3月11日からチリの大統領となるガブリエル・ボリッチは(Gabriel Boric Font)1月21日、国立自然史博物館前で行われた式典(※)で、次期政権における閣僚人事を「今日、我々の民主主義の歴史に新たな道が刻まれ始めた。私たちはゼロから出発するわけではない。そして私たちの任務は、正義と尊厳が私たちの日々の糧となるような変化と変革を促進することだと確信している」という言葉とともに発表した。ボリッチの政権は大臣24名は女性14名、男性10名と過半数以上を女性で構成される。彼の人選はマリオ・マルセル(Mario Marcel)という現状における最適解を除けば、信頼に加え、友情を基準としたものであった。そのためカミラ・バジョホ(Camila Vallejo)を政府報道官、ジョルジオ・ジャクソン(Giorgio Jackson)を重要ポストに置くのは必然であった。両2名はボリッチとともに2011年の学生運動を戦っており、彼らとともに選ばれたアントニア・オレリャーナをボリッチは「同志(compañeros)」と呼んでいる。
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政府報道官となるカミラ・バジョホはチリ大学の地理学者で、PCの副代表を務める前は、2011年にチリ大学学生連盟(Federación de Estudiantes de la Universidad de Chile:FECH)の会長を務めていた。ボリッチによれば「非の打ちどころのない完璧な広報担当者だ」。共産主義者たちの間では、彼女の過激さよりも、ボリッチとの直接の信頼関係によって彼女がこのポストに就いていると認識されている。なお2期目の立法府でジェンダーと教育問題を扱ったこともある。
ジョルジオ・ジャクソンは、カトリック大学出身の工業土木技師。チリ・カトリック大学学生連盟(Federación de Estudiantes de la Universidad Católica:FEUC)の会長だった彼は、2018年には拡大戦線を構成する民主改革で議員に選出されている。民主革命(Revolución Democrática)代表のマルガリータ・ポルトゥゲス(Margarita Portuguez)は、「若い大臣でありながら、すでに代議士を務めた経験があり、学生闘争の指導者として多大な経歴を持つ彼は、対話に対する性格を鍛え上げ、また代議士の経験は、法律とプログラムを推進するために行われるべき、連携と重要な対話を生み出すだろう」と彼について述べている。
副大統領はイスキア・ヤスビン・シチェ・パステン(Izkia Siches)が務める。彼女自身が望んだ職というが、内務省のトップに女性が配置されるのは史上初のことだ。1986年3月4日、米国で生まれたシチェ・パステンは35歳だ。チリ大学で公衆衛生の修士号を取得し、2014年よりサン・フアン・デ・ディオス・デ・キンタ・ノルマル病院(Hospital San Juan de Dios de Quinta Normal)感染症科で働いている。 大学時代には共産党青年団に参加するなど、早くから政治に関心を寄せていた。共産党員ではなかったが拡大戦線(Frente Amplio)と関係を持っていた。 チリ大学学生連盟(FECH)の評議員として、また後に医学生センターの会長として活躍した。2014年、医師会サンティアゴ地域協議会を主宰、2017年には女性として、そして最年少で同医師会の会長に着任している。COVID-19のパンデミックにおいても主導的な役割を果たしており、2020年には経済学者とともに分野横断型ワークグループを通じ社会が必要とする支援を検討、政府も提案された基金導入を行なっている。彼女の医師会会長としての取り組みは評価され2021年にTIME誌から「世界で最も影響力のある女性100人」に選ばれている。ガブリエル・ボリッチの決選投票時にキャンペーンに加わり選挙活動を率いていた。地方における選挙活動を主導していたが、北部で良い成績を収められたのは彼女のおかげだという人もいるほどその影響力は大きい。
財務大臣となるマリオ・マルセルは現在中央銀行総裁を務めている。英国ケンブリッジ大学で修士号を取得し、世界銀行や経済協力開発機構(Organisation for Economic Cooperation and Development:OECD)での勤務経験も持つ。彼は社会党(Partido Socialista)に近い無所属で経済界から大きな支持を受けている。リカルド・ラゴス(Ricardo Lagos Escobar)の下で財務省予算局長やミチェル・バチェレ(Verónica Michelle Bachelet Jeria)の下で大統領顧問会議議長の職も担っていた。アウグスト・ピノチェト軍事独裁政権の流れを汲む国民革新党に所属し現在大統領を務めるセバスチアン・ピニェラ(Miguel Juan Sebastián Piñera Echenique)さえも彼をその重要ポジションから外さなかったほどだ。ボリッチは彼の入閣に際して「マルセルの実績は疑う余地がなく、また、我々が推進しなければならない困難で、幅広い合意を必要とする改革に真剣に取り組むことを保証してくれる」人材であることを述べている。
国防大臣を努めるマヤ・フェルナンデス(Maya Fernández)は元大統領サルバドール・アジェンデの孫にあたる。1973年9月11日の軍事クーデターを機に家族でキューバに移住し、21歳までキューバにいた。1992年からチリ大学で生物学を、その後獣医学を学び理学士号を取得している。父はキューバの外交官で秘密工作員だったルイス・フェルナンデス・オニャ(Luis Fernández Oña)。アジェンデが国の代表を務めていた頃チリでアジェンデの娘で外科医だったベアトゥリス(Beatriz Allende Bussi)と結婚、マヤが生まれた。2002年、農牧庁(Servicio Agrícola y Ganadero:SAG)に入庁。2006年から2012年まで国際経済関係総局(Dirección General de Relaciones Económicas Internacionales:DIRECON)でチリが署名した条約や貿易協定における衛生植物検疫の問題を担当していた。
閣僚人事:
内務省・公共安全省(Ministerio del Interior y Seguridad Pública):イスキア・シチェ(Izkia Siches)
