(Photo:El Ciudadano)
PakaPakaは、アルゼンチン政府が運営する公共の子ども向けテレビチャンネルである。2010年に開局され、アルゼンチン教育省のもとで設立されたこのチャンネルは、5歳から12歳の子どもたちを主な対象とし、公教育と多様性、社会的正義を重視するメディアであった。「批判的かつ包摂的な市民性を育むこと」という明確な目的を持ったチャネルに登場するのは権利について語るパペットであり、好奇心を持ち世界を探検する子どもたちであり、多様性を重んじ、批判的思考を育むようなアニメであった。
しかしその方針転換は突如として起きた。ハビエル・ミレイ(Javier Milei)政権下で「小さな政府」「反国家介入」「自由市場至上主義」というリバタリアン思想がメディア政策にも反映され始めたのだ。新たに発表された番組編成はリバタリアン主導への転換が見てとれた。「イデオロギーの押しつけなし」と謳っているチャンネルは、その実、強い教化的色彩を帯びるようになった。番組表には、リバタリアン界隈で有名なアニメシリーズが含まれており、「経済的自由の推進」と「反共主義」の布教を目的とする内容になっている。
Tuttle Twins
例えば今週から始る米国発のアニメシリーズ『タトル・ツインズ(Tuttle Twins)』は、極右活動家であり、リバタス財団(Libertas Institute)というシンクタンクの会長を務めるコナー・ボヤック(Connor Boyack)の著書に基づいている。このシンクタンクは、経済の規制撤廃や公共サービスの民営化を推進している。番組は超保守的な傾向を持つクリスチャン系スタジオ「エンジェル・スタジオ(Angel Studios)」によって制作されており、イデオロギー色の強いコンテンツをクラウドファンディングによって資金調達し作成することで知られている。この番組は、子ども向けの形式でリバタリアン思想の基本原則を教える内容となっている。同社は他にも『サウンド・オブ・フリーダム(Sound of Freedom)』や『ザ・チョーズン(The Chosen)』といった作品を手掛けている。スタジオの創設者たちはモルモン教徒であり、2014年の設立当初は末日聖徒イエス・キリスト教会の教義に沿った作品を中心に展開していた。その後、一般的なキリスト教映画へと路線を広げ、2023年に『サウンド・オブ・フリーダム』が大ヒットしたことで急成長を遂げた。『サウンド・オブ・フリーダム』は、ジム・カヴィゼル(Jim Caviezel/『パッション』主演)を主人公に、米国人ティム・バラド(Tim Ballard)の「人身売買からの子ども救出活動」を描いたものである。しかし、バラドは複数の女性からセクハラおよび不適切な性的行為で告発されており、彼が創設した人身売買対策団体「OUR(Operation Underground Railroad)」は内部調査の結果、バラドに辞任を求めた。バラドが属していた末日聖徒イエス・キリスト教会も、彼が教会の指導者の名を利用したことを問題視し、距離を置いている。さらに、『サウンド・オブ・フリーダム』のプロデューサーの一人であるエドゥアルド・ヴェラステギ(Eduardo Verástegui/メキシコ出身)は、同性愛婚に反対し、トランスジェンダーの権利を否定、さらに極右会議CPACでナチス式の敬礼を模倣したことで知られる。
主人公であるイーサンとエミリーという双子の兄妹は祖母ギャビーとともに時間旅行を行い、歴史上の人物と出会いながら、「経済的自由と反共主義」に関する教訓を学んでいくというものである。そこで語られるのは自由市場の原則、集産主義(コレクティビズム)の危険性、そして私有財産の至高の価値である。このシリーズの物語世界には曖昧さなるものは存在しない。国家は抑圧的な存在として描かれ、税金は「盗み」とされ、政府の介入はすべての悪の源として扱われる。教育的で戯画的な語り口で描かれたこの番組は、いわゆる「国家主義的洗脳」から子どもたちを「目覚めさせる」ことを狙っている。メッセージは明確で、しつこいほど繰り返される──「政府が小さいほど良い」という信念である。
また、アニメの各エピソードには、ハビエル・ミレイ大統領や他のリバタリアン、さらにはドナルド・トランプ(Donald Trump)など極右のリーダーたちがしばしば引用する人物が登場する。たとえば、経済学者ミルトン・フリドマン(Milton Friedman)は「インフレという怪物」について子どもたちに説明する。また別のエピソードでは、資本主義の父アダム・スミス(Adam Smith)が「見えざる手」と自由貿易の利点について語る。さらに、ミレイ大統領がしばしば言及するルトヴィヒ・フォン・ミゼス(Ludwig von Mises)も登場し、市場を破壊する存在として補助金を批判する。
イーサンやとエミリーの冒険の背後には、「各自が自分で生き延びよ」というペダゴジーもにじみ出ている。コミュニティがどのように構築されるのかを説明する代わりに、個人の財産をいかに防衛するかが教えられ、権利を提示する代わりに、国家への恐怖が煽られる。それは比喩ではない。あるエピソードでは、主人公たちがカール・マルクス(Karl Marx)と出会うが、彼は一切のニュアンスのない悪役として描かれており、資本主義の価値をめぐって論戦を繰り広げる。
Tuttle Twinsの公式アカウントはマルクス主義のアニメにTuttle Twinsが取って代わったと歓迎の意を表している。
Thrilled to announce that Tuttle Twins will be coming to millions of Argentine kids on Paka Paka!
