メキシコ:学生43名が消えたアヨツィナパ事件から7年

2014年9月26日夜、悲惨な事件が起きた。ラウル・イシドロ・ブルゴス地方教師養成学校(Escuela Normal Rural Raúl Isidro Burgos)に通う生徒43名が突如として失踪したのだ。後に3名は遺体で発見され、他40名は7年経った今も名目上消息不明の状態だ。子供の帰りを待つ家族は、生きたままの状態で帰ってくることを強く祈っている。この事件は間違いなく、近年の強制失踪事件の中で最も象徴的な事例のひとつと言える。なぜならメキシコにおける暴力の理解、重大な犯罪の実行における国家の共犯関係、真実を隠蔽するための不処罰の仕組みが見て取れるからだ。

アヨツィナパ(Ayotzinapa)はナワトル語で「カメのいる場所」という意味。メキシコ・ゲレロ(Guerrero)州ティクストラ(Tixtla)市にあるこの村のアシエンダに被害者たちが通った学校がある。この施設の紋章には亀が描かれていたり、バスケットボールやサッカーのチームにも「Tortuga(亀)」と言う名がついているのは、この土地の名による。失踪した生徒たちを探すためのキャンペーンにも亀の絵が描かれている。

 

事件は9月26日に起きた。デモに参加するためにゲレロ州イグアラ(Iguala)をバスに乗って出発しようとした17歳から25歳までの若者たちを市警たちが強制連行した。これには市や国の捜査官や組織犯罪のメンバーが関与している。若者たちは毎年参加しているトラテロルコ(Tlatelolco)での大虐殺の記念行事に参加するため、メキシコ・シティに向かうところだった。メキシコ・シティ・トラテロルコ地区のラス・トレス・クルトゥラレス広場(plaza de las Tres Culturas、三文化広場)では1968年10月2日、軍と警察が学生と民間人を虐殺しており、死亡者数は300~400人にも及ぶとされている。メキシコシティ・オリンピック開会の10日前に起きたこの大虐殺は政府が政治的野党を抑圧するために権力を行使した「汚い戦争(Guerra sucia en México)」の一部だされている。

 

イグアラの夜に関する事件を担当した司法長官室(Procuraduría General de la República:PGR)ヘスス・ムリヨ・カラム(Jesús Murillo Karam)が2015年1月27日に発表した内容によると43人の学生たちは、市警に「自由を奪われた」後、カルテル「ゲレロス・ウニドス(Guerreros Unidos)」のメンバーに「命を奪われた」。イグアラから20キロほど離れたコクラ(Cocula)のゴミ捨て場で遺体を焼却、その灰をサン・ファン(San Juan)川に捨てた。これを彼は「事実の歴史的真実」と表現、検察官はイグアラ市長、ホセ・ルイス・アバルカ(José Luis Abarca)とその妻マリア・デ・ロス・アンヘレス・ピネダ(María de los Ángeles Pineda)が殺人事件に関与していると告発し、また、ゲレロス・ウニドスの銃兵が、町の支配権を争っていた敵対カルテルのメンバーと勘違いしたために、学生たちは処刑され、燃やされたと説明していた。

調査は当初よりねじ曲げられ、正当に行われなかった。捜査は不手際を繰り返し、陸軍や連邦警察の関与は隠蔽され、科学的証拠も無視されたり揉み消され、学生失踪と国家の関与がないなどと、誰も考えられる状態ではなかった。加害者もまた被害者でこの事件に関連した21人のは、死亡または殺害されたとさえ報告されていたし、事実容疑者は無罪放免となっていた。しかしこの説は後に崩されていくこととなる。

 

2014年11月、米州人権委員会(Comisión Interamericana de Derechos Humanos :CIDH)による働きかけで、メキシコ政府は本件に関する国際的な技術支援を受ける契約を締結、アレハンドロ・バレンシア(Alejandro Valencia)、アンヘラ・マリア・ブイトラゴ(Ángela María Buitrago)、クラウディア・パス・イ・パス(Claudia Paz y Paz)、フランシスコ・コックス(Francisco Cox)、カルロス・マルチン・ベリスタイン(Carlos Martín Beristain)で構成される学際的な独立専門家グループ(Grupo Interdisciplinario de Expertos Independientes:GIEI)がこの事件解明に加わった。

