映画 フアン・アンティンの描く “パチャママ” とインカの滅亡

インカ帝国の税徴収人に奪われた小さな黄金の像「ワカ」を取り戻すために、アンデスの静かな村に住む10歳の少年テプルパイは幼馴染のナイラ、ラマのラミータ、アルマジロのカーキンチョと旅に出る。テプルパイはシャーマンや、ヒーラーになることを望んでいたが、大切な何かが足りず、認められていなかった。侵入者たちは農作物のみならず村の宝物を奪い、命を奪い、さらには伝統をもばかにし、奪おうとしていた。西洋によるアメリカ大陸の「発見」という名の窃盗や虐殺がこのように行われたのだということについて、フアン(Juan Antin)は優しいアニメーションを通じながらも強いメッセージで訴えかけた。スペイン人たちの頭にあるのは「宝(tesoro)」「黄金(oro)」だけだった。大インカ(王の意味)もまた、人々から納税、収奪で豪華を尽くしていた。彼は自らを神の域にいるものと認識し、地面に足を着くと身が汚れる、災いが訪れるとすら感じているような人物だった。彼は常に黄金に囲まれ、彼は「物理的にも」人間の上に立ち自らの権威を知ら示していた。王はインカのチャスキのかわりにテプルパイのメッセージ「鉄の兵士が母なる海ママ・コチャに現れ海に浮く大きな家に乗った万能の神々が火を噴いて全てを埋め尽くしてしまった」を馬鹿げているとして無視してしまう。

 

ママ・コチャ(Mama Cocha )はインカの海と魚の女神で、船乗りや漁師の守護者。万物の創造主ビラコチャ(Viracocha)の妻であり、太陽神インティ(Inti)と月の女神ママ・キラ(Mama Quila)の母だ。そしてタイトルとなるパチャママ(Pachamama)は母なる大地であり、植樹や収穫を司り、山を作り、地震を起こす豊穣の女神だ。8月1日はパチャママの日。一か月間、アンデスの人々は大地パチャママに祝福を求める。なぜなら海抜4,000メートルを超えるアンデスの高地地帯において8月の生活条件は最も過酷なものとなるからだ。アルチプラノ(Altiplano)はアンデス山脈を抱えるペルー南部からボリビア、チリ北部などにある。そもそもこのような土地は標高が高いこともあり冷涼で乾燥した気象条件を備えている。それゆえ大木はほとんど生えないし、栽培できる農作物も限られる。

スペイン人の侵入は先住民たちにカトリシズムを強要し、それに従わない人々やその信仰を暴力的に抑圧・破壊してきた。そのような状況においても、パチャママへの信仰が今でもこの土地で残っているのはキリスト教の聖母マリアと重ね合わされたた事による。西洋人による侵攻でもこうして生き延びた概念も、近代化の波とともに関心の対象と無くなってきており、信仰心も徐々に消えつつあるのが事実だ。それでもインティ・ライミをはじめとした祭りや結婚式の儀式でその姿を見ることができる。

アンデスの人々は、祝い事や祭りで酒を飲む際、必ずグラスから少量の酒を地面にこぼす。これは、よい酒ができたことをパチャママに報告し感謝するための儀礼だ。アンデスで嗜好される飲み物チチャを飲酒する際も全く一緒で、パチャママに捧げるのが習わしだ。チチャはとうもろこしを発酵させて作る。

パチャママは神であるが、同時に大地でもある。天然の資源を採取する時は必ず、その許しを求め、供物を捧げなければならない。皆が血眼になって探したり、その価値の高さから略奪の対象となっているこの地に埋まる金、石油、リチウム、その他資源もパチャママによるものだ。だから先住民の土地における採掘は違法であっても、合法であってもおおよそ問題となる。もちろん、土地の民にその恩恵がもたらされないことも問題の一端だ。

エクアドルにおいては2008年に憲法71条で、自然の権利を以下のように制定した(詳細は別途)。そこにはこう書いてある。

La naturaleza o Pacha Mama, donde se reproduce y realiza la vida, tiene derecho a que se respete integralmente su existencia y el mantenimiento y regeneración de sus ciclos vitales, estructura, funciones y procesos evolutivos

