北京五輪を好んで見る友人たちがにわかに浮き足立ってきた。理由を聞くとドノバンダニエルと言う名を口にする。確かにそれらの友人の多くは元々スペインやスポーツに興味を持った人物ではある。だが、私の記憶が定かであれば先日注目のラテンアメリカからのオリンピック代表の話を選手をしたときには無反応状態でもあった。世界大会の威力は凄い。それがパンデミックでリモートワークをしている人たちが見られる時間帯での開催となればなおさらのことだ。フィギアスケート男子で出場したドノバンはこうして知られるようになっていった。
ドノバン・ダニエル・カスティージョ・スアソ（Donovan Daniel Carrillo Suazo）は 1999年11月17日、ハリスコ州サポパン市で初声を上げた。小さい頃から比較的体が小さく、現在の身長も1.68メートルだ。 彼の名はスポーツ好きの両親がジャマイカ出身のカナダ人スプリンターでオリンピック選手だったドノバン・ベイリー（Donovan Bailey）から取った。
メキシコでは冬になると様々な装飾とともに街の広場やショッピングセンター内にスケートリンクを作る。メキシコシティーのソカロにだって登場する。いわば冬の風物詩だ。運動神経が良く、活発だったドノバンはアイススケートを始める前、体操やダイビングに打ち込んでいた。それもあってか子供の頃から宙返りやバク転など気付くとしていたと言う。メキシコや彼の育ったグアダラハラではサッカーが盛んだ。もちろんドノバンだって大ファンだった。彼のお気に入りのチームはアトラスF.C.（Atlas Fútbol Club）だ。でも「サッカーをすること自体はあまり得意じゃなかった」と彼は話す。
この投稿をInstagramで見る
アイススケートの出会いは姉がしていたことによる。練習の送り迎えに両親と一緒について行ったドノバンはリンクで知り合った女の子リサに恋をした。だからその子と同じことをしたいと思い始めたと言う。結局、彼はこのスポーツそのものにも恋をしてしまうことになる。8歳の時にグアダラハラ（Guadalajara）でスケートを習い始め、フィギュアスケートだけに時間とエネルギーを捧げることを決めたのは、わずか9歳の時だった。彼は取材に対し「初めてアイススケートをした日、自分の居場所、自分を表現し、自由になれる場所を見つけた気がした」と当時のことをふりかえり語っている。
幼少時代、学校では多くの友人から「お前は女の子だ 、と言われていた」とドノバンはAP通信に語った。「芸術的なスポーツをすることは、人間としての（性的）嗜好に影響を及ぼすとさえ思われている場合がある。（…）それがメキシコに男性スケーターが少ない理由のひとつだと思う」とドノバンは付け加えた。この傾向はこの国に限ったことではないが、男性優位主義（マチスモ、Muchismo）が長かったこの国においてはなおさらのことだったろう。両親は「あなたがアイススケートが好きで、自分が何者かがわかっていれば、影響はないはずよ」それに「もし、あなたがゲイでも、私たちはあなたを応援する。劣等感や違和感を感じてはいけない」と言ってドノバンにいじめや、偏見と戦う勇気をくれた。
ドノバンがスケートを始めた最初の4年間は、新しいスケート靴を買うことができなかった。お金がなかったのだ。だからドノバンの体には大きすぎる姉の靴を借りて使っていた。後に盗まれたそのスケート靴の代わりに新しく両親が数千ペソで買ってくれたスケート靴は彼の最大の宝物となった。
この投稿をInstagramで見る
カリージョは 2013年にレオンに移るが、これはグアダラハラにあった競技に必要なサイズを持ったスケートリンクが閉鎖されたことによる。だから振付師でコーチのグレゴリオ・ヌニェス（Gregorio Núñez）とともに練習で２ヶ月だけという約束でグアナファト州レオンに渡った。気づいたらもう9年も経っているという。メキシコではアイススケートはポピュラーなスポーツではない。だからドノバンはレオンのショッピングセンターのアイスリンクで練習していた。説言えされているリンクは彼だけのものではないから、周囲を気にしながら練習をするしかなかった。ヌニェスによると彼は「国際大会で見られる通常の基準以下の氷でトレーニングしなければならない状態だった」。アイススケートを続けるのはお金がかかる。だから両親はドノバンに、諦めさせようと思ったこともあるという。それでも、ヌニェスが無償でトレーニングを提供するなど、バックアップをしてくれた。それは「彼のコーチであることは私の義務だが、同時に私は彼を尊敬していたことによる。だから、本当に家庭教師や親代わりのような存在になったんだ」とYouTubeでも語っている。
