映画 “Buladó”を見てカリブの島キュラソーを知る

(photo by Gregg Telussa)

 

「キュラソー」と言う言葉を聞いた時、何を想像するだろう。なんとなく耳にしたことあるものの、具体的に「何」と言えない人も多いかもしれない。ある人はオレンジ果皮の風味をスピリッツにつけたリキュールを思い浮かべるかもしれない。ここでは、カリブ海に浮かぶ島「キュラソー(Curaçao)」と、そこを舞台にした映画「Buladó(邦題:ケンザの瞳)」について見ていきたいと思う。ネタバレの可能性もあるから、その点はご留意いただきたい。

ケンザの瞳はキュラソーにおける家族とそこでの土着信仰を描いた作品。オランダ人の母と、黒人でキュラソン人の父を持つエチェ・ジャンガEché Janga)によって監督された。舞台となる島はアルバ(Aruba)、ボネール(Bonaire)とともにABC諸島として知られる。ベネズエラの北約60kmのカリブ海に位置するこの島は1814 年のアングロ・オランダ条約により翌年にオランダの植民地となった。1954年になるとオランダ領アンティル(Antillas)に組み込まれ、アンティルが2010年10月10日に解体したことを受け単独のオランダ構成国となった。市民はオランダ国籍を持ち、かつての植民地支配はこの島に貿易、鉱物、天然資源、特にオフショアの特恵的権利をもたらしている。なお上述のリキュール「キュラソー」はこの島の名産だ。

 

さて映画の話に戻ろう。11歳のケンザには母親がいない。彼女が小さい時に死んでしまった。母の温もりも知らない。警察官をしている父と、この島の伝統や精神性を強く重んじる祖父と共に暮らしている。大人への成長過程で誰もがそうであるようにケンザも親と衝突したり、社会に疑問を持ったり、大人たちの考えに基づき揺れ動く。

学校をサボって母親の墓を訪れた日、不思議なことが起きた。それを祖父に話すとそれは母親の精霊からのコンタクトだと彼は言う。ケンザは精霊など信じない。それを信仰する人はおかしい人だとすら感じていた。それは代々引き継いできた文化を認めていないことにもよろう。

ケンザの仲間の野良犬が車に轢かれ死亡した。ケンザは魂のなくなった犬を家に連れ帰り母親のドレスをかけてあげる。これは、天国に行った母に、犬を守ってほしいと言う思いの表れではないかと考える。また、犬の魂は祖父と主人公によって土着文化の慣習に基づき天へと送られる。死んだ母も、過去から続く文化も、存在しなかったことのように扱うことができない。なぜなら母は精霊として彼女に語りかけ、先住民としての血は自らの中に宿っているのだから、そう思わせる場面でもあった。

父は厳格で真面目だ。だから植民地主義に基づく西洋の教えに忠実で、精霊なんて信じない。先住民たちや祖父が話すパピアメント(Papiamento)語の使用も禁止する。征服者が使ったオランダ語を使うことこそが、ケンザのためだと考える。彼が好むのは「野蛮」なものでなく「文明」「本物」だ。だから、ケンザに犬の飼育を許可するも、対象となるのはそこらにいる野良犬ではなく、「本物の犬」とした。ケンザはその征服者的な考えを持つ父に反発を示す。先住民もそうやって自分たちの文化と異なるものを野蛮とし、力で排除されてきた歴史がこの土地にはあった。土地の奪取についてもそうだ。外部の人間が次々と入り込み、定住して行った。この島には白人や富裕層が多く住んでいる西洋的な場所があるにも関わらず、監督にとっての「本物」はこの島のバンダブーと呼ばれる「田舎」にあった。この場所こそが土着の文化と強くリンクしているからだった。

 

監督はオランダで発表されたこの映画を多くの若いキュラソー人が見にきたことに心が温かくなったと言う。若者にとってはゆったりと話が流れるこの手の作品は「退屈」に写るのが一般だし、10年、20年前の若者は西洋文化にしか興味なかった事による。「ブラック・ライヴズ・マター」や「自分の歴史を知ろう」という運動の影響は現代の若者を自文化への興味とアイデンティティ構築へと導いた。

ケンザに精霊の話をしてくれた祖父は自分らしい死に方を望んでいた。理想の死は、彼を精霊の世界へと誘うとウェルジョは考えていた。監督によるとこの土地に住む「奴隷になった人たちは、崖から飛び降りると翼が生えて、未来に向かって飛べると思っていた」。祖父役のフェリックス・デ・ローイは詩人、作家、劇作家、映画監督、芸術家、キュレーターとマルチに活躍するキュラソーを代表する文化人だ。

この映画で描写されるのは監督自身の経験とも言えるのかもしれない。と言うのも、キュラソーに住む監督の叔父はとてもスピリチュアルな人間である一方、彼の父親がとても合理的な人だったことによる。いつも人生の中でスピリチュアルなものを探している監督は、叔父との生活の中でそれを見る。叔父はカリブの口承文化を非常に優れた方法で語るストーリーテラーであり、奴隷にされた先住民たちのように死にたいと思っている人の話をしてくれた。そこで語られた鷹の後を追って入る死後の世界の物語こそが、この作品を作るきっかけを与えてくれた。ウェルホが庭に作る「精霊の木」には錆びた排管やその他ガラクタに見える金属が使われていた。木から伸びる曲がった枝は先祖とのつながりを築くための視覚的メタファーとなった。

本作は、2020年10月2日にオランダ映画祭でプレミア上映され、長編映画賞のゴールデンカーフ賞を受賞した。 第93回アカデミー賞ではオランダ代表となるも、ノミネートはされなかった。 

この土地にはカケティオ(Caquetío)人として知られるアラワク(Arawak)語族に属していた先住民が住んでいた。ベネズエラの先住民ヒラハラ(Jirajara)とは同じ言語を話し、各々の文化の類似点は多かったと言う。ただしカケティオ語はその痕跡がほとんど残っていないことから「ゴースト」言語と呼ばれる。17世紀の文献にはその存在が記載されていた。

余談だがイグアナを肉付きが悪すぎると言っているが、この地域ではそれを食すのだろうか。

 

本映画は「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」(会期:2021年9月25日〜10月3日)で500再生限定で放映される。この小さな国を知る機会は少なくとも日本ではほとんどない。オンラインで見ることができるし、舞台となった国を知り、さらにはその国での映画産業をを活性化させるためにも貢献できるものだから、是非一度は見てほしいと思う。

 

参考文献:

1. Interview: Eché Janga Talks Dutch Oscar contender ‘Buladó’ and Showcasing Curaçaon Culture
2. Eché Janga | verrast met het succes van Buladó .
3. 122 Papiamento Phrases: How to Speak Papiamento (Word List and Resources)

 

作品情報:

名前:  Buladó(邦題:ケンザの瞳)
監督:  Eché JANGA
脚本:     Eché Janga 、Esther Duysker
制作国: Netherlands, Curaçao
製作会社:Keplerfilm
時間:   86 minutes
ジャンル:Documentary
 ※日本語字幕あり

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