2025年、イタリア・ミラノで開催されたThe Best Chef Awards 2025において、エクアドル出身のピア・サラサル(Pía Salazar)が最優秀パティシエール賞を受賞した。この栄誉により、彼女の革新的なパティスリーは、エクアドルの首都キトを世界の美食地図に確固たる存在として刻み込んだ。
この賞は、世界各地を訪れたレストラン業界関係者や美食家など、1,080人の独立した専門家で構成されるアカデミーの投票によって選出されるものである。
レストラン『ヌエマ(Nuema)』にてデザート部門を担う彼女は、現代ガストロノミー界において最も影響力のある人物の一人と広く認識されている。今回の受賞は、ピア・サラサルが国際的な美食シーンにおけるリーダーシップを再び確立した証であると同時に、エクアドルのパティスリーに独自のアイデンティティを打ち立てる礎となった。
キトのパティシエール、ピア・サラサルは、すでに2023年にThe World’s 50 Best Restaurantsより「World’s Best Pastry Chef(世界最高のパティシエール)」の称号を授与されている。さらに、その前年である2022年には、Latin America’s 50 Best Restaurantsにおいて「Latin America’s Best Pastry Chef(ラテンアメリカ最高のパティシエール)」として、その功績が高く評価された。主催団体は、「ピア・サラサルは、甘さとハーブの香り、塩味といった意外な組み合わせを融合させることで、大胆かつ斬新な味覚を創出し、デザートの世界を再構築している」と評している。さらに、「彼女の先駆的な取り組みは、エクアドルのパティスリーを再定義し、現代の創造性に新たな基準を打ち立てたのである」と続けており、その革新性に深い敬意を示している。これら一連の受賞と評価により、ピア・サラサルはラテンアメリカにおけるスイーツ革新の象徴的存在として確固たる地位を築いている。
ピア・サラサルによる挑戦
2014年、ピア・サラサルは、夫でありシェフの通称「アレホ」ことアレハンドロ・チャモロ(Alejandro Chamorro)と共に、革新的な料理の提案を推進し始めた。この取り組みによって、彼らのレストラン「ヌエマ」は、2022年以来、「The World’s 50 Best Restaurants」において1〜50位および51〜100位の両方にランクインした初のエクアドルの店舗となっている。
LIVE NOW: Pía Salazar wins The World’s Best Pastry Chef Award 2023, sponsored by Sosa! #Worlds50Best #sosaingredients pic.twitter.com/qPVoMAlvcv
— The World’s 50 Best (@TheWorlds50Best) June 20, 2023
「ヌエマ」という店名は、3人の子どもたち──ヌリア(Núria)、エミリオ(Emilio)、マルティン(Martín)──の名前から一文字ずつ取って名付けられたもので、同店は、高水準の料理を通じてエクアドルの生物多様性を現代的な視点で表現することを理念として掲げている。ピア・サラサルの前衛的なデザートには、複雑かつ繊細な味のパレットが広がっている。また、「ヌエマ」はエクアドル国内のサプライヤー支援や、持続可能性を重視した取り組みにおいても高く評価されている。開業当初を振り返り、ピア・サラサルは「今こそ飛び立つ時だ」という啓示的な直感があったと語っている。「目覚めたとき、私はもう決めていた。自分たちの未来は、自分たちの手で創り出すしかないと」。こうして、彼女とアレホはキト市サルバドール通りに最初の「ヌエマ」を開店した。当初はその存在がほとんど知られておらず、認知度の面でも困難を抱えていたという。「本当は、小さなビストロとデザートの店を作るつもりだった。でも、内装があまりにも美しく仕上がってしまって……結果的に、気づけば本格的なレストランになっていたんです」と彼女は振り返る。現在、旗艦店「ヌエマ」では、アレハンドロ・チャモロが主菜を、ピア・サラサルがデザートを担当するという明確な役割分担のもと、エクアドルの食文化を革新的に表現している。
