エクアドル人は、8月4日(月)、バンコ・ピチンチャ(Banco Pichincha)から1億6000万ドル(約1億3720万ユーロ)を引き出した。これは通常の約3倍の額であり、同行のバーチャルチャネルにおける断続的な障害をきっかけに、SNS上で展開された偽情報キャンペーンによる金融パニックが原因とされる。バンコ・ピチンチャは、エクアドル最大の銀行であり、コロンビア、スペイン、アメリカ、ペルーにも事業展開している。
銀行に関する「偽の情報」を広め、国民に不安を引き起こす行為は、犯罪行為に該当する場合がある。本稿では、金融パニック罪(delito de pánico financiero)の意味と、その構成要件について解説する。
エクアドルでは、刑法第322条(artículo 322 del Código Penal)において、金融パニック罪が明文化されている。SNSなどを通じて虚偽の情報や軽率な発言、あるいは根拠のない噂を拡散することで、金融パニックが発生するおそれがある。これは、多くの人々が金融機関の健全性に対する信頼を一斉に失う現象である。ただし、この行為が犯罪として成立するには、以下の3つの結果のうち、少なくとも1つが現実に発生している必要がある。
1. 金融機関からの大規模な資金引き出し(retiro masivo de dinero)
これは、銀行や信用協同組合などの金融機関から、預金者や顧客が一斉に預金を引き出すことによって発生する。背景には、「銀行が破綻するのではないか」「預金が戻ってこないのではないか」といった集団的な恐怖が存在する。
2. 金融機関の安定性が脅かされること(poner en riesgo la estabilidad)
実際に資金の引き出しが起きていなくても、ある銀行に対する信頼が損なわれただけで、その金融機関や関連機関全体の安定性が危機に晒される可能性がある。
3. 金融機関の営業停止や破綻(provocar el cierre)
悪意ある噂や虚偽情報の拡散により、特定の金融機関が信頼を失い、資金繰りが悪化し、最終的に営業停止や破綻に至る場合がこれに該当する。
🚨 ALERTA | Circulan imágenes manipuladas que buscan desinformar.
— SuperDeBancosEc (@superbancosEC) August 4, 2025
⚠️El Banco Pichincha opera bajo la supervisión permanente de la Superintendencia de Bancos.
📱 Sobre su servicio digital, nos pronunciaremos oficialmente en breve.
📢 Rechazamos categóricamente la difusión de… pic.twitter.com/NXUAcqoWky
金融パニック罪は、エクアドルにおいて2014年の刑法(Código Penal de 2014)により初めて導入されたものであり、現在に至るまで改正は行われていない。この犯罪の類型化は、国家の金融システムを保護することを目的として行われたものであると、2013年当時の正義委員会(Comisión de Justicia)の委員であったマリアンヘル・ムニョス(Mariángel Muñoz)は説明している。
「理解すべきことは、刑法に規定された犯罪とは、市民に対するメッセージであるという点だ」と、刑法専門の弁護士レオネル・コルドバ(Leonel Córdova)は述べている。さらに彼は、「こうしたメッセージは、一般的に『何かをしてはならない』『何かをしなければならない』という行動規範を示している」と付け加えている。
金融パニック罪の具体例としては、「ある銀行が資金を海外に移している」あるいは「破綻寸前である」といった内容の偽情報を拡散する行為が挙げられる。このような情報は、銀行の顧客に不安と恐怖を与え、その結果として預金の大量引き出しが発生し、金融機関の安定性を脅かすなど、金融パニック罪に該当する結果を引き起こす可能性がある。
エクアドル国家検察庁(Fiscalía General del Estado)の公式ウェブサイトによれば、2015年1月から2025年7月までの間に金融パニック罪に関する通報件数は78件にあった。最も直近の事案は2025年8月4日に発生したものである。この日、バンコ・ピチンチャのモバイルバンキングサービスが機能停止し、8月の最初の週を通じて断続的な障害が続いた。利用者はアプリにアクセスできず、送金や支払いの確認も行えなかった。
