第39回イベロ・ラテンアメリカ映画祭トリエステ(Festival de Cine Ibero-Latino Americano de Trieste)の公式コンペティション部門(Sección Oficial/Concorso Ufficiale)において、ペルーとコロンビアによる共同制作映画『恐れられし肌(La piel más temida)』が審査員特別賞(Premio Especial del Jurado)を受賞した。
本作は、ペルーの映画監督ジョエル・カレロ(Joel Calero)による長編フィクション第5作であり、2019年のイベルメディア共同製作支援プログラム(Programa Ibermedia)による助成を受けて制作された作品である。映画は、「アイデンティティを模索する社会の、近過去の痛みを見つめ直す視点を提示している」として高く評価された。
ジョエル・カレロ(Joel Calero)監督による本作は、スウェーデンから22年ぶりにペルーへ帰国した女性アレハンドラ(Alejandra)を主人公として展開される。彼女は、母とともに祖国を離れてから20年を経て、クスコにある母の遺産の家を売却するため、従兄のアメリコ(Américo)と合流し、売買契約書に署名する目的で帰国する。しかし、彼女は父親がまだ生存しており、しかもセンデロ・ルミノソ(Sendero Luminoso)の構成員としてクスコの刑務所に服役していることを知る。この出来事によって、アレハンドラの旅の目的は大きく変化する。彼女は、3歳のときに自分を捨てた父という存在を知ろうと決意する。その過程で、この旅は単なる現実的な訪問ではなく、父という人物と祖国ペルーが自分自身に残した痕跡をたどる、深い内面的な旅へと変わっていく。
センデロ・ルミノソの教義においては、仲間の前で弱さを見せることは決して許されないとされていた。そのため、裏切りや「党」への協力拒否とみなされた者への「粛清」が行われる際には、たとえ犠牲者が身内であっても、感情を表に出すことは厳しく禁じられていた。この非人間的な教義は、多くの家族関係や情愛の絆を破壊していったのである。
ペルーを拠点に活動する文学研究者・大学教員のカルロス・ミルトン・マンリーケ・ラベロ(Carlos Milton Manrique Rabelo)は、この「クレーターのような衝撃を与える場面」が物語に二つの視点を提示していると指摘する。一つは、センデロ・ルミノソに関与した者たちの背後には、いかなる人生の物語が存在していたのかという問いである。彼らはなぜその道を選び、どのような背景や動機がそこにあったのか。これは個々の選択と責任の問題を超えて、歴史的・社会的文脈の中で人間をどう理解するかという問いかけである。もう一つは、26歳の娘が、自分の父親が実は生きており、しかもルカナマルカ虐殺というペルーの歴史における重大な惨劇を指揮した人物であると知ったとき、彼女の内面にどのような感情や葛藤が生まれるのかという、極めて個人的で深い問いである。
『恐れられし肌』は高い評価を得た一方で、ペルー国内において激しい社会的議論を巻き起こした。ペルー映画擁護団体(Colectivo en Defensa del Cine Peruano)は、SNS上で攻撃を受けている本作の監督ジョエル・カレロおよび芸術・技術スタッフに対し、連帯の意を表明した。同団体は、「映画作品における創造的表現の自由に反対する一部勢力の動きに、十分警戒すべきである」と呼びかけている。これらの勢力は、「近年の歴史に対して誤った読み解きを行い、表現の自由を脅かしている」と指摘している。また、これらの動きは、国内作品に対する検閲を促進し、作品の信用を損ね、誤情報によって世論を混乱させることで、結果として映画という表現手段が持つアイデンティティと記憶の構築という社会的機能を損なうものであると非難している。
本作が批判の渦中にあるのは、かつてのテロ組織「センデロ・ルミノソ」を「反政府組織(grupo subversivo)」と表現したことによる。この用語の選択については、右派系の一部層から強い批判が上がっている。たとえば、フランシスコ・ピエローラ(Francisco Piérola)は、「この呼称は、同組織の行為の深刻さを曖昧にし、彼らの暴力と戦った人々に対する侮辱である」と主張している。
一方、ジャーナリストのウゴ・コヤ(Hugo Coya)は、自身のFacebook上で異なる視点を提示している。彼は、「映画は国の痛ましい歴史を直視し、向き合うための重要な手段である」とし、本作の意義を評価している。コヤは、「歴史的な出来事は、個人的または家族的な視点からも描かれうるものであり、それによって社会全体の議論と理解が促進される」と述べている。
この作品に関する議論は、学者、社会活動家、そしてペルーの内戦(conflicto armado interno)を生き延びた被害者たちなど、さまざまな社会的立場の人々が参加したことにより、いっそう激しさを増している。