彼らは、エクアドルの土地と対話するメニューを展開し、キトを国際的な高級料理の注目エリアへと押し上げた。そのなかで、ピア・サラサルは自身の特徴的なスタイルを確立している。すなわち、地元の食材や伝統に挑戦するかのような、ハーブの香りや塩味を含む異例の組み合わせを探求した、ミニマリストなデザートである。
2024年、ピアは首都キトに自身の店舗「Pía, cocina dulce(ピア、コシナ・ドルセ)」をオープンさせた。
「Pastelería Pía(パステレリア・ピア)」は、単なる菓子店ではなく、ピア・サラサルが独自の世界観を具現化する先見性に満ちた空間である。この店では、地域のルーツと最先端の創造性が交錯し、物語を紡ぎ、記憶を呼び起こし、感情を変容させるような菓子が生まれている。それは「ヌエマ」とは一線を画す、全く新しいデザートのテイスティングメニューであり、ひとつの創造的な宣言の場でもある。また、ショーケースに並ぶパティスリーにおいても、ピアは甘さを抑えるために塩味を加える工夫を施し、タルトにはセロリ、ルバーブ、カブといった野菜を大胆に使用している。彼女の菓子は、素材そのものに焦点を当てた新たな提案である。さらに、パンやペストリーの分野にも積極的に取り組んでおり、その挑戦はとどまることを知らない。
ピア・サラサルは「夢見ることができるなら、それを実現する方法もきっと見つかる」と常にこう語っている。彼女とその家族の歩みこそが、その言葉の確かな証である。
実際のところ、今私たちがしているのは、さまざまなプロジェクトを一つひとつ並べていくことです。ですから、一方には「Pía(パティスリー)」があり、「Nuema(レストラン)」があり、そしてもう一つ「Estelma(エステルマ)」という新しいプロジェクトがあります。
Estelma はもっとカジュアルでアクセスしやすい家庭的な食事を提供する場になる予定で、街の中心部で家族や仲間とシェアして食べられるような場所にしたいと考えています。まるで日曜日におばあちゃんが作ってくれたごはんのように感じられるような、そんな「家庭の味」を大切にした料理を、でもしっかりとしたプレゼンテーションで提供するお店です。
ピア・サラサルは、「ヌエマ」がエクアドルで初めてテイスティングメニュー(コース料理)を提供したレストランとなったことについて、「モダンな料理を目指していたわけではなく、単にお金がなかったから」と率直に語っている。最初の「ヌエマ」は客足が伸びず、家族以外の客はほとんど来なかった。家族からも「もうやめたらどうか」と言われるほどの苦境だった。そんな中、ある女性客から「ホテルの一角に店を移せば、家賃は数ヶ月間無料でいい」という申し出があり、これが二軒目の「ヌエマ」開店のきっかけとなった。ピアは「ヌエマを再び開くことは“選択肢”ではなく、最後の一手だった。成功するか諦めるか、そのどちらかしかなかった」と振り返る。
開業当初はテイスティングメニューに対する客の反応は冷ややかだったものの、徐々に受け入れられ、最初は5品から始まったコースは来客数の増加に伴い8品に拡張されていった。ホテルで約2年間営業したが、その後訪れたパンデミック(新型コロナ)の影響で厳しい状況に直面する。その期間中、週末にパティスリー(スイーツ)のデリバリーを続け、店を何とか維持した。この苦難の時期が家族やスタッフの絆をより強め、「みんなをもっと大切に思うようになった」とピアは感慨深く語る。
そして、店の存続をかけた最後の模索の最中に、思いがけない朗報が届く。電話に出た夫アレホは、話を聞いた直後に泣き崩れた。長男は踊りながら彼に抱きついた。その知らせとは「50 Best」に選ばれたことである。それを伝えられた瞬間は信じられないほど嬉しかったという。
その後も二人は努力を重ね、ようやく「長年夢見てきた根を張る場所」を手に入れ、現在の成功に繋がっている。すべての作品は、日常的な素材に遊び心ある食感や大胆なコントラストを融合させ、優雅さと独創性、そして一切の躊躇を排した情熱によって、既存のルールを書き換えている。その結果、新たな菓子の「言語」が生まれている。それはすなわち、解体的(デコンストラクティブ)であり、意図的であり、そして深く人間的な言語である。
フランスのガイド『La Liste(ラ・リスト)』は2025年、この店の開業を「ラテンアメリカの菓子業界における画期的な出来事」であると高く評価している。La Listeは、ここを高度な技術と深い文化的背景が融合したブティックであると位置づけており、ピア・サラサルがキトにおいて創り上げたのは、単なるパティスリーではなく、一つの「遺産」であると明言している。
