フィリピン:イロイロのダム事業に関連する人権侵害について韓国での正義を追求

(Photo:DASAN CONSULTANTS)

フィリピン西ビサヤ地方(Western Visayas)で建設が進められている大型ダム事業「ハラウル川多目的プロジェクト第2段階(Jalaur River Multi-Purpose Project Stage II:JRMP II)」に関連し、韓国輸出入銀行(Export-Import Bank of Korea:KEXIM)および韓国の建設企業が人権侵害に加担したとして、先住民族団体および人権擁護団体が韓国国内で訴えを起こしている。

「ハラウル川多目的プロジェクト(Jalaur River Multi-Purpose Project:JRMP)」とは、フィリピン・西ビサヤ地方イロイロ州(Iloilo)カリノグ町(Calinog)のトユンガン村(Barangay Toyungan)で進められている農業灌漑、水力発電、洪水調整、水供給などを目的とする多目的ダムプロジェクトを言う。Stage I(第1段階)は主に既存のダムの拡張や初期的なインフラ整備を含み、Stage II(第2段階)は新規の大型ダム建設や大規模な導水路建設などプロジェクトの拡張フェーズに該当する。建設・整備される主な施設・設備は以下のとおりである:

  • 本ダム(Jalaur High Dam):高さ109メートルのコンクリート重力式ダム

  • 調整池ダム(Afterbay Dam):高さ38.5メートル

  • 導水路(High Line Canal):全長80.74キロメートル

  • 貯水池(Reservoir):雨季・乾季を通じた灌漑用水の貯留

  • 灌漑施設(Irrigation Facilities):イロイロ州内の農地約3万ヘクタールに水を供給

  • 水力発電施設(Hydroelectric Power Plant):出力6.6メガワット

  • 給水供給機能(Water Supply System):農業以外の地域住民に向けた飲料水の供給も含まれる予定

2012年にKEXIMの「経済開発協力基金(Economic Development Cooperation Fund:EDCF)」を通じて供与された有償借款により実施されている政府開発援助(Official Development Assistance:ODA)事業である。プロジェクトは国家灌漑庁(National Irrigation Administration:NIA)が主導しており、上述の通り韓国輸出入銀行からの896億フィリピン・ペソの有償借款により実施されている。2025年6月時点で第2段階の完成進捗率は約80%に達している。

2024年7月16日(火)、第2段階フェーズの竣工式が、フィリピン共和国大統領フェルディナンド・マルコス・ジュニア(Ferdinand Marcos Jr.)によって執り行われた。フィリピン政府は、この大規模事業を通じて、イロイロ州を再び国内最大のコメ生産地として位置づけることを目指している。一方プロジェクト全体の目的は、以下のとおりである:

  • 農業の安定化と生産性の向上

  • 干ばつおよび洪水リスクの軽減

  • 地方経済の発展支援(特に農村部)

  • 再生可能エネルギー(小規模水力発電)による電力供給

  • 飲料水供給の強化

 

なぜ韓国を舞台に訴えているのか

2025年8月26日(火)、パナイ島(Panay)の先住民族トゥマンドク(Tumandok)、住民団体「人々のためのハラウル川運動(Jalaur River for the People’s Movement:JRPM)」、および「韓国トランスナショナル企業ウォッチ(Korean Transnational Corporations Watch)」の3団体は、韓国輸出入銀行(Export-Import Bank of Korea:KEXIM)および大宇建設(Daewoo Engineering and Construction Company)に対し、韓国の関係機関に正式な苦情を申し立てた。これは国内での救済が得られなかったため、国外での正義追求に踏み切ったものである。

訴えを起こした団体によれば、本プロジェクトの過程で、2020年にトゥマンドクの指導者9名が殺害される事件が発生した。そもそも本プロジェクトは、先住民族トゥマンドクの先祖伝来の土地で実施されている。活動家たちは、この計画により、指導者殺害を含む超法規的殺害、恣意的な逮捕、土地収奪といった深刻な人権侵害が引き起こされていると主張している。