自然、つまりパチャママは、生命が再生産され実現される場であり、その存在を尊重し、その生命のサイクル、構造、機能及び進化過程の維持及び再生する権利を有する。

 

本作品を制作したフアンは言う。「スペイン、ヨーロッパ、イギリス、フランスから来たヨーロッパ人は、地球を豊かさ得るための金が埋まっている場所として見ていなかった。そして地球を崇拝の対象としても見ていなかった」と。彼は本作品制作のために14年間を費やした。それは単に資金の工面に時間がかかったと言うことだけでなく、リサーチのために多くの旅をしなければならなかったからだ。当時、アルゼンチンに住んでいましたフアンはパチャママ信仰が強いアルゼンチン北部、ペルー、ボリビアへを旅し、先住民、そこにいるシャーマンやコミュニティの長がパチャママについてどのように考えているのかを知るために、多くのリサーチを行ったという。ちなみに14年の内訳だが、リサーチと執筆に2年、開発にさらに2年、資金調達に5年、そして制作、ストップモーションの作業に3年かかった。

映画そのものはもともとストップモーションの技術で作成するつもりだったと言う。なぜなら金や粘土といった光の質感や素材をふんだんに使った映画にしたかったからだ。事実予告編はそれを用いて作った。ただ、当時アルゼンチンでは大きな経済危機の最中におり、それを前提とした制作には困難が伴うのが分かりきっていたと言う。そんなとき、フランス人プロデューサーに出会い、彼からなされた作品の共同制作提案を受け入れた。フランスに移住し作ることになった「パチャママ」は、特殊なアプローチで構成された。それは水彩画風の手描きの2D背景に、手描きの2Dデザインを用いたユニークな質感の3Dキャラクターアニメーションを使うというもので、最終的に絵本のようにも見えるようになったという。この奇抜なアプローチは資金調達の長期化を招いたという。

絵のタッチが特徴的なのは上述のとおりだが、登場人物たちも特徴的だ。村人たちは丸みを帯び、インカの人々は角張っている。そして、スペインからの侵略者たちはとがっている。これらのフォルムはもちろん意図を持ってのことだ。フアンによると村人たちはコロンビアの陶器を思わせるものにしたかったと言う。コロンビアのそれは、ころんとしていて花瓶は生き生きとし、話しているかのようだった。それらの花瓶には顔がついており、それらすべてがキャラクターのデザインに通じているという。ご存知の方も多いかもしれないが、インカの陶器には、人物がキャラクターとして登場し、素晴らしい顔をしているのだ。インカ人が村人と別の民族であることを聴衆に理解させるためにインカ人のフォルムは村人のそれと変える必要があった。そしてインカは「帝国」だったということもあり、それに関するフォルムを四角にしたという。それにより組織化された帝国の中の都市市民を建物のように見せようとしたという。映画内で見られるデザインもインカ建築をベースにしているし、それゆえクスコの街の風景にも、神殿にもシンクロしているように見えるという。一方のスペイン人たちはルネッサンス美術をベースにしており、それゆえ少し角張り、細部も描かれ、キャラクターのプロポーションももう少しリアルなものになったという。

 

カナダ、フランス、ルクセンブルグのスタジオにいる120人のメンバーとともに作り上げたパチャママには、征服者と征服されるものという関係以外にも、自然との付き合い方やシャーマンによる変身についても描いている。子ども向けだからと侮ることなかれ、である。アンティンは「パチャママ」に続きアマゾンを舞台にした脚本を書き、次のプロジェクトに取り組んでいる。こちらも楽しみである。

 

参考資料:

1. 環境が「人権」をもち、破壊を逃れるために人間を訴える時代がやってきた
2. INTERVIEW: Juan Antin on Netflix “Pachamama”
3. Netflix adquiere los derechos de ‘Pachamama’ del argentino Juan Antin

 

 

作品情報:

名前:  Pachamama
監督:  Juan Antin
脚本:     Christophe Poujol, Juan Antin
制作国: France, Luxembourg, Canada
製作会社:Folivari  
時間:  72 minutes
ジャンル:Animation
 ※日本語吹き替えあり

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