映画 “ボーダーライン” きっかけで調べたフアレス・カルテル

米国で増える暴力犯罪、この背景に何があるのか。アリゾナ州チャンドラー(Chandler)で誘拐事件が起き、FBI捜査官のケイト・メイサーと彼女のチームは容疑者宅に奇襲をかけた。もちろん捜査のためだ。ソノラ・カルテルの隠れ家で見つけたのは数十体の腐乱死体とブービー・トラップだった。上司の推薦により国防総省のマット・グレイヴァー率いるチームに加わったケイトはマヌエル・ディアス(Manuel Díaz)の捜査へ参加することとなる。彼こそ誘拐事件の主犯とされる麻薬カルテルの親玉だった。

アメリカとメキシコの国境地帯を舞台に繰り広げられる麻薬戦争を描いている邦題「ボーダーライン」、スペイン語「Sicario(殺し屋)」は人気も高くシリーズ化された。本作はその処女作だ。ベニチオ・デル・トロ(Benicio del Toro)、ジョシュ・ブローリン(Josh Brolin)が共演している。

この作品の主な舞台となっているのはメキシコ北部チワワ州フアレスだ。この土地には非合法組織、つまりフアレス・カルテルがいる。映画を見るにあたってこの土地の背景を見ていくこととする。

フアレス・カルテルはシナロア・カルテルとの激しい対立を生き延び、そして世界で最も暴力的な場所のひとつに変貌させた。メキシコで最も古いカルテルの一つは現在も巨大な力を持っている。カルテルは設立以来、麻薬密売に重点を置いてきたが、現在では人身売買、誘拐、地元の麻薬流通、恐喝など、他の犯罪活動にも手を出している。なおこの組織はリーダーの名をとってビセンテ・カリジョ・フエンテス組織(Vicente Carrillo Fuentes Organization:VCFO)とも呼ばれる。

フアレス・カルテルの起源は、シウダ・フアレス(Ciudad Juárez)がラファエル・アギラル・グアハルド(Rafael Aguilar Guajardo)の支配下にあった1980年代にさかのぼる。「ボス中のボス(El Jefe de Jefes)」もしくは「ゴッドファーザー(El Padrino)」と呼ばれる一方元連邦司法警察捜査官を務めたミゲル・アンヘル・フェリックス・ガジャルド(Miguel Ángel Félix Gallardo)の逮捕は、メキシコの闇が暴露される瞬間でもあった。フェリックス・ガジャルドの拘束は、メキシコ政治と法執行レベルでの広範な腐敗を暴露し、メディアからの圧力もあり、数人の警察指揮官が芋蔓式に逮捕された。その一方、90人もの警官が逃亡している。アギラル・グアハルド(Aguilar Guajardo)は、ガジャルドの逮捕後フアレスの支配権を獲得した。謎めいた状況の中、1993年にカンクンでアギラル・グアハルドが暗殺されると彼の副官であったアマド・カリジョ・フエンテス(Amado Carrillo Fuentes)がすぐに支配権を握った。カリジョ・フエンテスのもとで組織は飛躍的に成長した。カリジョ・フエンテスは、戦うことよりも交渉することを好み、フェリックス・ガジャルドの古いネットワークなどを再構築した。最終的にはメキシコの人身売買の少なくとも半分を支配し、中米やチリ、アルゼンチンなどの南米にまで活動の幅を広げたとされている。「空の王(El Señor de los Cielos)」はアマド・カリジョの別名である。ビジネスと小包の流通網を利用し、何千トンものコロンビア産コカインを空路でメキシコに運び、その後陸路で米国に持ち込んだ。本人は1997年、整形手術を受けている最中に突然死去している。

フェリックス・ガジャルドが去って以来、確固たる指導者の不在もあり紆余曲折があった。フアレス・カルテルとシナロア・カルテルが戦略的な国境の町の支配権をめぐって血みどろの戦争は続き2018年だけで1,200件以上の殺人事件がこの土地で発生している。シナロア・カルテルを押し返すために、かつてのライバルであったベルトラン・レイバ・カルテル(Cártel de los Beltrán Leyva:CBL)やロス・セタス(Los Zetas)にも目を向け、また、かつてゲリラ活動や麻薬供給源となっていたコロンビア革命軍(FARC)と直接的な接触を持っていた。

現在の暴力は、フアレス・カルテルの分派と、そのようなグループが小規模な麻薬取引のための領土を確保するために執行官や兵士として利用し、さらに国境を越えて大きな貨物を密売している地元のストリートギャングによって引き起こされていると考えられている。2019年11月、フアレス・カルテルのLa Línea派は、国境を越えたモルモンコミュニティの米国とメキシコの二重国籍者9人を殺害、メキシコで最も支配的なカルテルによる警備のアウトソーシングの結果とされている。

フアレス・カルテルの話をしたが、この映画に出てくるマヌエル・ディアスはソノラ・カルテルの副官という設定だ。彼の弟で子分のギジェルモ・ディアス(Guillermo Dias)の引き渡しはメキシコのシウダ・フアレスで行われた。ケイトたちがメキシコからアメリカに入国しようとした時、事態は起きた。ケイトの想像とはかけ離れた世界がそこには広がっていたのだ。自らの仲間が麻薬カルテルの構成員と思われるメキシコ人を全員を撃ち殺したのだ。カルテルの殲滅のためには何をしてもいいのだろうか。いや、そもそも何が起きているのだろうか、ケイトとともに我々聴衆はその事態を一瞬で処理することはできない。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は本作を通じて「現代アメリカの辺境」を描く。我々に決して開示されることのない、米国信者が陰謀論と騒ぎ立てるような現実がそこにはある。法や秩序は意味を為すことなく、絵空事のようにすら感じてしまう。正義と悪のボーダーラインはどこにあるのかを、我々に問いかける作品でもある。

参考文献:

1. Juárez Cartel

作品情報:

名前:  Sicario
監督:  Denis Villeneuve
脚本:     Taylor Sheridan
制作国: United States
製作会社:Black Label Media & Thunder Road
時間:  121 minutes
ジャンル: action thriller
 ※日本語吹き替えあり、邦題は「ボーダーライン」。Amazon Primeで閲覧可能。

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