2015年9月6日に提出された第一次報告書の中では、これまで起訴されていなかった他の犯罪行為、例えば、拷問(フリオ・セサル・モンドラゴン・フォンテス(Julio César Mondragón Fontes)は殺害され、皮を剥がされた)、殺人未遂、隠蔽、司法妨害、職権濫用、不適切な力の行使、傷害、脅迫などを調査するよう、国の当局に勧告している。また、GIEIの依頼に基づき調査したアルゼンチン法医人類学チームの見解も出し、ゴミ捨て場で生徒たちを焼いたとする旧来からの調査結果に違を唱えた。なぜなら、大量のものを焼くために必要な規模の火災がそこで発生したならば、「植物や他のゴミにも広範囲の損傷が見られたはずだからである。また、麻薬取締局(Drug Enforcement Administration:DEA)捜査官やイリノイ州連邦検事局が行った盗聴内容の調査では、学生たちに対する暴力的で組織的な反応は、イグアラと米国シカゴの間で行われているヘロイン、コカイン、金の密売に関係している可能性があるとした。なお、生徒たちがバスに乗り込もうとした日にサッカーチーム「ロス・アビスポネス(Los Avispones)」が乗った別の旅客バスも一時的に襲撃されている。第2次報告書(最終報告書)では、さらに新しい要素も提供されており、失踪した学生たちの携帯電話が事件の数時間後、さらに数日後にも使用されていたことや、10月28日にPGRが記録のない調査を行っていたことなどが記載されている。10月29日には海軍の潜水士が学生の一人の身元確認につながる遺骨の入った黒い袋を川から引き上げている。

失踪した学生たちの親族の希望に反して、エンリケ・ペーニャ・ニエト(Enrique Peña Nieto)率いる政府は、2016年4月に終了したGIEIの最初の任務の延長しないことを決定。同政権は事実の解明というよりも、それを隠蔽することに必死だった。なおGIEIの任期終了日、国家人権委員会(Comisión Nacional de los Derechos Humanos:CNDH)は128件勧告を含む15VG/2018を振り出し、アヨツィナパの事件について情報を隠しており、再び犠牲者が出ると当時の大統領、検事総長室(現FGR:Fiscalía General de la República)、被害者への注意を促す執行委員会(Comisión Ejecutiva de Atención a Víctimas:CEAV)、ゲレロ州政府などの当局に対して批判した。なぜなら国際的な人権基準、具体的には政府は行方不明になった43人の学生の捜索を予定しておらず、事件で主導的な役割を果たした第27歩兵大隊のメンバーへの徹底的な調査を省略するなどの問題があったからだ。同時に地方師範学校のコミュニティが、麻薬密売の罪で非難され、犯罪者扱いされ、汚名を着せられたこともCNDHは指摘している。当局や政府によるこのメッセージはこの地域の学生や住民に対する否定的なステレオタイプを形成し、彼らは再び苦しめられることになった。

2014年9月26日から2018年8月30日の間に、アヨツィナパの学生が失踪するきっかけとなった出来事に参加したとされる169人が起訴されている。内訳はイグアラ警察官55人、コクラ警察官20人、民間人67人だ。このうち142人が拘束されている。

なお当時のPGRも70人を容疑者と断定している。しかしその罪は強制失踪ではなく誘拐の罪だった。その罪でさえ2019年9月4日までに、タマウリパス州レイノサに拠点を置く大学巡回裁判所は起訴内容の多くを却下し53人の加害者とされる者を釈放している。PGRが失踪事件の犯人として提示した人も全て無罪になっている。

 

最近注目されているアヨツィナパ事件に関する事象に無責任な武器取引とその違法な売買がある。2019年2月、ドイツのシュトゥットガルト地方裁判所は、ヘッケラー&コッホ社(Heckler & Koch:H&K)に有罪判決を下した。メキシコ政府、具体的には国防省(セデナ)に紛争地域で使用しないという条件で武器を違法に販売したことによる。そしてそれらの武器が少なくとも植物状態となってしまったアルド・グティエレス・ソラノさんを負傷させたものであることは9月26日と27日の出来事から得られた写真や専門家による証拠から明らかになっている。国家機関と組織的犯罪グループが連携した攻撃を受けた時、彼は19歳だった。

H&Kはドイツ外務省による封鎖指示にもかかわらず、2006年から2009年にかけて、メキシコに9,472丁から9,652丁のライフル、マシンガン、弾薬を1300万ユーロ以上で販売している。そのうち4,702~5,003丁の長物がチワワ、ハリスコ、チアパス、ゲレロの各州の警察に渡った。公式文書によると、1分間に800発以上の弾を発射できるG36V、G36KV、G36C1ライフルを購入した州もある。ゲレロ州には1,924丁の武器が届けられ、MP5機関銃4丁とG36Vライフル56丁は、アヨツィナパ事件に関与したイグアラ市警の手に渡っていた。

 

この事件についてはエンリケ・ガルシア(Enrique García Meza)、ギジェルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)とベルサ・ナバロ(Bertha Navarro)が共同制作したドキュメンタリー映画「Ayotzinapa, El paso de la tortuga(アヨツィナパ 亀の歩み)」で教えてくれる。この作品は「失踪した学生とその家族が、正義を求めて歩んできた軌跡を追うことを目的としたドキュメンタリー」だ。監督は生徒の両親が子供の居場所を探すために「毎日、毎晩、止むことのない努力をしている」姿を目の当たりにしたことに触発されたという。作品では生存者や失踪者の家族、そして事件に非常に近かった人たちが「内側から事件を語る」ことにフォーカスした。それは都会ではある種なくなってしまった他者に対する連帯が田舎では残っていることによる。「田舎の普通 」は、抵抗の象徴。「アヨツィナパの教師育成学校は批判と連帯の学校だ」そう語るのは親族の弁護士はヴィドゥルフォ・ロサレス(Vidulfo Rosales)だ。「平均年齢20歳の学生たちは、自分たちが話していたことを実践し、学校の消滅に抵抗する。彼らは自分のためではなく、田舎を教育する新しい世代の教師たちがそこで学び続けることができるように。」

