エクアドル内務省(Ministerio del Interior)のデータによれば、同国のサッカー選手たちは、クラブチームが賭博業者(casas de apuestas)をユニフォームやスタジアムの正式スポンサーとして受け入れるようになって以降、暴力と不安にさらされる状況が続いている。
内務省の統計では、過去10年間に殺害されたサッカー選手は23人に上る。このうち、2022年以前に発生した事件は4件にとどまる一方、残る19人は、賭博業者が公式にサッカー界へ参入した2022年以降に命を落としている。オンラインスポーツ賭博は以前から限定的に存在していたが、2022年以降、急速に普及した。それに伴い、選手を標的とした武装攻撃も増加しているとされる。
2025年には、エクアドル国内のリーガプロ(LigaPro)、セリエB(Serie B)、さらには昇格トーナメント(torneo de ascenso)でプレーしていた5人のサッカー選手が殺害されたほか、3人の選手が銃撃事件に巻き込まれ負傷した。これらの犯罪はいずれも競技場外で発生しており、現在も捜査が続けられている。
最近の事例として挙げられるのが、2025年12月17日水曜日に発生した事件である。この日の午後、バルセロナS.C.(Barcelona S.C.)に所属するマリオ・ピネイダ(Mario Pineida)選手とその同伴者が、2人組の襲撃者によって殺害された。事件は現在も捜査が続けられているが、エクアドルのサッカー界を取り巻く賭博の存在が背景にある可能性も否定できない。
法的枠組み
2011年、エクアドルでは国民投票(Consulta Popular)が実施され、カジノやゲームセンターなどのギャンブル事業を禁止すべきかどうかが国民に問われた。その結果、賛成票は45.77%となり、禁止が承認された。
これを受け、観光省(Ministerio de Turismo)は「ギャンブルの移行制度に関する規則(Reglamento del Régimen de Transición de los Juegos de Azar)」を発布した。さらに、カジノやゲームセンターの閉鎖が命じられ、刑法(Código Penal)には、これらの施設の運営・管理・設置、ならびに一般的なギャンブル事業に従事する行為を処罰対象とする条項が追加された。
一方で、2019年12月、国務総監府(Procuraduría General del Estado)は見解書を公表した。この中で、国民投票による禁止および刑法の規定は、あくまで物理的なギャンブル、すなわちカジノやゲームセンターに限定されるものであり、オンライン賭博には適用されないとの解釈が示された。オンライン賭博は、利用者の知識や技量に基づくスポーツ予測(pronósticos deportivos)として分類されている。
エクアドルにおけるスポーツ賭博の定着
2023年、エクアドルサッカー連盟(Federación Ecuatoriana de Fútbol)は、賭博業者1社を公式スポンサーとして発表した。契約期間は2027年までとされ、スポーツベッティング事業が制度的スポンサーとして定着したことを示す動きとなった。
翌年に行われた調査では、エクアドル国内で運営されているオンライン賭博業者のうち、納税者登録番号(Registro Único de Contribuyentes:RUC)を取得している事業者はごく一部に限られていることが判明した。残る多くの事業者はRUCを持たず、キュラソー(Curazao)など海外の管轄下から運営されている実態が明らかになった。
2025年には、国税庁(Servicio de Rentas Internas:SRI)がエクアドル国内でRUCを取得しているスポーツ賭博サイトとして19件を登録した。
これらのプラットフォームにおける最低賭け金は0.50米ドルから設定されており、高額なものでは5,000米ドルを超える賭けも可能とされている。通常、ブックメーカーはSNSでの投稿や広告を通じて利用者への周知を行っている。
エクアドルで殺害されたサッカー選手
マリオ・ピネイダ(Mario Pineida)
リーガプロ・セリエA(LigaPro Serie A)に参戦するバルセロナ・スポルティング・クラブ(Barcelona Sporting Club)に所属していたプロサッカー選手マリオ・ピネイダは33歳であった。2025年12月17日、グアヤキル(Guayaquil)北部のサマネス地区(Samanes)で殺害された。日常と死の脅威が入り混じる、典型的な街区のひとつである。
警察によると、事件が発生したのは午後4時ごろである。ピネイダは母親とともに精肉店の外にいたところを襲撃された。オートバイに乗った2人組が発砲し、ピネイダはその場で死亡した。パートナーは負傷したものの、救急隊員の手当てを受け、命に別状はなかった。
エクアドル代表にも2度選出され、2015年と2021年に招集を受けていたピネイダは2010年、インデペンディエンテ・デル・バジェ(Independiente del Valle)でプロキャリアをスタートさせた。同クラブの下部組織で育成され、6シーズンにわたりプレーした後、2016年に国内有数の人気クラブであるバルセロナ・スポルティング・クラブ(Barcelona Sporting Club)へ移籍した。
