と「敏捷性」を象徴するスピリットとして演じられる。彼の現れは、一瞬にして視界を横切るような閃きであり、男性的エネルギーの動的側面を視覚的に表現する役割を担っている。 -
ビールの特徴:
外観はやや透き通ったアンバー色であり、クリーミーで滑らかな口当たりが印象的である。全体としてナチュラルで素朴な風味を保ちつつ、後味にはかすかな苦味とともに、批評的とも言える引き締まったアクセントが感じられる。過度な装飾を排しながらも、確かな個性を湛えた一杯である。(アルコール度数 4.6%)
KOTAIX(スタウト/Stout)
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儀式における役割:
コタイクス(Kotaix)、あるいはアラハチェス(Halahaches)と呼ばれるこの存在は、空の象徴として位置づけられる男性の霊的側面を体現している。アインの儀式においては、男性に対する拷問や殺害のシミュレーションを通じて恐怖を喚起する役割を担っている。その表現はグロテスクであり、観衆に畏怖をもたらすが、霊魂の状態が良好である場合には、滑稽さや諧謔性も帯びるという多義的な性格を有している。畏怖と可笑しみの共存こそが、コタイクスの表象に込められた世界観の奥行きである。 -
ビールの特徴:
コタイクスの名を冠したこのスタウトは、濃密かつ漆黒の外観を持つ。香りと味わいには、ローストされたナッツやココア、コーヒー、そしてダークチョコレートといった風味が重層的に現れ、飲み手の記憶を甘く、そしてどこか苦々しくも呼び起こす。滑らかな口当たりとともに、静かに深みを増す味わいは、儀式のスピリットがもたらす神秘性と調和している。(アルコール度数 4.6%)
子どもたちがアインの儀式について学ぶための歌と共にそのスピリッツを感じてほしい。
歌の中で出てくる単語の補足としては以下の通り:
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soortes:セルナム文化における「精神存在」または「霊的スピリット」であり、アインの儀式を通して可視化される象徴的キャラクターを指す。彼らは自然界と人間界を媒介する存在である。
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kloketén:儀式に参加する「未成年の若者」、特に成人の境界に達する前段階にある男子を意味する。アイン儀式では彼らが霊的な学びと社会的役割の移行を経験する。
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hain:成人儀式そのものであり、知識と恐れ、ユーモアと教育が織り交ぜられた複雑な通過儀礼である。この儀式によって、kloketénは共同体における正式な成員へと移行する。
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