2022年2月8日（火）に実施されたショートプログラムは圧巻だった。この日彼はBlack Magic WomanとShake Itにあわせかっこよく踊って見せた。彼史上最高の演技を見せつけ、自分が北京にふさわしい存在であることを皆に証明したドノバンの得点は79.69点、減点もなかった。そもそもメキシコ人スケーターがオリンピックに出場するのは30年ぶりのこと。「オリンピックに出たいとずっと思っていた」。「この夢について、みんなに話したが、彼らはいつも笑ったり、メキシコ人が予選を通過するのは不可能だと言っていた」、そう語る彼のショートでの順位は19位。なんと決勝へと駒を進めることができたのだ。これはもちろんメキシコ史上初のことだった。ドノバンは「自分にとって、フリースへの出場権を獲得できたことは、夢のようだ」とと付け加えた。
2月10日（木）に行われたフリープログラムでは138.44点を獲得した。フリーのために用意したのはダニエル・ボアベンチュラとカルロス・リベラ（Carlos Rivera）の「Quizás, Quizás, Quizás」、ディーン・マーティン（Dean Martin）の「Sway」、リッキー・マーティン（Ricky Martin）の「Maria」のミックス曲だ。ドノバンはフアン・ガブリエル（Juan Gabriel）やカルロス・リベラなどのアーティストの音楽に合わせてパフォーマンスを行い、メキシコ文化を祝い、自分のルーチンを取り入れることを大切にしている。また、チャロの衣装を身につけ、メキシコのダンソネスを演技に取り入れたこともある。「ショートプログラム、フリープログラム、ともに合計で今シーズン最高スコアを出すことができ、全体として非常に良い結果となった」と彼は語る。フリーの演技の結果は22位と少しショートから順位を落とすも「今日は少し緊張したが、それはスケートの一部であり、とても重要なことが得られた。そして何より、少し緊張しながらも、毎秒、すべてをかけて戦い、あきらめないことを楽しめたことが良かった」と順位より大切な何かを手に入れた。
親元を離れた2013年、9月にメキシコシティで開催されたジュニアグランプリで総合15位となり、ジュニア国際大会デビューを果たした。その後頭角を見せるもフリーまで進めなかったり、2018年冬季オリンピックの最終予選の場「2017年CSネーベルホルン・トロフィー」でもショート19位、フリー12位、総合で14位でオリンピックに出場することはできなかった。COVID-19のパンデミックでは4ヶ月間氷上練習ができなかったが、ハーネスとスピナーを使ってコーチの家でトレーニングを続けた。ウイルス感染リスクを回避するため2022年の四大陸選手権も辞退した。なぜならメキシコ選手権で4度目の国内タイトルを獲得した後、やっとオリンピックのメキシコ代表に選ばれたからだ。演技を終え「夢が叶った」と語るが、我々は彼の演技をもっと見たいと同時に思った。彼の挑戦はこれが終わりではない。経験を経てきっともっと良い演技を見せてくれることになる。期待は高まるばかりだ。
なお今回彼が着ていたコスチュームはメキシコ人デザイナーエドガー・ロサノ（Edgar Lozano）作。黒と金色のクリスタル17000個をあしらった。60,000ペソ（36万円）のコスチュームは10日がかりで作られた。
メキシコ代表の着るユニフォームが気になった方はこちら。
参考資料：
1. Here’s Why People Are Talking About Mexican Figure Skater Donovan Carrillo
2. He Practiced For The Olympics In A Mall Ice Skating Rink, And 14 Other Facts About Mexican Figure Skater Donovan Carrillo
3. Besos a México’: Donovan Carrillo tiene su mejor resultado de la temporada en Beijing 2022
No Comments