アレハンドラ・リッソ(Alejandra Rizzo)によるコラムの日本語訳である。彼女はアルゼンチン・サンルイス(San Luis)州の女性集団「アケラレ・フェミニスタ(Colectiva Aquelarre Feminista)」のメンバーである。アレハンドラはフェミニスト運動家であり、ラテンアメリカ・カリブ地域のニュースサイト「NODAL(Noticias de América Latina y el Caribe)」の分析者でもある。
なお、彼女の分析を補完するために、「安全で合法的な中絶へのアクセスのための国際行動デー」が制定された背景も記載する。
アルゼンチン右派の代表格であるハビエル・ミレイ(Javier Milei)をはじめとする勢力による、フェミニズムやLGBTTIQ+運動への攻撃的な言説は広く知られている。彼らは、これらの運動に関わる人々を「小児性愛者」「殺人者」と中傷するだけでなく、近年では人口減少の原因であるとまで断定している。こうした非難は、グローバルな右派の言説に共通するものであり、フェミニズム運動が本来対峙している根本的な問題から目を逸らさせる役割を果たしている。「安全で合法的かつ無償の中絶へのアクセスのための国際行動デー(Día de Acción Global por el Acceso al Aborto Legal, Seguro y Gratuito)」を迎えるにあたり、いま一度問い直すべきは、「現在の資本主義の新たな局面において、人口動態の変化をもたらしている本当の要因とは何か」という点である。
この新しい資本主義のフェーズを特徴づけるのは、「経済のデジタル化」と「金融化」という二つの中心的なプロセスだ。これらは「第四次産業革命(la cuarta revolución industrial)」によって加速され、世界の経済構造を大きく再編しつつある。その影響は、私たちの生活スタイルや人間関係、さらには自分自身の身体に対する自律性にまで及んでいる。
この傾向は、ラテンアメリカおよびカリブ地域において明らかである。ラテンアメリカおよびカリブ地域において、出生率の低下傾向は顕著である。地域全体の合計特殊出生率は、2000年には女性1人あたり2.6人であったが、2023年には1.78人にまで減少し、人口置換水準を大きく下回る水準となっている。各国の状況を見ると、ブラジルでは2000年の2.4人から2023年には1.75人に低下した。メキシコでは2.7人から1.73人へ、チリでは2.2人から1.75人へと減少している。コロンビアも同様に2.6人から1.94人に下がった。歴史的に出生率が高かったエクアドルにおいても、2000年の3.1人から2023年には2.24人へと著しい減少が見られる。アルゼンチンもこの傾向に沿っており、2014年以降は出生率が持続的に低下している。2023年には1,000人あたり約12人の出生数となり、地域全体の動向と一致している。ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(Comisión Económica para América Latina y el Caribe:CEPAL)は、社会的に深刻な不平等と雇用の不安定性が特徴的なこの地域において、急速な高齢化が進んでいることを指摘している。
この現象は、政治的・社会的に多様な状況を抱える各国に共通して見られる急速かつ広範な出生率の低下である。言い換えれば、単一のイデオロギー的要因だけで説明することはできない。この点は、国際連合人口基金(Fondo de Población de las Naciones Unidas:UNFPA)が2025年に発表した報告書『世界人口の現状2025:真の出生率危機――変化する世界におけるリプロダクティブ・フリーダムの実現(Estado de la Población Mundial 2025: La verdadera crisis de fecundidad: Alcanzar la libertad reproductiva en un mundo de cambios)』においても明確に認識されている。同報告書は、低出生率が「多くの人々が経済的および雇用上の不安定といった構造的障壁によって、望む家族を築けない現実を反映している」と指摘している。こうした不安定さは、資本主義の新たな段階における機能的な特徴である。重要なのは、子どもを持つか持たないかの決定が、妊娠中絶の自主的選択を支持するフェミニズム思想に基づくものではなく、世界規模で「労働」「身体」「テクノロジー」を再編成するこの新たな資本主義段階が課す物質的条件によって左右されている点である。このプロセスは、世界の労働者階級の大部分を、ますます「代替可能で使い捨て可能な存在」へと追いやっている。
資本主義体制は、我々の「可処分時間(tiempo disponible)」を奪い、それを剰余労働、すなわち報酬の発生しない利潤生産労働へと転換しようとしている。デジタルプラットフォーム、いわゆる「新たな工場」は、家庭の内部にまで搾取を拡大し、「生活」と「労働」の境界を曖昧にしている。この現象は、プロレタリア階級の再生産、すなわち出産や育児の減少傾向と一致しており、これは資本が自動化により、同じ水準の労働力再生産をもはや必要としなくなったことに起因している。
こうした状況において、「リプロダクティブ・フリーダム」つまり生殖の自由は、階級的特権へと変貌している。この資本主義の新たな段階を主導しているのは、世界の富の99%を極めて少数の手に握る巨大なテクノロジー企業および金融機関の所有者たちである。「新たな金融・技術貴族(Nueva Aristocracia Financiera y Tecnológica:NAFyT)」と呼ばれるこのエリート階層は、グローバルな金融資本と巨大テック企業の融合によって形成された。いまや国家そのものをも支配下に置き、世界規模で新たな秩序を強引に押し付けている。
