映画 “明日に向かって笑え!” で2001年アルゼンチンの金融危機を見る

<ネタバレ注意>

アルゼンチン版「オーシャンズ11」と絶賛され、アルゼンチンで大ヒットを記録した「明日に向かって笑え!」が公開されたので、見に行ってきた。オーシャンズ11自体は私は大好きだ。それでも、何でもかんでもハリウッドに結びつけ作品を表現するのには違和感があった。そのコマーシャル・メッセージを使えば、イメージしやすい、それはそうだろう。それであったとして私はやはり、ラテンアメリカらしいメッセージアウトをして欲しかったな、と思う次第だ。

そもそも複数名で現金を狙うケイパー映画だからと言い、オーシャンズ11と結びつけることに無理がある。そんなことを言い出したら、スペインのペーパーハウス(La casa de papel)だってそう表現できるし、実話を元にしたハットンガーデンの金庫破りもまたそう表現しなくてはならなくなる。それはあまりにも、映画を評価するには雑すぎる。そう思うのである。

批評家ではないから、そのコマーシャルメッセージについてはっこまでにして、この映画もまた背景を押さえておくと、なおさらに楽しめる可能性がある。映画の舞台となるのはアルゼンチンの小さな町、2001年のことである。2001年のアルゼンチンと言えば、通貨危機、その後のデフォルト(債務不履行)と切っても切り離せない。2001年以前にもアルゼンチンは5回の債務不履行(1827年、1890年、1951年、1956年、1982年、1989年)を実施し、2014年には7回目のデフォルトを行っている。2001年にデフォルトした債務は国債や外国政府からの借款など、合計 1,300億ドルを超えていた。

 

2001年の危機については経済面が多く取り上げられるが、政治、社会、制度上の危機だった。「¡Que se vayan todos!」というスローガンの下行われた広範囲な民衆の反乱は当時のアルゼンチン大統領フェルナンド・デ・ラ・ルア(Fernando de la Rúa)を辞任に追いやった。危機の間、39人の人々が国や民間の警備員によって殺害されている。

アルゼンチンでは90年代に入り急激な外貨資本の流入が起きる。背景には、1991年にカバロ経済相が導入したカレンシー・ボード制に基づく1ドル=1ペソのドルペッグが為替相場を安定させたこと、政府や民間企業による海外証券市場を通じた資金調達への積極性が高まったことがある。この結果、ハイパーインフレは収束し、投資の増加もあり高い成長率を達成した。その負の側面が1997年以降、次第に目立ち始める。社会的格差の拡大を促進した経済計画である兌換を維持するためには豊富なドルの流入が必要だった。初期にはすべての国営企業と年金・退職金基金の民営化によって達成することができるも。民営化プロセスが終わると、第一次農業輸出経済では十分な外貨収入を得ることができなくなる。公共支出が持続不可能なレベルになると、このモデルの安定性維持により多くの海外からの借金と高金利での借り換えに依存するようになった。その結果共和国は債務超過の危機的状況に陥ったのだ。

La Alianzaが選挙で勝利した要因の1つに選挙公約の「兌換性の維持」であったから、引くに引けなかったのだ。国内においても兌換制の放棄(自由変動相場制への移行)が必要だと声が上がっていたにもかかわらずだ。主要貿易相手国であるブラジルなど多くの国が大幅な通貨切り下げを実施していた。経済における暗い状況を緩和することを目的に急進市民連盟(UCR、中道右派の伝統的政党)と祖国連帯戦線(FrePaSo、メネム大統領に反対するペロン主義者、社会民主主義、中道左派の混合)び連合は「ブリンダヘ(El blindaje)」による400億ドルの融資と「El Megacanje(メガカンヘ)」を公表した。後者は政府が発行したソブリン債の再編プロセスのことで、民間債権者や多国間融資機関に対し債務の金利を高くする代わりに、元本の支払いを最大3年間延期すること(償却)を合意するというものだ。ちなみにこのオペレーションにより実質金利は年率14.5~16%となり、負債は2億5500万円も増えてしまった。もはや負のスパイラルだ。

この試みは、構造的な債務超過を回避するものではなかった。そのため2001年12月2日、当時のドミンゴ・カヴァジョ(Domingo Felipe Cavallo)経済大臣が考案した銀行からの現金引き出しを制限する政府規制「コラリート(corralito)」を発動する。これが社会的な怒りに火をつける。12月13日、中央の労働者組織はゼネストを宣言、同時に内陸部のいくつかの都市とブエノスアイレスで暴力的な暴動が起こり始めた。主なものは、失業者や貧困層による略奪、道路上のトラックの盗難、一般的な強盗、都市での道路封鎖などである。