ピア・サラサルという人
ピア・サラサル(Pía Salazar)は、エクアドルのクエンカ(Santa Ana de los Ríos de Cuenca)出身である。幼少期から母親や祖母に触発され、自然と料理の道を志すようになった。「私は、伝統を重んじる家族の出身です」語る彼女はエクアドルとメキシコで料理を学んだのち、彼女はペルーの名高いレストラン「アストリッド・イ・ガストン(Astrid & Gastón)」のキト支店でキャリアをスタートさせた。当初はホットキッチン(メインの調理場)で勤務していたが、間もなくデザート部門で自らの天職を見出すこととなった。
このレストランでの経験は、彼女にとって極めて重要な意味を持つものであった。美的感覚と味覚の両面で技術を磨く場であっただけでなく、二つの大きな転機をもたらした。ひとつは、現在の夫であり、シェフ仲間でもあるアレハンドロ・チャモロ(Alejandro Chamorro)との出会いである。当初、両者の意思疎通はうまくいかず、彼女は解雇寸前にまで追い込まれたという。しかし、やがて友情が芽生え、それが恋愛関係へと発展し、最終的には結婚に至った。もうひとつの転機は、地元の食材を活用し、季節感を尊重しながらエクアドルの豊かな自然を料理に取り込むという信念が芽生えたことである。この価値観は、彼女のその後のデザート創作における根幹となっていった。
ピア・サラサルは、ヨーロッパにおける伝統的な味よりも、独自のパティスリーへの情熱を重視してきた。その情熱はスイスでの現場修行においても貫かれたが、その道のりは決して平坦ではなかった。「スイスはお菓子作りにおいて非常に優れているが、私は甘いものよりもハーブや他の風味を好むため、初日から味のバランスを取ることに苦労した。デザートが甘すぎず、お客様が最後まで心地よく食べられるようにするのは、これまでで最も難しい仕事の一つだった」と彼女は振り返る。
サラサルは、食材の色彩に強く惹かれており、甘味と塩味という従来のカテゴリーの境界を曖昧にすることに情熱を注いでいる。ある日、ラディッシュ(赤カブ)とアーティチョーク(チョウセンアザミ)を組み合わせたことが、自らの固定観念を打ち破る契機となった。「料理には、甘いものにも塩味にも、それぞれが少しずつ混じり合っているべきだと思う。互いに“共犯関係”のように作用すること——それが『ヌエマ』で私たちが目指していることだ」。
彼女はまた、植物由来の食材に強い愛着を持ち、デザートを通して感情を語ることを大切にしている。その多くは、彼女自身の子供時代の記憶に根ざしている。たとえば、夏になると祖父母の農園に預けられ、母親と離れて過ごしていた体験が、彼女の感性に深い影響を与えている。市場に祖母と通った日々や、カーニバルの時期に集まって菓子を作っていた年配の女性たちの姿も、創作の源泉となっている。「祖母たちと一緒に過ごしたことで、私は料理への情熱を見出した。私は学校の勉強には集中できない子どもだったが、週末にチョコレートケーキを作ることだけが楽しみだった」と語るように、サラサルのスイーツには、記憶、文化、家族、そして感情が織り込まれている。
ピア・サラサルはまた、愛する人々にオマージュ(献呈)を捧げることを何よりも大切にしている。ココナッツ、酵母、黒ニンニクという大胆な素材の組み合わせによる印象的なデザートも、まさにその信念から生まれた一皿である。この作品は、ある重要なガストロノミーイベントのために依頼されたものであった。しかし当時、彼女は最愛の父を亡くした直後であり、精神的に極めて困難な時期にあった。創作を続ける気力すら失いかけていたが、彼女は父への敬意を込めたデザートを作ることを決意した。「あのとき、私が何かを創る唯一の方法は、彼を讃えることだった。ある人には『その組み合わせはひどい。やめたほうがいい』と言われたが、私は彼が好きだった食材を使うことにした。これは私のトリビュートであり、絶対に変えるつもりはなかった」と彼女は語る。
彼女は、約束された日までにその作品を完成させた。そのデザートを口にしたのは、世界的なシェフ、エンリケ・オルベラ(Enrique Olvera)であった。彼は深く感動し、次のように語った。「君に会いたい。これまでに、こんなにも感動させられたデザートはなかった」。
