CONAIE 第7回全国会議と開催地サラサカ

トゥングラワ(Tungurahua)のサラサカ(Salasaca)でCONAIE(※)は第7回全国会議をスタートさせる。各地区から先住民や民族の代表団が続々と到着しており、6月26日の夜明けとともに会議が始まる。会期は27日まで。

 

サラサカは海抜2,500~2,900メートルの高原地帯に位置し、年間の降水量も50~100cmと乾燥している。年間の平均気温も12~18℃で、昼間は比較的暖かく、夜は肌寒い気候を持つ場所だ。アンバト(Ambato)からバニョス(Baños de Agua Santa)へ向かう道の途中にあるコミュニティで、そこに住む先住民のこともそう呼ぶ。その名はボリビアからミティマ(入植者)として送られてきた地域の名前に由来するという説と、「サラ」(エクアドル東部のパンザレオ系の名前)と「サカ」(エクアドル西部のプルハイ系の名前)を組み合わせたものという2つの説がある。ここではユヤック(yuyac)と呼ばれる長老たちによって伝説や歴史が若者たちに伝えられている。

 

せっかくなのでサラサカ・コミュニティについて見てみよう。

サラサカ族は、15世紀にインカの支配者パチャクティク(Pachakutik、ヤパンギ2世)がボリビアから連れてきたという説が有力だ。インカ帝国が導入したミティマエ制度に基づき彼は少数の男女をこの地に送り込むことで植民地化したとされている。サラサカがボリビア、ミティマエと深い関係があるのはそこに住む家族の名前や、使っている言葉、祭りや音楽にも裏付けられているという。トゥングラウア東部地域とチンボラソにおける2つのコミュニティが融合して生まれたという説もある。

おおよそ12,000人の人口を持つここではスペイン語やキチュア語が使われる。その伝統的な建物は葦や竹、椰子の葉などの植物を使って作られていた。その後は泥と葦が主な原料だ。長方形の3つの独立した建物で構成されており、母屋には北を向いた1つの扉があり、他の2つの建物は小柄で母屋の両側にあった。最近はブロックとセメントで2階建ての家を作り、屋根は瓦を葺いている。昔の家よりは開放的だとされている。なお特徴的なのは家はコミュニティの共有資産であるということだ。家に住む人が、住んでいる期間その家の所有者となる。なお、その社会システムからも想像できるかもしれないが、家は皆で作る。建築中は協力者(近所の人や友人)に対し飲食、家の機能、休息のためのスペースを提供する必要がある。

経済活動は生態系レベルによって2つに分けられる。生態系1では灌漑を用いた農業(とうもろこし、じゃがいも、豆、アルファルファ、カプリ)を行い、また、多くの家庭でうさぎやモルモット、家禽を買っている。これは主にそれを売って家族の収入とするためだ。若者は出稼ぎのためにコミュニティーを出ることも多い。土地が限られていること、人口が増加していることが理由であることも多く、男性は主に建築業へ従事し、女性は都市部で羊飼いやメイドとして働いている。

すべての家庭はヨーロッパ式の織機を持っているとされているが、これは服やヘアリボンの作成とをはじめ、土産となるタペストリーを織るのに使われている。パラモが自生する生態系レベル2においてはじゃがいもの栽培と牛の飼育が行われ、ここで育てられた牛は村の祝い事に参加し、さらには凶暴な牛(産品として有名)は国中の闘牛場やフェアに連れていかれる。もともとは自給自足の生活を送っていたが、市場経済への移行も始まっている。

 

次にサラサカの人々の衣装を見てみよう。女性は刺繍のついた白いブラウス、4つのスタッドが付いたアナコ(anaco)、ファチャリナ(fachalina、腹部に向かって開いたコート)、その上からウールのコートを羽織っている。装飾品は複数の色のネックレス、腰にはウアルミ・チュンビ(huarmi chumbi)という花や紫色の装飾品を織り込んだ帯を巻いている。アナコは黒いスカートで、足の4分の3程度を隠すものだ。また黒い布製の帽子をかぶっている。

 