一部では、「テロリズムを美化している(romantizar el terrorismo)」との非難が上がっているが、他方で本作を擁護する声も多い。擁護派は、この映画を「国家の記憶と歴史を問い直すための芸術的表現」と捉え、社会的・歴史的な内省を促す作品として高く評価している。
本作は、「記憶の映画三部作(Trilogía fílmica de la memoria)」と呼ばれるシリーズの一部であり、ペルーの武力紛争が残した癒えぬ傷と、「記憶」と「忘却」をめぐる複雑な力学を掘り下げることを目的として制作されたものである。
本作をめぐる論争は、ペルー社会において過去の暴力の時代をどのように解釈し記憶するのかという問題に関し、いまだ根強く残る緊張と対立を如実に反映している。議論は単に映画そのものにとどまらず、芸術や文化がいかにして痛ましい過去をめぐる対話と理解に寄与しうるのかという点にも波及している。この対話が続くなかで明らかになるのは、集団としての記憶と国民的アイデンティティの形成において、多様な声と視点を尊重することの重要性である。『恐れられし肌』は、記憶と過去をテーマとする作品であると同時に、ペルー社会に根強く残る人種差別や偏見についても鋭く問いかける作品である。
アレハンドラには父の生存を知り一つの願いがあった。それは祖母からの協力を得て、父に面会することであった。これは、どんな娘にもある自然な人間的感情である。祖母は心優しく、つつましい家庭に生きる女性であった。しかし、その魂には息子の行いに対する深い痛みと理解できなかった葛藤が沈殿していた。祖母は「センデロ」の活動を決して支援せず、理解することもなかった。だが、その中で明らかになるのは、息子がどのような人物であれ、変わらず面会に通い続ける、母の無限の優しさであった。祖母はアンデスの遠く離れた村で一人暮らしをしながら、今も獄中の息子を訪ねている。
本作は、孫娘と祖母という二人の女性が、現在においてもなお、かつての暴力の時代の痛ましい傷を抱えて生きている姿を描く作品であり、極めて人間的な作品である。ペルーの主要な国内武力紛争は、1980年から2000年にかけてアンデス地方を中心に発生した。数十年が経過した今も人々の心に深い影を落とし、苦しみが今なお続いていることを再確認させるものである。
1983年5月21日、サクサマルカ農民共同体(comunidad campesina de Sacsamarca)の数百人の住民たちは、数か月前にルカナマルカおよびウアンカサンコスの兄弟たちを残虐にも虐殺したセンデロ・ルミノソの殺戮部隊を打ち破るという早くも英雄的な行動を成し遂げた。この戦いは一日中続き、サクサマルカ住民10名以上と1人の警察官が命を落とすという痛ましい代償を伴ったが、政治的暴力の始まり以来、センデロ・ルミノソに対する最初の敗北をもたらした歴史的意義を持つ。それは命を、民主主義を、平和を選んだ農民共同体の模範的な行動であり、まさに『恐れられし肌』の物語と重なるように、現在でも毎年、地域の当局とともにその英雄的行為を讃え、亡くなった人々を追悼している。彼らはその記憶を心に刻み、「二度と繰り返さない」ことを誓っている。
出演者には、映画『Los últimos』で知られるフアナ・ブルガ(Juana Burga)、『NN』『La deuda』『Retablo』『Samichay』などに出演したアミエル・カヨ(Amiel Cayo)、『El evangelio de la carne』『Planta madre』『El elefante desaparecido』『La última noticia』『La pasión de Javier』などで知られるルチョ・カセレス(Lucho Cáceres)、そしてマリア・ルケ(María Luque)が名を連ねている。
他の映画作品等の情報はこちらから。
参考文献:
1. Film “La piel más temida” genera polémica social
2. “La piel más temida” (2024) de Joel Calero: lazos afectivos quebrantados por Sendero
3. Joel Calero revela los secretos detrás de su película ‘La piel más temida’ y responde a las críticas
作品情報:
名前: 恐れられし肌(La piel más temida)
監督: ジョエル・カレロ(Joel Calero)
脚本: ジョエル・カレロ(Joel Calero)
制作国: ペルー、コロンビア製作会社: Factoría Sur Producciones(ペルー)および Bhakti Films(コロンビア)
時間: 121 minutes
ジャンル: ドラマ(Drama/ドラマ)
※日本語字幕あり
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