映画 “El grito, Mexico 1968” で知るトラテロルコと学生運動

(Photo:Asav/ Wikimedia

『El grito, Mexico 1968』は1968年にメキシコで起きた学生運動を記録したドキュメンタリー映画である。同年7月から10月の4ヶ月間に若い学生たちに何が起こったかを想起させるもので、目を塞ぎたくなるシーンも多い。ジーンズ、Tシャツ、スウェット、パーカーとはまだ縁遠い時の学生たちの命は英紙ガーディアンの数字によると325人分奪われた。

本映画はメキシコ国立自治大学(UNAM)のCentro Universitario de Estudios Cinematográficos(CUEC)による初の長編映画である。ENP襲撃事件後、政府のとった行動への抗議手段として作成された。これはUNAMの学生たちは映画を通じても運動に参加していたということを示している。映像を通じた運動には写真撮影の経験がある学生や卒業生、教師などがレポーターとして参加した。当時の撮影機材はCUECの16ミリカメラで、学校の実習用だったヴァージンフィルムが使われた。

 


監督を務めるレオバルド・ロペス・アレチェ(Leobardo López Arretche)やカルロス・ゴンサレス・モランテス(Carlos González Morantes)は当時の学校代表で全国ストライキ協議会(Concejo Nacional de Huelga)のCUEC代表も務めていた。アレチェは、2ヶ月間学生捕虜として過ごした後、学生18人で収集したフィルムと写真資料がを用いて行動を開始した。当時CUECの学生であったアルフレド・ヨスコヴィッチ(Alfredo Joskowicz)やラモン・ルパルト(Ramón Rupart)も参加している。


学生運動が激化し各所に影響が出る中、撮影の継続を許可し支持したのはゴンサレス・カサノバ(González Casanova)やCUECの教授たちだ。軍がシウダ・ウニベルシタリアを占領したときでさえ、彼らの多くはネガを自宅で保管してくれていた(10月2日の資料に関しては、学生の車でトラテロルコから持ち出した)。教壇に戻ったゴンサレス・カサノバは、ネガを現像・編集する方法を探し、ロペス・アレチェに監督を託すこととした。作品は1969年から1970年にかけて完成した。

 

『El grito』は1968年に起きた抗議活動とそれに続く警察や軍による弾圧を扱っている。同年7月、2つの学校の生徒がサッカーの試合後に乱闘。その鎮圧に介入した警察が激しく弾圧、それをきっかけに政府の権威主義に対する抗議運動が始まった。抗議活動はエストゥディアンテス・エン・ウエルガ委員会(Comité de Estudiantes en Huelga)が組織する政治活動にもつながるとともに、首都だけでなく内陸部の他の都市でも、公立学校の生徒を巻き込んで激化した。学生運動が次第に力を持ち始めると政府はそれを不快感に感じるようになり、軍隊の介入を要請。その結果、1968年10月2日の午後、三文化広場で虐殺事件が発生した。

 

本ドキュメンタリーではハビエル・バロス・シエラ(Javier Barros Sierra)学長が率いるシウダー・ウニベルシタリア(Ciudad Universitaria)からフェリックス・クエバス通りへの行進、人類学博物館から出発した沈黙の行進など、国家による権威主義の終焉を求める最初のデモや学生集会から、運動の重要な瞬間のいくつか、そしてトラテロルコの大虐殺の暴力事件などの映像が収容されている。そしてエンディングを務めるのはコロンブスのアメリカ到達記念日である10月12日にエスタディオ・オリンピコ・ウニベルシタリオで行われた第19回オリンピック大会開会式である。

映像には大学長のハビエル・バロス・シエラや当時の大統領のグスタボ・ディアス・オルダス(Gustavo Díaz Ordaz)の演説、暗殺未遂に遭い入院中の教師ヘベルト・カスティージョ(Heberto Castillo)の宣言など、集会の様子を直接伝える音声も収録されている。 また紛争を直接体験したイタリアのジャーナリスト、オリアナ・ファラッチ(Oriana Falacci)によるテキスト、アナウンサーのナレーションは事件を明確に解説しているとともに、いくつかの重要なエピソードにドラマ性を与えている。

 

『El Grito』は、学生たちの虐殺で犯した国家犯罪を明らかにすることを目的とせず、その理由や責任者についての仮説を提示することもない。その代わりに一連の証拠を提供し、集団的で自発的な組織が時に理性よりも感情を優先し作品したものだという。

『El grito』が公開されたのは、1971年7月からで、さまざまな大学の施設(哲学・文学部のチェ・ゲバラ講堂など)や映画クラブでのことだった。1976年6月23日、「シネ・メヒカーノ・ノ・インダストリアル(Cine mexicano no industrial)」のサイクルの中で、当時チュルブスコ通り、トラルパン通りの角にあったシネテカ・ナシオナルのサロン・ロホで「公式」初公開されたという。その一方本作は実質的1990年代の初めまで検閲の対象だった。それはトラルテロルコの虐殺がメキシコ映画ではほとんど扱われないタブーのひとつであることによる。本作品以前の映画ではフェリペ・カザルス(Felipe Cazals)監督の『Canoa』(1975)やガブリエル・レテス(Gabriel Retes)監督の『Bandera Rota』(1978)などの映画でやっと言及され、革命的物語『El principio』(ゴンサレス・マルティネス/González Martínez、1973)で比喩的に語られた。

 
 

当時の歴史を証言できるな重要な映画は、1994年7月にSomos誌が発表したメキシコの25人の批評家と映画専門家の意見による「メキシコ映画ベスト100」の中で44位にランクされている。なおメキシコで初めて社会運動を中心に構成されたドキュメンタリーとしてもこの作品は知られている。

なお上述の通り大量虐殺事件が起きた直後にも関わらず五輪は開催されている。平和の祭典を掲げる五輪ブームはこのような事件を国際社会から遠ざけることにも「役立った」。

 

 

レオバルド・ロペス・アレチェ

メキシコの映画監督、俳優、脚本家。1950年代後半から1960年代にかけて、CUECで映画を学ぶ。この時期、短編映画『Lapso』(1965)、『Panteón / No 45』(1966)、『El jinete del cubo』(1966)、『S.O.S / Catarsis』(1968)、『El Hijo』(1968)、『Leobardo Barrabás / Parto sin temor』(1969)を製作。

 

参考資料:

1. El Grito Sinopsis
2. El Grito (1968) Sombras sobre la ciudad
3. El grito, el testimonio fílmico más importante del 68

 

作品情報:

名前:  El grito, Mexico 1968
監督:  Leobardo López Arretche
制作国: Mexico
製作会社:Centro Universitario de Estudios Cinematográficos
時間:  111 minutes
ジャンル: documentary
 ※UNAMは本作品をYouTubeで公開している。

 

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