最初に提出された苦情は、トゥマンドクおよびJRPMがKEXIMに対して起こしたもので、これは経済開発協力基金(Economic Development Cooperation Fund:EDCF)に基づき設置された同銀行の「人権管理委員会(human rights management committee)」に提出された。同委員会は、KEXIMの融資活動および業務に関する苦情の対応を担当している。

二つ目の苦情は、3団体が共同で大宇建設(Daewoo Engineering and Construction Company)に対して提出したものであり、これは韓国の「ナショナル・コンタクト・ポイント(National Contact Point:NCP)」に受理された。NCPは、経済協力開発機構(Organisation for Economic Cooperation and Development:OECD)が策定する「多国籍企業ガイドライン(Guidelines for Multinational Enterprises)」の実施を担う非司法的苦情処理機関である。

Rapplerが入手した苦情文書によれば、韓国輸出入銀行(KEXIM)および大宇建設(Daewoo)は、経済開発協力基金(EDCF)の「セーフガード方針」およびOECDガイドラインに違反しており、具体的には超法規的殺害、恣意的逮捕、土地の強制収用、環境破壊などの人権侵害が指摘されている。

 

 

住民の強制移住と文化の破壊

各団体は提出された苦情の中で、当該プロジェクトの推進主体が法的に義務付けられた「自由で事前の十分な情報に基づく同意(Free, Prior and Informed Consent:FPIC)」を取得していなかったと主張している。さらに、実施された「協議」は国家治安部隊による威圧、虚偽の情報提供、強制を伴って行われたとされている。

訴えによれば、本ダムはトゥマンドクの埋葬地を含む、先祖伝来の土地および森林約500ヘクタールを水没させ、土地の喪失と文化遺産の冒涜を引き起こした。加えて、移住を余儀なくされたトゥマンドクに提示された再定住地は「文化的に不適切」であり、彼らを伝統的な生業から切り離す結果となっている。

苦情ではまた、トゥマンドクのコミュニティにおける「軍事化」も指摘されており、監視、嫌がらせ、さらにはプロジェクト反対者に対する「赤タグ付け(red-tagging)」などの被害が挙げられている。「赤タグ付け」とは、個人や団体を無根拠に共産主義者や反政府勢力とみなす危険なレッテル貼りを指す。

各団体は韓国輸出入銀行(Export-Import Bank of Korea:KEXIM)に対し、ハラウル・ダム(Jalaur Dam)への融資および支援の即時停止を求めている。また、強制や人権侵害に関与したとされるフィリピンの関係機関との関係を断つこと、さらに大宇建設(Daewoo Engineering and Construction Company)に対する独立した調査の実施を要求している。加えて、住民らは被害に対する賠償、より厳格なセーフガード措置の導入、そして本プロジェクトに関連する人権侵害に関する正式な謝罪を求めている。

 

厳格なプロセスの下での実施と反論

ハラウル川多目的プロジェクト第2段階(Jalaur River Multi-Purpose Project Stage II:JRMP II)の広報担当であるスティーブ・コルデロ(Steve Cordero)は、韓国輸出入銀行(Export-Import Bank of Korea:KEXIM)が当該プロジェクトに対し、フィリピンおよび国際法の双方に準拠して一貫した監視を行ってきたと述べた。コルデロは「同銀行は、このプロジェクトの監視において決して怠慢ではなかった」と語り、「たとえKEXIMに対して訴訟が提起されたとしても、それに正面から対応できると確信している」と述べている。

コルデロによれば、KEXIMおよびその経済開発協力基金(Economic Development Cooperation Fund:EDCF)に所属する環境・社会セーフガードの専門家らが、2014年以降、四半期ごとに現地視察を実施しており、加えて利害関係者から構成される独立の多者レビュー・チームも調査を行った結果、重大な未解決問題は確認されなかったという。また、当プロジェクトはフィリピン政府企業顧問局(Office of the Government Corporate Counsel:OGCC)による法的監督および審査を経ており、国内法および国際法への適合が確保されていると強調した。さらにコルデロは、国家灌漑庁(National Irrigation Administration:NIA)が主導するハラウル・プロジェクトと、2020年に発生した殺害事件との間にいかなる関連性もないと強く否定した。スティーブ・コルデロは、「いわゆる虐殺事件と国家灌漑庁のいかなるプロジェクトや活動にも、まったく関係はない」と述べた。さらに同氏は、「殺害された者たちは、JRMP IIの影響を受けた家族でも利害関係者でもなく、当プロジェクトの対象となるバランガイ(Barangay)の正規住民ですらない」と付け加えた。