大統領府事務総局(Ministerio Secretaría General de la Presidencia):ジョルジオ・ジャクソン(Giorgio Jackson)
政府事務総局(Ministerio Secretaría General de Gobierno): カミラ・バジェホ(Camila Vallejo)
財務省(Ministerio de Hacienda):マリオ・マルセル(Mario Marcel)
社会開発省(Ministerio de Desarrollo Social):ジャネット・ベガ(Jeanette Vega)
文部科学省(Ministerio de Educación):マリオ・アビラ(Mario Ávila)
女性・ジェンダー公正省(Ministerio de la Mujer y la Equidad de Género):アントニア・オレジャーナ Antonia Orellana
経済発展観光省(Ministerio de Economía, Fomento y Turismo):ニコラス・グラウ (Nicolás Grau)
国防省(Ministerio de Defensa Nacional):マヤ・フェルナンデス(Maya Fernández)
法務省・人権擁護局(Ministerio de Justicia y Derechos Humanos):マルセラ・レオス(Marcela Ríos)
労働・社会保障省(Ministerio del Trabajo y Previsión Social):ジャネット・ハラ(Jeanette Jara)
公共事業省(Ministerio de Obras Públicas):フアン・カルロス・ガルシア(Juan Carlos García)
外務省(Ministerio de Relaciones Exteriores):アントニア・ウレホア(Antonia Urrejola)
保健省(Ministerio de Salud):ベゴニャ・ヤルサ(Begoña Yarza)
住宅都市開発省(Ministerio de Vivienda y Urbanismo):カルロス・モンテ(Carlos Montes)
農務省(Ministerio de Agricultura):エステバン・バレンズエラ(Esteban Valenzuela)
鉱業省(Ministerio de Minería):マルセラ・エルナンド(Marcela Hernando)
運輸通信省(Ministerio de Transportes y Telecomunicaciones):フアン・カルロス・ムニョス(Juan Carlos Muñoz)
国有財産省(Ministerio de Bienes Nacionales):ハビエラ・トロ(Javiera Toro)
エネルギー省(Ministerio de Energía):クラウディオ・ウエペ(Claudio Huepe)
環境省(Ministerio del Medio Ambiente):マイサ・ロハス(Maisa Rojas)
文化芸術遺産省(Ministerio de las Culturas, las Artes y el Patrimonio):フリエタ・ブロツキー(Julieta Brodsky)
スポーツ省(Ministerio del Deporte):アレクサンドラ・ベナド(Alexandra Benado)
科学技術知識イノベーション省(Ministerio de Ciencia, Tecnología, Conocimiento e Innovación):フラビオ・サラサール(Flavio Salazar)
今回の政権を政党別で見ると拡大戦線(Frente Amplio:FA)と共産党(Partido Comunista:PC)を中心とする尊厳連合(Apruebo Dignidad)が11名、3名が社会党(Partido Socialista:PS)、民主のための党(Partido por la Democracia:PPD)、急進党(Partido Radical:PR)、自由党(Partido Liberal:PL)から各1名、無所属が7名が選出されている。
人事の決定に際しては無党派層を取り込み、等価性を持たせようとする動きがあった。これはミシェル・バチェレ(Michelle Bachelet)前大統領の第1期大統領任期(2006〜2010年)における内閣においても取られた方針であった。またガブリエル・ボリッチの所属する尊厳連合のみが重要な役割を担うのではなく伝統ある政党、民主社会主義(PS-PD-PR、PL)に対してにも席を用意したのは、彼の政策を前進しさせ軌道に乗せるためには「政治と社会の支持基盤を拡大」しなければならならなかったためとボリッチは述べている。尊厳連合は、下院議員37人(全155人中)、上院議員5人(全43人中)しかいない。なお公約に「確実性」を持たせるための閣僚人事決定に際してボリッチは1月2日からビッグデータ企業のウンオルステル(Unholster)と協力して、政権候補者それぞれの経歴を確認、政党から届いた役職名と提案のリストをチェックしていたという。
ビクトル・ハラの名前を出しながら発表したメンバーによる新政権は2022年3月11日に発足する。
※マリオ・マルセルはCOVID-19への厳戒体制を引いているため式典には欠席
参考資料:
1. La tarea de más seguridad recae en Izkia Siches, primera mujer a cargo de Interior
2. Comité político de Boric: la confianza (y mucha amistad) por sobre el cuoteo
3. Boric nombra a la primera ministra del Interior de la historia y suma a varias figuras de la ex Concertación a su gabinete
4. Gabriel Boric presenta su gabinete en Chile: 4 señales del próximo gobierno del país
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