— Tuttle Twins TV (@TuttleTwinsTv) May 22, 2025
They’re replacing literal Marxist cartoons with hilarious education about freedom, economics and individual rights. #Bitcoin pic.twitter.com/asTWvoVSqA
この番組を公共放送であるPakaPakaで放送するという決定は、教育関係者や専門家、そしてこのチャンネルの旧関係者たちの間で驚きと懸念を引き起こした。SNS上では、歴史家であり同チャンネルの元ディレクターであるシエロ・サルビオロ(Cielo Salviolo)は「これは表現の自由ではない。子ども向け時間帯における反権利的プロパガンダである」と発言している。この反応は、長年にわたって包摂、社会正義、そして共同構築の価値観を推進してきたこのチャンネルにとって、今回の番組編成がいかに断絶をもたらしているかを如実に物語っている。このイデオロギー的な転換は、現政権の方針と一致している。現政権は就任以来、国家機能の大幅な削減と、いわゆる「進歩主義的洗脳」に対する文化的攻勢を推進している。その文脈において、PakaPakaの番組編成に『タトル・ツインズ(Tuttle Twins)』を加えるという決定は、編集方針というよりも、むしろ一種の「原則の宣言」とみなすべきである。すなわち、幼少期から常識の形成をめぐる争いに参戦するという賭けであり、アニメをその最前線の武器としているのである。
Zamba
タトル・ツインズ(Tuttle Twins)以外に放映が決まっているのはPaka Pakaを代表するキャラクター(歴史を子どもに教えるためのアニメ)『サンバ(Zamba)』である。しかしこのサンバも政権によって内容を修正され再登場することになると発表されている。キルチネル政権下(特にクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領時代)に誕生した国家主導の文化政策の一環として、Paka Pakaの象徴的存在となった北部アルゼンチン、フォルモサ州出身の少年サンバの持つ価値観も変わる可能性がある。リベラル〜進歩的な歴史観を反映し、軍政の過去、メモリアルデー(記憶の日)、人権などにも正面から向き合っていたサンバは右派や保守派の一部からは、「子どもへの政治的洗脳(indoctrinación)」と非難されることもあった。元大統領クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルはこの動きに皮肉を込めて言及し、「今度のZambaは色が白くなって、もうすぐ青い目になって出てくるかも」と述べ、サンバというキャラクターが元来持っていたラテン系・先住民的アイデンティティが、「白人化」・「脱政治化」される可能性があると批判している。事実以前のPakaPakaでは、フリオ・アルヘンティノ・ロカ(Julio Argentino Roca)やドミンゴ・ファウスティノ・サルミエント(Domingo Faustino Sarmiento)といった人物は先住民弾圧やエリート主義的政策で批判的に描かれていたが、新体制下では、ロカが「偉大な英雄」として紹介され、歴史的評価の再構築(revisionismo histórico)が進められている。つまり政権はZambaのイメージを変え、「文化戦争」の文脈で利用しようとしていると見られている。
🇦🇷 NUESTROS PRÓCERES 🇦🇷
— Paka Paka (@PakaPakaArg) May 5, 2025
👏 Julio Argentino Roca fue un político, militar y estadista que marcó la historia grande de nuestro país.
