鬼才「水木しげる」とメキシコの深い関係

水木しげるのゲゲゲの鬼太郎や悪魔くんと共に育った。彼の描く世界観は独特で日本妖怪への興味は幼少時、神仏に仕える拝み屋の妻でまかない婦として家に出入りしていた景山ふさ(のんのんばあ)からの話が彼に強い影響を与えた。彼はパプア・ニュー・ギニア(PNG)との関係も深く、毎年そこを訪れるほどだった。第二次世界大戦でそこへ出兵したのがきっかけだが、現地トライ族の人々と交流を持ち、そこでの永住を考えるほどだった。彼がPNGから強い影響を受けたことは知っていた。むしろ水木の描く世界がそこに広がっていたからだ。親交の深かったトライ族は先端がとがった仮面と、蓑(みの)のような丸っこい衣装に身に包み、子泣き爺と呼子を足したような格好をしているし、800にも及ぶ異なった言語を話す人々もまた独自の生活スタイルとマスクを持っている。そんな水木がメキシコからも影響を受けていて「幸福になるメキシコ:妖怪楽園案内」という本まで出版していたことは、恥ずかしながらつい最近まで知らなかった。

 

市原湖畔美術館で「メヒコの衝撃―メキシコ体験は日本の根底を揺さぶる」という展示が行われていた。メキシコの歴史・風土・人・芸術に衝撃を受けた8人のアーティストの作品がそこでは展示されていた。その1人が水木だったというわけだ。確かにPNGと通じるところはある。例えば、メキシコの先住民たちが作っている色とりどりのマスク、リメンバー・ミーで有名になった木工作品アレブリヘなど、彼を刺激する作品がそこには溢れているからだ。

メキシコにおける芸術といえば、1920年代から1930年代にかけて起きた壁画運動が有名だ。ディエゴ・リベラ(Diego Rivera)、ダビッド・アルファロ・シケイロス(David Alfaro Siqueiros)、ホセ・クレメンテ・オロスコ(José Clemente Orozco)らが、革命やメキシコ人としてのアイデンティティーを喚起するために起こしたものだが、そこにあるのはそれだけではない。スペイン人がやってくるずっとずっと前からそこには民族の文化が根付いていた。

オルメカ文明では、ジャガーと人間の女性の間に生まれた半人半獣をモチーフにした造形物がよく作られていたし、マヤやアステカでも、ジャガーは大地・雨・豊穣の象徴として信仰されていた。仮面収集家でもある水木のレパートリーにも、疑う余地なくジャガーと思われる仮面も残されている。(中央、黄色いマズルでしたのでているもの)

 

水木の描くメキシコ妖怪、神話における神も、その展覧会に出品されていた。

 

ミクトランテクートリ(Mictlantecuhtli)はメヒカ、サポテカ、ミックステックの神話において、冥界と死者の神を指す。ナワトル語で死者の場所を意味する「ミクトラン(mictlān)」または「死んでいる(miqui)」と「領主(teuctliまたはtecuhtli)」による造語。妻のミクテカシワトル(Mictēcacihuātl)とともに、冥界、すなわち死者の国であるミクトラン王国を支配していた。この神は、体が人骨で覆われ、顔はドクロのようで、フクロウの羽で飾られた髪飾りと人間の眼球を繋いだ首飾りを着用している。洞穴のような巨大な口はそこに落ちてきた死者の魂を食べるためにあった。

人は死後9つの試練を超えられれば、冥界の支配者ミクトランテクウツリとミクトカシワトルの元、念願の休息を得ることができる。死の9層はチクナウミクトラン(Chiconaumictlan、)と呼ばれている。死者の魂は死体の口から抜け出し、テスカトリポカ神の前に導かれ、そこから冥界への旅に出発する。この旅路は4年に渡る。

大河チグナワパンを超えることが最初の試練で、真っ暗な中その川を渡るには、案内をしてくれる犬「ショロイツクインツレ(Xoloitzcuintle)」の存在が必須で、それはディズニー映画「リメンバー・ミー(原題:COCO)」でも描かれている(詳細はこちら)。その試練を越えた後、魂は2つの山の間(第2の試練)、黒曜石の山(第3の試練)、氷のような風が吹く地(第4の試練)、風に翻弄される場所(第5の試練)、矢が射られる場所(第6の試練)、心臓を食べる野獣がいる場所(第7の試練)、9つの深い川がある広大な谷(第8の試練)を通過し、そして最後の9番目に魂が休息するか消滅する場所に到達する。

もう一つ水木が描いた絵を見てみよう。

蛇体娘はオアハカの物語に登場する。ある姉妹が近くの湖に水を汲みに行くと、姉が水の中に入ってしまう。湖の中にあった真珠の首飾りが欲しかったからだ。すると湖は彼女を飲み込んでしまう。父は共に湖に向かった弟からその話を聞き、娘を探しに行く。すると湖の中から「娘は嫁にもらったその代わりに何でも欲しいものをやる。9日後に湖に来れば娘に会える」と言う声がした。9日目父は湖で下半身が蛇体となった娘に出会うことができた。お告げに従いその3日後またこの地を訪れると今度は娘が花をくれた。この花をいけておいたら、花瓶の水は翌日金に変わり、家族は大金持ちとなった。

このほかにも水木はメキシコの神話を熱心に描いている。水木とメキシコの関係を知る良いきっかけを得た展覧会だった。

 

参考資料:

1. メキシコにおける死の表象とその変遷 ─「死者の日」とサンタ・ムエルテの比較を中心に─
2. Journeys of the Imagination: Mexico and Japanese Artists

1 Comment

  • miyachan 09/22/2021 at 01:52

    メキシコから影響を受けた水木しげる、ジョタンポコ知らなかった。市原の美術館でメキシコ企画展の開催も知らなかった。もうすぐ閉幕。行かなきゃ。
    メキシコの芸術・文化は、生命の躍動感というか力強さというか、すごい爆発だ。岡本太郎が「芸術は爆発だ」と名言を残したが、メキシコの芸術を見るといつもそう思う。今回のブログも、いい情報に感謝。

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