映画 “Ni Toda la Lluvia del Sur” が関係者が語るプエルトモン虐殺

2019年年末南米のパタゴニアへの旅をきっかけにプエルト・モン(Puerto Montt)で起きた悲惨な事件について過去調べたし認識していただいた方もいるかと思う。(ご存じない方はこちらも。)

プエルト・モンは傷んでいた。 1960年5月22日に起きた地震。多くの人の命を奪い、家の崩壊をさせただけでなく、土砂崩れはこれ以上丘の中腹で生活することを許さなかった。安全上の理由で元の場所で住居建設ができない人も出たし、地震の影響を受けた多くの人はプエルト・モンを目指し、そこの人口は爆発的に増えた(50%増)。一方で地方自治体や州当局は住宅ニーズの問題を解決できず、その不甲斐なさへの反応として人々の土地の占領(Tomas de Terreno)が始まる。

目指すはプエルト・モン周縁を治めるイリゴイン氏の土地、パンパ・イリゴンだ。ここは湿地で湿気の多く農業には適さない。事実 Osorno Feria(定期市)にやってくる家畜をその時期だけ放牧するだけ価値しか持てていなかった土地だ。

1968年、土地なし農民が委員会を形成。社会主義副官ルイス・エスピノサ(Luis Uberlindo Espinoza Villalobos)と評議員による支援は実を結び、最初に約70名が入植に成功した。これらはプロレタリア化のプロセスを経て、都市で不安定労働条件(建設労働者、道路労働者、大工、見本市会場、薪売り手または単純失業者)にあった人々だった。

土地の占領を受け警察はこの土地の放棄を住民に何度も求めるようになる。そして同年10月警察の第5部隊との間で衝突が発生。銃により3人の住民が負傷し、また、25人の警官も怪我を負うこととなる。その後の12月にも警察との間で対立が起こるも、地代(実値)の10パーセントを支払うという条件の受け入れで、占領者によるこの土地での生活が保証されることとなる。

この後間もなくして150人、さらに1969年3月4日、400人がこの土地に入植した。この行為が地方自治体との緊張を悪化させたとされている。そして3月9日、痛ましい事件が起きた。

 

チリの人類学者であるウラディミール・ソト・カルカモ(Wladimir Soto Cárcamo)は事実とともに考察を付け加える。この土地の所有者ロシエル・イリゴイン・オヤルズン(Rociel Irigoin Oyarzún)自体はこれらの人々に対して訴訟を起こしたことはない。むしろ、土地の活用(実際には住宅公団※によるアパート建設)のための売却について住宅都市計画省と話がなされていたし、平和裡に土地問題を解決する方法があった。それにもかかわらず、政府はそれを怠ったのは、国家による暴力が平然と行われ蔓延していたこと、さらにはこの日派遣されたのが10月に衝突した第5部隊も含まれていることによるとした。

 

このドキュメンタリーに出てくるのは当事者たちだ。この事件で赤ちゃんを失った母親、夫を失った未亡人、負傷者など。彼らの目を通じてその時に何が起こったのかを述べていく。この映画の責任者パウロ・バルガス(Paulo Vargas)がしたいのは、誰が良い、悪いという評価というよりは、この痛ましい事件を経験した人々の声を記憶と、歴史を読み解くための視聴覚資料(文書)の保存に寄与するにあるとした。

 

 

なおこのドキュメンタリーの題名は “南の雨(Ni Toda la Luvia del Sur)” だが、なぜ “ni” で始まるのかと思う人もいるだろう。というのもスペイン語における “ni” は単独で用いられることはなく、その前に “no” を伴う否定がくるからだ。記事(※)によるとこれは “Nombres que no serán borrados ni por «toda la lluvia del sur»”であり、”«雨が降っても»(人の心から)消えることがないだろう名前” ということらしい。

 

そう、この悲惨で罪大き事件の記憶と暴力に関与した人物の名前は永遠に忘れられることはない。

  1. 大統領(Presidente de la republica): Eduardo Frei Montalva
  2. 国務大臣(Ministro del Interior): Edmundo Pérez Zújovic
  3. ジャンキウエ市長(Intendente de Llanquihue): Bartolomé Palacios Kallman
  4. 副市長(Intendente Subrogante): Jorge Pérez Sánchez
  5. 副市長兼空軍大佐(Intendente Subrogante y Coronel de aviación): Antonio Espinace
  6. 警察長官(Comisario de Carabineros): Rolando Rodríguez Marbán

 

そしてまた、この殺戮で犠牲になったもまた忘れられることは決してないのだ。

  1. Luis Alderete Oyarce (19 歳)
  2. José Aros Vera (27 歳)
  3. Federico Cabrera Reyes (24 歳) 
  4. Jovino Cárdenas Gómez (29 歳)
  5. José Flores Silva (19 歳)
  6. Arnoldo González Flores (34 歳)
  7. Robinson Montiel Santana (9ヶ月)
  8. David Montiel Valderas (34 歳)
  9. José Santana Chacón (64 a歳)
10. Wilibaldo Vargas Vargas (31 歳)

 

※Pampa Irigoínの名前はla Población Manuel Rodriguez などに変わっている。
※プロレタリアとは資本主義社会で、他に一切の生産手段を持たず、自分の労働力を資本家に売り渡して生活する賃金労働者。また、その階級や無産者のことを言う。
※ウラディミール・ソト・カルカモのブログ “
wladimirsotocarcamo“はこちらから。
※住宅公団と訳したものは、CORVI(la Corporación de la Vivienda)を指す。

 

ちなみに話は少し逸れるが60年経った今でも、貧困移住区は全国に800以上ある。家賃も支払うことができず、占拠した土地にその雨風を凌げる程度の小屋を立て過ごしている。政府によるとそこの住民の多くは移民で最小限の衛生状態で暮らしているとのこと。この事象を早期解決するための手立てはなく、むしろ今増えているという。

 

作品情報:

名前:  Ni Toda la Lluvia del Sur
制作:  Rayenfilms
制作国: Chile
監督:  Germán González Almonacid
     Patricio Riquelme (II)
     Paulo Vargas Almonacid
     Silvia Quiroga
時間:  60min
ジャンル:Documentary

 

参考資料:

1. Ciudad y hábitat informal: Las tomas de terreno y la autoconstrucción en las quebradas de Valparaíso
2. 第6章 ラテンアメリカの民衆社会運動 —抵抗・要求行動から市民運動へ—
3. Las razones que explican el aumento de tomas en Chile
4. Tomas de terreno en Chile – Desde el campo a los márgenes de la ciudad.
5. Pampa Irigoin: 52 años que no borran ni toda la lluvia del sur
6. ラテンアメリカ 1968 年論 (4)チリの場合
7. Poblamiento
8. En Puerto Montt: Conmemoran nuevo aniversario de la matanza de Pampa Irigoín
9. “El Amanecer”, el dolor y la rabia por la “Matanza de Pampa Irigoin” en Puerto Montt en versión cortometraje
10.“Masacre de Pampa Irigoin “, en Puerto Montt, año 1969 
11. Pampa Irigoin, 1969: claves de una masacre

 

当時の資料も添付するが画像注意ということだけはお伝えしておこう。

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