 

アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドル(Andrés Manuel López Obrador:AMLO)現政権は、司法長官室に特別ユニットを2019年1月15日に設置し「ゼロから」調査を始めた。内務省、外務省、財務省、公共信用局、行方不明になった43人の学生の親族、市民社会団体などで構成される「真実と司法へのアクセスのための委員会」が最初にとったのは「独立専門家の学際的グループ」の復活だ。GIEIの元事務局長であるオマル・ゴメス・トレホ(Omar Gómez Trejo)が率いるアヨツィナパ事件の特別捜査・訴訟ユニット(Unidad Especial de Investigación y Litigación para el caso Ayotzinapa:UILCA)の設立がきっかけとなり捜査は進展。当時の関係者が虚偽の物語を作り、否定してきた証拠を暴き始めた。それを通じてアレクサンダー・モラ・ヴェナンシオ(Alexander Mora Venancio)、クリスチアン・ロドリゲス・テルンブレ(Christian Rodríguez Telumbre)、ホシバニ・ゲレロ・デ・ラ・クルス(Jhosivani Guerrero de la Cruz)の3名の遺体を識別。公務員による肉体的・心理的拷問行為を証明する40本以上のビデオの存在も確認している。識別された人物以外についてはすでに、化学的な分析できない状態となってしまっている。

2020年3月から9月にかけては、カルテル「ゲレロス・ウニドス」のメンバー、連邦省庁警察、連邦検察官、元連邦警察、自治体警察に対して請求された83件のうち70件の逮捕状が出され、その時点で80人を拘束している。これらの令状の中には、アヨツィナパ事件の捜査を直接担当した元PGR犯罪捜査局局長のトマス・ゼロン・デ・ルシオ(Tomás Zerón de Lucio)も含まれる。誘拐、拷問、証拠操作の罪だ。この意味で、起訴プロセスはもはや、学生たちの拘束とその後の失踪に責任のある者だけに焦点を当てるのではなく、「歴史的真実」の物語を維持するために事件の操作と歪曲に参加した者にも焦点を当てられていることがわかる。同氏は逃亡中で2年前からイスラエルに在住していることはわかっている。インターポールも捜査中だ。7月25日にCOVID-19で死んだゲレロス・ウニドスのリーダー「エル・モコモ(El Mochomo)」の逮捕が発表された2020年6月の記者会見で、ゲルツ・マネロ(Alejandro Gertz Manero)は、PGRが事件を調査する際に、部分的な告発、拷問などの人権侵害、行方不明の学生の即時捜索に役立つ証拠の隠蔽など、いくつかの不正行為を行っていたことを強調した。なお、要職についていた人間で逮捕状が出ているのは他にも、連邦閣僚警察長官カルロス・ゴメス・アリエタ(Carlos Gómez Arrieta)、連邦警察イグアラ支局長のルイス・アントニオ・ドランテス・マシアス(Luis Antonio Dorantes Macías)、組織犯罪特別捜査局(Subprocuraduría Especializada en Delincuencia Organizada:SEIDO)の誘拐ユニットの検事であるブランカ・カスティージョ(Blanca Castillo)、元陸軍大佐のホセ・マルティン・クレスポ(José Martín Crespo)などがいる。

 

学生たちの弁護士は失踪事件に関与した軍人への起訴にはいまだに消極的な姿勢が見られると指摘している。子どもたちは元のような元気な状態で戻ってこない。でも家族lは行方不明となった子どもたちを今でも探し続けている。「亀のように、正義はゆっくりだが、硬くて容赦ないのだから」と真実の追求を願う弁護士はそう語った。

今年の9月26日もまた首都最大の目抜き通りレフォルマには数字の「43」や失踪した学生の写真、亀の絵を持った人が集まりデモ行進を行った。

 

 

参考資料:

1. Recomendación por Violaciones Graves 15 VG/2018
2. CNDH critica recomendación hecha con EPN sobre Ayotzinapa por ocultar información y revictimizar
3. Diez claves para entender cómo va el caso Ayotzinapa
4. Familiares de los 43 recuerdan tragedia
5. Ayotzinapa: por qué la tortuga representa el caso de la desaparición de los 43 estudiantes de la normal rural en México
6. Ayotzinapa: por qué la tortuga representa el caso de la desaparición de los 43 estudiantes de la normal rural en México

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