この経験を通して、ピア・サラサルは自分が信じた道を貫く覚悟をよりいっそう強めた。「あの日、自分が信じたことを貫く覚悟が固まった。私は今でも、本当の自信は自分の心の中にしかないと信じている」と語るように、彼女は苦しみの中から生まれた創作によって、自らの在り方を再確認し、揺るぎない信念を得たのである。
ピア・サラサルの父は医師であり、自宅には緊急対応を要する患者が訪れることもしばしばあった。ある日、父に「器具の準備を手伝ってくれ」と頼まれた彼女は、ためらうことなく応じたという。「父はいつも『生きるということは、困難に挑戦することだ』と教えてくれた。簡単なことなんて、面白くもない──それが彼の口癖だった」。この父の言葉に背中を押され、ピアは一時期、医学の道を志し、学び始めた。しかしやがて、その道を離れ、料理の世界へと進むことになる。
ピア・サラサルはまた、幼少期に大事故に遭い、奇跡的に命を取り留めた経験を持つ。2005年、自動車事故によって頭部からフロントガラスを突き破るという重傷を負い、複数回の手術の末に視力の一部を失った。その結果、左右の目の色が異なる状態となった。本人はしばしば、「まるでハスキー犬のようだ」と表現される。事故の後、彼女は当初その違いを隠そうとしていたが、父からの一言「まぶたが下がるぞ」が転機となった。この率直な忠告をきっかけに、ピアはありのままの自分を受け入れる決意を固めた。「父は、“違いは美しさだ”ということを、私に教えてくれた」。この経験は、ピアにとって自分自身を愛し、他者の視線に左右されない強さを育む重要な契機となった。現在は自身の子どもたちにも、偏見や社会の厳しさに屈しないことの大切さを伝えている。
料理人としての第一歩は、医師の道を諦めたときに始まった。学費には祖父母が少しずつ送ってくれていた支援金を充てた。「あのときは大騒ぎだった」と当時を振り返る。また、若くして第一子を出産したことも家族にとっては驚きだったという。それでも彼女にはどんな困難にもひるまない胆力と執念があった。そんな道中で運命的な出会いを果たす。それがペルーの名店『ガストン・アクリオ(Astrid y Gastón)』のキト支店での経験である。彼女は「ガストン・アクリオとアストリッド・グッチェ(Astrid Gutsche)のもとで働いたことで、エクアドルの食材に誇りを持つことの重要性を学んだ」と語っている。
最近オープンした三つ目の「ヌエマ」は、キトの美しい邸宅を改装して誕生した。オーナーの反対を押し切り、ピアが強い説得力で借り受けることに成功したこの場所は、彼女の直感によって「ここしかない」と確信された場所だった。ピアは、「The World’s 50 Best Restaurants」に掲載されたことについて振り返り「私たちはこの評価を受けて、新たな道を切り開くことができました。それは私たち自身のためだけでなく、これから夢を追いかける若い料理人たちのために道を整える意味もあるのです」と語っている。
彼女の言葉には、自身の成功を共有し、エクアドルの料理界全体を盛り上げていこうという強い使命感が感じられる。
参考資料:
1. Pia Salazar, de Nuema, gana el premio a la mejor pastelera, en The Best Chef Awards 2025
2. Pía Salazar gana el premio a la mejor chef pastelera del mundo en 2025
3. PASTRY AWARDS 2025
4. Eating vegetables for dessert: exploring the bold cuisine of Pía Salazar
5. Pia Salazar
6. Pía Salazar, la mujer que pone a Ecuador en la cima de la gastronomía
NUEMA
住所:Bello Horizonte E11-12 y Coruña, Quito, Ecuador ![]()
Whatsapp:wa.me/593992509160
HP:http://www.nuema.ec/
Pía, cocina dulce
住所:Coruña y Bello horizonte, Av. La Coruña, Quito, Ecuador ![]()
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