🤝 Entre otras hazañas, fue quien dirigió la segunda Conquista del Desierto, para generar nuestra expansión territorial. pic.twitter.com/qV0UFfweJo
『タトル・ツインズ』『サンバ』のほか、『ドラゴンボール』の放送も発表された。ゴメスにとって、ドラゴンボールは単なる娯楽ではなく、「困難に打ち勝つ個人の物語」であり、それは彼のリベラルな信条とも一致していると言う。だからこそ、国家的チャンネルであるPaka Pakaで放送する意義があると主張する。彼はドラゴンボールに「努力、友情、自立」といった価値を見出していると言う。その他には、『ワールドトリガー(World Trigger)』、『ムーク(Mouk)』、『ボビー&ビル(Bobby and Bill)』、『ウルトラゾンビーズ(Ultrazombies)』、『アルヘンチニートス(Argentinhitos)』、『チャンピオンのゆりかご(Cuna de campeones)』、『時にはイエス、時にはノー(A veces sí, a veces no)』、『子どもたちの質問(Los chicos preguntan)』などの番組も含まれている。
💫NUEVA PROGRAMACIÓN DE PAKA PAKA A PARTIR DE JULIO💫
— Paka Paka (@PakaPakaArg) May 22, 2025
¡Prepárense para una aventura totalmente renovada en Paka Paka! Después de meses de mucho trabajo, llega una nueva programación pensada para divertir, sorprender y acompañar a chicos de hasta 12 años … sin bajada de línea… pic.twitter.com/ZLty5dfYzs
番組編成の大幅な変更はハビエル・ミレイとその政権のイデオロギーに基づく。これは新ディレクターになったワリー・ゴメス(Wally Gómez)にも通じるものである。2008年(または2009年)に教師のロドルフォから影響を受け、自分の考え方がリバタリアン的自由主義と一致していることに気づいたというワリーはミレイの存在によって、自らの政治的志向に道が開けたという。2024年5月になると彼にとって初の国家公務の職となるPakaPakaのディレクターに就任した。就任直後、彼はSNS上で「子どもたちのための新しいアルゼンチンがやってくる」と宣言し、注目を集めていた。ワリー・ゴメスの任命と「タトル・ツインズ」の放送開始は、PakaPakaという公共チャンネルを通じて幼少期から新自由主義的価値観を注入しようとする政治的試みと解釈されている。これは単なる番組変更ではなく、国家による文化政策の大転換を意味しており、アルゼンチンにおける「記憶・権利・教育」の在り方をめぐる社会的論争を引き起こしている。なおミレイ自身は以前から公共メディアの民営化や閉鎖を主張しており、その文脈でのワリー・ゴメスの起用は、単なる人事ではなく文化戦争の一環と見なされている。
かつてPakaPakaは、白いスカーフの歴史(アルゼンチンのマデレス・デ・プラサ・デ・マヨを指す)、公的科学、社会運動の物語を称えていた。だが今日、その画面にはタトル兄妹が登場し、「税金は現代の奴隷制度の一形態だ」と教えている。かつて権利の拡充を目的として誕生したチャンネルは、今や「規制撤廃省」のアニメ版へと矮小化されてしまったようだ。なおPakaPakaはケチュア語で「遊ぶ・跳ねる」という意味を持つ言葉に由来しており、子どもたちの自由な想像力や遊び心を象徴している。
参考資料:
1. Milei toma las riendas de PakaPaka y ahora los dibujos animados llaman a una disparatada lucha contra el comunismo
2. El nuevo Paka Paka adoctrinará a los niños en «libertad económica y anticomunismo» con la animación estadounidense Tuttle Twins
3. Milei toma las riendas de PakaPaka y ahora los dibujos animados llaman a una disparatada lucha contra el comunismo
4. De “origen obrero” y fan de Dragon Ball: quién es el director de Paka Paka que programó dibujos liberales y está “arreglando” a Zamba
5. El Gobierno relanza Paka Paka: esta es la nueva programación completa con contenido infantil libertario
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