彼らの「リプロダクティブ・フリーダム」は、労働者階級の現実と鮮明な対比をなしており、我々の身体に対する「誰が決定権を持つのか」という根本的な支配構造を露わにしている。例えば、イーロン・マスク(Elon Musk)は、約4,632億ドルの資産を持ち、少なくとも12人の子どもがいる一方で、テスラ(Tesla)の女性従業員の中絶のための渡航費を負担している。ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)も、約2,428億ドルの資産と4人の子どもを持ち、アマゾン(Amazon)を通じて同様の支援を行っている。一方、マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)は、約2,587億ドルの資産を保有しながら中絶に反対し、自身のプラットフォームから中絶薬に関するコンテンツの削除を指示している。
フェミニズムやトランスフェミニズムを「少子化の元凶」と非難する言説は、支配体制が社会的再生産を再編成している現実を隠すための煙幕にすぎない。背後には、自らを世界の支配者と位置づける者たちによる支配構造の維持がある。
我々の闘いは、「安全で合法的かつ無償の中絶」を求めることにとどまらない。それは、生命そのものを商品化する現体制に抗う闘いであり、人間の自由な選択を実現するための闘いである。つまり、脱商品化と階級のない世界の実現を目指し、我々が子どもを持つか否かを自由に決定できる権利を守るとともに、仮に子どもを持つ選択をしたとしても、その子どもたちがすべての人権にアクセスし、尊厳ある人生を送れるようにするための闘いである。
大衆的、黒人、そしてプロレタリアのトランスフェミニズムの立場から、我々は問題の根源、すなわち私有財産制、そして身体の客体化や労働の性別分業を通じて体制を再生産するブルジョア的単位としての「家族」を直接攻撃することを目指している。我々の闘いは、「真の自由な選択」を不可能にする異性愛的・家父長的資本主義に対するものである。
我々が問題なのではない。真の問題は、「誰が生まれるのか」「どのようにその命が形づくられるのか」という問いに対し、物質的な生存条件を支配することで決定権を行使している新たな金融・技術貴族である。
毎年9月28日は「安全で合法的な中絶へのアクセスのための国際行動デー」として設定されている。これは1990年に制定されたものである。この日には、世界中の女性たちが街頭に繰り出し、妊娠中絶の非犯罪化(脱刑罰化)を求めて行進を行う。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによれば、中絶を刑罰化しても中絶の実態を止めることはできない。むしろ刑罰化は中絶の安全性を著しく低下させ、人々を危険な方法に追い込む結果となっている。世界保健機関(World Health Organization:WHO)は、毎年およそ2,500万件の安全でない中絶が行われていると推計している。WHOのデータによると、安全でない中絶は世界における妊産婦死亡の第3位の原因であり、年間約500万人の障害を引き起こしている。これらの多くは適切な対応によって防ぐことが可能である。このため、毎年9月28日は女性や妊娠している人々が自らの身体に関する自律性を認められ、包括的な性教育や必要な医療サービスへのアクセスといった性と生殖に関する権利の重要性を再確認する日として位置づけられている。
なぜ9月28日なのか?
この日は、1990年にアルゼンチンのサン・ベルナルド(San Bernardo)で開催された「第5回ラテンアメリカ・カリブ女性会議(V Encuentro Feminista de Latinoamérica y el Caribe)」に由来する。当会議では、望まない妊娠・出産が女性に対する一種の「奴隷状態」であること、性教育や避妊手段へのアクセスの不足、そして自分の身体に関する決定権こそが基本的人権であるという議論が交わされた。この歴史的な会議の意義を受けて、毎年9月28日が「安全で合法的な中絶へのアクセスのための国際行動デー」として定められ、女性の権利と生殖の自由を訴える日となっている。
第5回ラテンアメリカ・カリブ女性会議には約200名が参加しており、彼女たちはこの日を女性および妊娠しているすべての人が合法的で安全かつ尊厳を持って中絶にアクセスできるよう闘う日と位置づけることを決定した。
さらに、9月28日は1888年にブラジルで「子宮の自由(libertad de vientres)」が宣言された日でもあり、この法令により、奴隷女性から生まれたすべての子どもたちが自由を保証された。メキシコ国家人権委員会(Comisión Nacional de los Derechos Humanos:CNDH)によるとこの歴史的な日付も併せて記念日として選ばれた。
参考資料:
1. América Latina y el 28S: no es el feminismo, es la Nueva Aristocracia Financiera y Tecnológica – Por Alejandra Rizzo
2. ¿Por qué se conmemora el Día de Acción Global por el Acceso al Aborto Legal y Seguro?
No Comments