男性は、黒いポンチョ、白いズボンとシャツ、黒い帽子を着用している。織物は素材をリャマから羊に変えながらも伝統的な技法に基づき手作りされてきた。先述の通り手作りだから作るのに時間もコストも相当かかる。例えばアナコを2本作るためには最低でも4つのウールボールが必要だし、糸を紡ぐだけでも1年かかる。だから、親は子たちが結婚するときにポンチョを記念品として渡したりする文化が残っている。なおサラサカの人が着る色とりどりの衣服の色は天然由来だ。例えば、キヨシサ、プママキ、キンリフルコの丘で採取するサボテンのコチニールが原料となる。最近は植物が希少になっていることもありアニリンを使用することもある。彼らの服の色調は、彼らの宇宙観で「虹」を表現している。

 

このコミュニティは祭りや行事が多い。豊かな実りへの感謝、子どもの誕生、夏至などが祝われる。最も盛大なのは死者の日で、別の世界にいる人々に向けて宴会を開く。ハトゥン・ピシュタ(jatun pishta)と呼ばれる聖ブエナベントゥーラ(Buenaventura)を崇拝するための祭りではロデオや馬を使ったイベント、ダンスなどが行われ代表的な飲み物であるチチャを分け合う。彼らの祭りは自然の力、神話的要素、宇宙への信仰と結びついた土着のものもあれば、この土地に移住してきた黒人、スペイン人入植者のそれと結びついていることも多い。

上述の通りサラサカでは行事が多い。そこには音楽がつきもので、伝来の言葉を使って歌われる。テーマは彼らの歴史、習慣、自然への愛などの多岐にわたる。横笛、太鼓、ケーナなどの楽器を使い音楽が奏でられる。楽器は自然の音を模倣するように使われる。6月にはインカの新年の祭りであるインティ・ライミも祝う。なお、サラサカにおいてはコミュニティ内の権力と権威を象徴する杖を持ったヴァラユック(市長)が主役となる。ここでは、インカの考えに基づくカレンダーも使われている。山の力を司る精霊ウルクヤヤも信仰し、その霊に守られた人の人生は幸福に満たされる。日本人が自分たちの文化と被せてしまいそうなこととしては、人がなくなると通夜が持たれると共に、子供たちによって故人をお風呂に入れること、さらには民族衣装を着せることだろうか。いわゆる死装束と湯灌のようなものだ。

体の不調や病気の緩和に祈祷が持たれる。その儀式は決まって母なる大地パチャママへの感謝を表すために両手を上に上げることから始まる。儀式では川の水や植物の葉など自然からの恵を用いて体を清めたり、これらを使って煎じたお茶を飲む。

 

食文化もまた外部からの影響を受けながらも伝統的な調味料や調理法を受け継いできた。休日にはローストポークを食べるが、それ以外にも鶏のスープ煮やウサギやモルモットの煮物などを好んで食べる。また、この土地で栽培した新鮮な野菜やトウモロコシ、ジャガイモなどを使ったモテという食べ物も食べる。伝統的な飲み物はなんと言ってもとうもろこしで作ったチチャ(※)だ。大麦ととうもろこしを約20分間トーストしキツネ色になるまでローストする。とうもろこし、大麦、クローブを水に入れ、絶えずかき混ぜること約30分、水分が減ってきたら水を加え、さらに約45分煮る。エキスがしっかりと出て、各具材がほろほろになったら濾過して砂糖を加え、4日ほど発酵させたら出来上がり。なおチチャは冷やして飲む。

 

 

CONAIEの全国会議は3年間に一度行われる。今回の会議では元会長ハイメ・バルガス(Jaime Froilan Vargas Vargas)に代わるリーダーをも選ぶ。(詳細はこちら)当日参加予定だった元代表アントニオ・バルガスはこちらでも伝えた通り6月20日に突然逮捕され、牢屋に送られた。6月24日マカス市のモロナ・サンティアゴ司法裁判所で行われた人身保護聴聞会では身柄引渡し要求も却下されており、また裁判所は権利の侵害はなく、恣意的拘禁もされていないと発表した。

 

サラサカにより興味を持った方はこちらもどうぞ。


※CONAIEとはConfederación de Nacionalidades Indígenas del Ecuador(エクアドル先住民連合)のこと
※チチャは土地によって使われる具材が違うことがある。例えば、ユカやキヌア、米が代用されることもある。

 

参考資料:

1. SALASAKA(CONAIE)
2. SALASAKA(encyclopedia.com)
3. Una familia salasaka preserva el hilado, tejido y bordado
4. Ropa para la mujer y el hombre salasaka
5. Salasacas: Ubicación, vestimentas, costumbres y más

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