コラリートは、多額の現金をすぐに必要としていた人や、預金の利息で生活していた人の多くを苦しめる。なぜなら突然、貯金や引き出しができなくなるだけでなく、貯金の価値が下がり続けたからだ。外貨が流出すると、政府は1ドル=1.4ペソという恣意的な為替レートに変更し、ドル建ての口座をペソに強制的に交換することを決定した。

 

2001年12月19日、「カセロラソ(cacerolazo)」が起こる。最初のカセロラソは自然発生的に集まった中流階級の労働者が中心で、後に政府や銀行に対する暴力的な街頭抗議活動へと発展していった。建物の外壁にはスプレーが吹き付けられ、窓ガラスは割られ、入り口はタイヤの火で塞がれ、力ずくで建物が占拠されるなどといった事案も出た。なおデモ隊を弾圧する命令も下され、39人が死亡した。12月20日19時37分、デ・ラ・ルアは辞任し、ヘリコプターでカサ・ロサダを後にしている。

その後の12日間は、組織的に不安定な状態が続いた。元大統領辞任後、暫定大統領となったアドルフォ・ロドリゲス・サア(Adolfo. Rodríguez Saá)は12月23日、デフォルト(債務不履行)を宣言。サン・ルイス出身の彼も、同年12月30日その職を辞することとなる。アルゼンチンでの10日間で4人も大統領が変わった。ルア、暫定大統領となったラモン・プエルタ(Ramón Puerta、12月20日から22日)、エドゥアルド・カマーニョ(Eduardo Camaño、12月30日から2002年1月2日)、そしてサアだ。なおカマーニョを引き継いだエドゥアルド・ドゥハルデ(Eduardo Duhalde)は1月2日から翌年5月25日をその職を務めた。

2002年1月カレンシーボード制は撤廃され、2002年2月には変動相場制に移行した。ペソは切り下げられ、2002年には11%のマイナス成長に落ち込んだ。貧富の格差は広がり、貧困人口は都市人口の57%を占めるようになる。中産階級は貧困層に転落し、この経済危機は貧困層の暮らす土地では栄養失調による餓死といった社会現象も生んだ。

 

そんな時代を描いた映画では、預金を引き出せなくなった人々が、悪徳弁護士の隠し金庫から自分たちのお金を取り戻すというものだ。完璧だったはずのセキュリティは映画「おしゃれ泥棒」によって破られる。同作品についてはオードリー・ヘプバーンが主演していることから知っている人も多いと思うが、父親が美術館に出品したビーナス像を主人公が盗み出そうとするものだ。

2016年、リカルド・ダリン(Ricardo Darín)とその息子のリカルド・チノ・ダリン(Ricardo ‘Chino’ Darín)の親子は、「El secreto de sus ojos」の著者であるエドゥアルド・サチェリ(Eduardo Sacheri)の小説「La noche de la Usina」をほぼ同時に手にする。この著者はアルゼンチンの半数の人が読んでいるほど有名で、今回の本のコンテンツも人気が出るだろうと親子は考えた。父と息子が何年も前から考えていた「自分たちで映画製作会社を設立する」という計画はこの作品で現実のものとなる。家族で行ったアフリカ旅行にちなんで「Kenya Films」と名づけ、3年以上の歳月をかけてこの映画を作り「La odisea de los giles」と題名にした。ヒル(gile)とは勤勉で善良で妄想癖があり、少々慎重さに欠ける人のことを言う。スペインで言うプリンガド(pringado)だ。何千人もの騙されやすい市民が、2001年にアルゼンチンを荒廃させたコラリートに騙され、打ちのめされたことを描いた作品にぴったりの名前だ。

「私たちはあまりにも家畜化されており、消費社会の流れに従うことに慣れすぎて、自分の権利が何であるかを忘れてしまうことがあります。私たちは、自分たちの権利を守るために、決して油断してはいけません。常にハゲタカが徘徊していて、油断している人、信頼している人、まともな人を利用しています。働いている人たち、世界を動かしている人たち」とリカルドは言う。そんな世界を見つめ直すきっかけにもなりそうだ。

 

私的に、相当楽しめた作品だった。片意地はらず楽しく見られる。

 

参考文献:

1. Los Darín reviven el corralito
2. LA PRIMERA VEZ DE RICARDO Y CHINO DARÍN EN ‘LA ODISEA DE LOS GILES’
3. ‘La odisea de los giles’: la venganza de los estafados en el corralito
4. アルゼンチン、「デフォルト危機」の顛末
5. ¿Cómo fue la crisis argentina en 2001?

 

作品情報:

名前:  La odisea de los giles(邦題:明日に向かって笑え!)
監督:  Sebastián Borensztein
脚本:     Sebastián Borensztein & Eduardo Sacheri  
制作国: Argentina
製作会社:Kenya Films
時間:  116 minutes
ジャンル:Adventure, Comedy, Crime
公式HP:  https://gaga.ne.jp/asuniwarae/
 ※日本語字幕あり

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