トゥマンドクの人々や擁護団体によると、2020年12月30日にフィリピンの警察と軍が行った合同作戦「Oplan Thunder Strike」により、イロイロ州とカピス州にあるトゥマンドクの村々で逮捕または殺害た人々はコミュニティの重要な指導者であり、地域社会の代表として伝統的な権利や土地保全を守る活動に携わっていた。一方コルデロのように政府サイドにいる人々は彼らを反政府活動や左翼武装勢力(ニュー・ピープルズ・アーミー)との関係を持っている人物と述べ、作戦の実施と超法規的殺害(適正な法的手続きを踏まずに殺害された)を正当化している。

 

なぜ韓国で訴えを起こすのか

「この訴えを通じて、亡くなった人々や被害を受けた人々、そして影響を受けたすべての人々に対して正義が実現されるべきだというメッセージを届けたい」と、「人々のためのハラウル川運動」のコーディネーター、ジョン・イアン・アレンシアガ(John Ian Alenciaga)はRapplerに語った。

アレンシアガによれば、彼らがフィリピン国内で訴訟を追求しなかった理由は、政府機関の非協力的な対応と人権侵害被害者に対する正義の実現が極めて遅れている現状によるという。「問題は、フィリピン国家警察(Philippine National Police:PNP)などの政府機関でさえ、検察官に必要な捜査資料を提供しないことだ」と彼は述べた。

また、アレンシアガは、フィリピン人権委員会(Commission on Human Rights:CHR)が先住民族指導者に対する殺害を人権侵害として公式に認定したものの、同機関の権限には限界があると指摘した。「CHRには召喚権(subpoena power)も起訴権もなく、できることには限界がある」と彼は付け加えた。

さらにアレンシアガは、先住民族のコミュニティにおける継続的な軍事化により住民の間に恐怖が広がり、被害者たちが国内で正義を求めることをためらっていると主張した。こうした状況が、韓国での責任追及に踏み切る要因になったという。

 

初めてではない訴え

今回のJRMP IIに関する訴えは、韓国で問題提起された初めての事例ではない。2018年10月、「人々のためのハラウル川運動(JRPM)」は、韓国の「ナショナル・コンタクト・ポイント(National Contact Point:NCP)」に対し、韓国輸出入銀行(KEXIM)およびDaewooに関する苦情を提出している。しかし当時、この訴えは「本プロジェクトが商業的性格を持たず、経済協力開発機構(OECD)のガイドラインの適用範囲外である」との理由で却下された。

JRPMのコーディネーター、ジョン・イアン・アレンシアガは、2020年12月にパナイ島のカピス州およびイロイロ州で行われた合同警察・軍事作戦中にトゥマンドクの指導者9人が殺害された事件を受けて、訴えを再び提起することを決意したと述べた。2023年にOECDがガイドラインを改定し、KEXIMのような韓国の国有企業も新たに適用対象に含まれることになったため、これに希望を見出したという。

今回KEXIMに対して提出された訴えは、2019年に設置された同銀行の「人権管理委員会」で初めて取り扱われる政府開発援助(ODA)関連の苦情である。アレンシアガは「今回が初のケースであるからこそ、この訴えが実を結ぶことに望みを託している。我々は『虐殺ではなかった』という虚偽の物語を正さなければならない。あれは意図的に行われた虐殺だった」と語っている。

#FPIC

 

参考資料:

1. Groups seek justice in South Korea over abuses tied to Iloilo dam project
2. Iloilo targets top rice producer status with Marcos inaugurating mega reservoir
3. Jalaur River Multi-Purpose Project

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