2022年、マリオ・ピネイダ(Mario Pineida)は国外での挑戦を選び、ブラジル1部リーグのフルミネンセ(Fluminense)に加入した。1年後にグアヤキル(Guayaquil)へ戻り、再びバルセロナ・スポルティング・クラブ(Barcelona Sporting Club)の一員としてプレーしたが、同シーズン途中にはキト(Quito)を本拠地とするクルブ・デポルティボ・エル・ナシオナル(Club Deportivo El Nacional)へ期限付き移籍した。
キャリアを通じて、ピネイダは複数のタイトルを獲得している。バルセロナでは2016年と2020年に国内リーグ優勝を果たし、フルミネンセでは2021年にカンピオナート・カリオカ(Campeonato Carioca)を制した。最後のタイトルは2024年で、エル・ナシオナルの一員としてコパ・エクアドル(Copa Ecuador)を獲得している。
店舗で発生した銃撃事件について、防犯カメラ映像が犯行の一部始終を記録していたことが分かった。映像には、襲撃者たちの落ち着いた動きと、現場に広がった恐怖が鮮明に映し出されている。映像によると、店内に入ったひとりの男は、ためらう様子もなくピネイダに銃を向けた。突然の状況に驚いたピネイダは、強盗だと勘違いしたかのように腕を上げたが、男はそのまま発砲を開始。店内には連続した銃声が響き、緊迫した空気が一気に広がった。
同じ頃、もうひとりの襲撃者がバイク用ヘルメットで顔を隠したまま、数メートル離れた場所にいたピネイダのパートナーに向かっていた。従業員たちは箱の陰に身を隠しながら、目の前で起きる暴力を目撃することになった。さらに、ピネイダを襲った男は女性の元へ歩み寄り、逃げ場のない状況の中で彼女にも銃を向けた。
この出来事は、防犯カメラだけでなく、現場に居合わせた人々の記憶にも深く刻まれた。グアヤキルでは近年、こうした事件が繰り返し発生しており、市民の間では「暴力が日常の一部になりつつある」との声が広がっている。警察は引き続き捜査を進めており、事件の全容解明を目指している。
ジョナサン・“スピーディ”・ゴンサレス(Jonathan “Speedy” González)
ジョナサン・ゴンサレスは31歳で、2025年シーズン、エクアドルサッカーのセリエBに参戦していた22・デ・フリオ(22 de Julio)でウイングとしてプレーしていた。
2025年9月19日の夜、ゴンサレスは沿岸都市エスメラルダス(Esmeraldas)のビスタ・アル・マール地区(Vista al Mar)で殺害された。遺族の証言によれば、武装した男2人がオートバイで現れ、ゴンサレスが妻と暮らしていた住宅に向けて発砲したという。ゴンサレスは頭部と肩に銃弾を受け、その場で死亡した。
この襲撃では、ゴンサレスの義兄にあたるダリオ・バタージャ・キニョネス(Darío Batalla Quiñones)も命を落とした。バタージャ・キニョネスもサッカー選手であり、事件の直前に22・デ・フリオ(22 de Julio)の練習に合流したばかりであった。
ゴンサレスは2013年にインデペンディエンテ・デル・バジェ(Independiente del Valle)でプロデビューを果たした。その後、国内外の複数クラブでキャリアを積み重ねた。エクアドル国内では、リーガ・デ・キト(Liga de Quito)、デポルティーボ・クエンカ(Deportivo Cuenca)、デルフィン(Delfín)、アウカス(Aucas)、ムシュク・ルナ(Mushuc Runa)でプレーし、最終的に22・デ・フリオに所属して2025年のセリエBを戦った。
また、海外ではメキシコのレオネス・ネグロス(Leones Negros)およびドラドス・デ・シナロア(Dorados de Sinaloa)、さらにパラグアイのオリンピア(Olimpia)でプレーした経験を持つ。ゴンサレスはエクアドル代表(Selección ecuatoriana)にも招集され、代表として公式戦に出場している。
ジョナサン・ゴンザレスは、引き分けに終わった試合で負けるよう脅されていた。八百長の圧力は、選手たちにとって命がけのゲームとなった。
レアンドロ・イェペス(Leandro Yépez)
レアンドロ・イェペスは、エクサプロモ・コスタFC(Exapromo Costa FC)に所属するサッカー選手で、エクアドルサッカーの3部にあたるナシオナル昇格トーナメント(Ascenso Nacional)に出場していた。2025年9月10日、沿岸都市マンタ(Manta)で発生した銃撃事件により負傷し、同月13日に死亡した彼は28歳であった。
事件当時、イェペスはデポルティーボ・キト(Deportivo Quito)とのナシオナル昇格トーナメント16強戦を前に、チームメイトとともに合宿を行っていた。合宿は試合前に宿泊施設で休養を取るためのもので、当時はホスタル(Hostal)に滞在していた。
イェペスは主にエクアドルの下部リーグ、いわゆる昇格リーグでプレーしてきた選手である。育成期をインデペンディエンテ・デル・バジェ(Independiente del Valle)で過ごし、初期にはインデペンディエンテ・ジュニオルス(Independiente Juniors)にも在籍した。
2014年以降は国内の複数クラブを渡り歩き、CDクラン・フベニル(CD Clan Juvenil)、アナコンダFC(Anaconda FC)、テクニコ・ウニベルシタリオ(Técnico Universitario)、テクニ・クラブ(Tecni Club)でプレーした。2017年から2019年にかけては、アウダス・オクトゥブリーノ(Audaz Octubrino)、ゴールデン・ボーイズFC(Golden Boys FC)、デポルティーボ・モカチェ(Deportivo Mocache)に所属した。
2020年以降はチャカリタスFC(Chacaritas FC)でキャリアを継続し、その後クンバヤFC(Cumbayá FC)へ移籍。2021年にはデポルティーボ・キトへ期限付き移籍し、その後はサント・ドミンゴ(Santo Domingo)およびデポルティーボ・コロン(Deportivo Colón)でプレーした。
2024年にはボニータ・バナナ(Bonita Banana)とCDエベレスト(CD Everest)に所属し、2025年にはダキレマFC(Daquilema FC)でプレー。同年9月、ナシオナル昇格トーナメントに出場するため、エクサプロモ・コスタFCに加入していた。
マイコル・バレンシア(Maicol Valencia)
バレンシアはエクサプロモ・コスタFC(Exapromo Costa FC)に所属していた選手で、武装襲撃事件の数時間前にクラブの新戦力として発表されたばかりであった。2025年9月、マナ(Manta)のホステルで発生した襲撃事件において、チームメイトのレアンドロ・イェペスが死亡した同じ場所で命を落とした。
これまで、エクアドルサッカーのセグンダ・カテゴリー(Segunda Categoría)のクラブでプレーしており、2023年にはコトパクシ県(Cotopaxi)のクラブ・デポルティーボ・ラ・ウニオン(Club Deportivo La Unión)、2025年にはサンタ・エレナ県(Santa Elena)のクラブ・デポルティーボ・カルロス・ボルボル・レジェス(Club Deportivo Carlos Borbor Reyes)に所属していた。エクサプロモ・コスタFCでは公式戦の出場経験はなかった。
ミゲル・ナサレノ(Miguel Nazareno)
ナサレノはインデペンディエンテ・デル・バジェ(Independiente del Valle)の下部組織に所属する育成選手で、インデペンディエンテ・ジュニオルス(Independiente Juniors)に在籍していた。クラブはセリエB(Serie B)に参戦しており、ナサレノはU-17(Sub-17)カテゴリーでプレーしていた。2025年11月5日、自宅において襲撃を受け死亡した。プロ公式戦の出場経験はなかった。
武装攻撃を受けたが生存した選手
リチャード・ミナ(Richard Mina)
リガ・デ・キト(Liga de Quito)のディフェンダーで、2025年1月4日にグアヤキルで休暇中に銃撃を受けた。犯行は強盗によるもので、ミナは病院に搬送され、治療を受けて回復した。所属クラブはリーガプロ・セリエA(LigaPro Serie A)である。
アリエル・スアレス(Ariel Suárez)
オレンセSC(Orense SC)の選手で、2025年9月17日に強盗未遂の際に銃撃を受けた。頭部に浅い負傷を負ったが、医療施設で治療を受けて回復した。クラブはリーガプロ・セリエAに所属している。
ブライアン・アングロ(Brayan Angulo)
リガ・デ・ポルトビエホ(Liga de Portoviejo)のフォワードであるアングロは2025年10月16日、ポルトビエホ(Portoviejo)のレアレス・タマリンドス(Reales Tamarindos)スタジアムでの練習に向かう途中、銃撃を受けた。攻撃を免れたものの、安全上の理由からチームを離脱している。
エクアドルは、武装紛争事件データ・位置プロジェクト(Armed Conflict Location & Event Data Project:ACLED)によると、世界で最も危険な国の6位に位置している。報告によれば、過去12か月間で50を超える武装集団が暴力事件に関与している。
2025年に発生したサッカー選手への攻撃や殺害は、このような国内の治安悪化の背景の中で起こったものである。
参考資料:
1. Estos son los futbolistas asesinados en Ecuador en 2025
2. Con el auge de las casas de apuestas aumentaron los ataques y asesinatos a futbolistas

No Comments