この出来事の数日前、2025年8月1日にはある出来事が、社会の緊張を一層高めることとなった。SNS上で急速に拡散された動画が示すのは、ある顧客が、モバイルアプリ、ATM、その他のサービスの繰り返される障害に憤慨し、銀行の支店に向かったところバンコ・ピチンチャの会長アントニオ・アコスタ・エスピノサ(Antonio Acosta Espinosa)と遭遇した時の様子であった。アントニオ・アコスタは同社のサービスに対して苦情を述べた利用者に対し、「別の銀行に変えればいい、迷惑をかけるな(¡Cámbiese de banco y no joda!)」と発言している様子が収められていた。この発言は問題視され、8月3日、バンコ・ピチンチャは公式SNSアカウントを通じて謝罪文を発表し、本件に対する遺憾の意を表明した。
— Banco Pichincha (@BancoPichincha) August 3, 2025
銀行監督庁(Superintendencia de Bancos)は、金融システムの安定性および透明性を確保するために、継続的な監視を行う責任を負う機関である。このため、銀行監督庁長官ロベルト・ロメロ・フォン・ブッフヴァルト(Roberto Romero von Buchwald)は公式声明でバンコ・ピチンチャが財務指標を満たしていること、「この金融機関には十分な流動性(liquidez inmediata)と支払い能力(índices de solvencia)があり、問題なく対応できた。国としての金融不安は存在しない」ことを発表した。ロメロ長官は、このような実体のない金融不安説について強く否定し、同行にシステム障害が起きた月曜日、SNS上で「バンコ・ピチンチャは経営危機に陥り、業務を停止する」といった虚偽のメッセージが大量に拡散されたと述べている。
🔎 Boletín | La Superintendencia de Bancos realiza vigilancia continua del sistema financiero para garantizar su estabilidad y transparencia.
— SuperDeBancosEc (@superbancosEC) August 4, 2025
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銀行監督庁(Superintendencia de Bancos)は、バンコ・ピチンチャに対して行政制裁手続を開始したことも明らかにした。また、同行の顧客の預金は安全であることを強調し、「今回開始された手続は、インシデント報告義務の遵守にのみ焦点を当てている」と説明した。すなわち、同行が運用上または技術上の問題について、法的義務に基づき適時に報告を行ったかどうかを確認するという趣旨である。
La Superintendencia recuerda que los depósitos de los clientes de Banco Pichincha continúan seguros. La entidad mantiene niveles adecuados de liquidez y solvencia; el proceso iniciado se centra exclusivamente en el cumplimiento de la normativa de reporte de incidentes.
— SuperDeBancosEc (@superbancosEC) August 4, 2025
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銀行監督庁はまた、「国民を不安に陥れようとする無責任かつ根拠のないSNS上の投稿に対して、法的措置を取っている」と発表した。ただし、具体的な措置の内容については明らかにしていないと声明で述べている。
8月5日、ロベルト・ロメロ銀行監督庁長官は、金融パニックの疑いに関する正式な告発状を提出した。ロベルト・ロメロによれば、こうした偽情報の背後には、「トロールセンター(troll centers)」と呼ばれる組織や、メディアのロゴやレイアウトを模倣して偽のニュースをバイラル化する専門的なデザイナー集団が関与している疑いがあるという。銀行監督庁はこの一連の行為を、エクアドルの金融システムを意図的に不安定化させようとする試みであると非難した。ロメロ長官は、「これは普通の顧客による投稿ではなく、時間と技術を要するプロフェッショナルによる操作的な発信である」とし、これは金融システムに対する組織的な攻撃と見なせると警告した。提訴内容は、エクアドル刑法(COIP)第322条に基づくものであり、公共の不安を煽り、大量の預金引き出しを誘発し、金融機関の安定性を脅かす行為に対しては、最大7年の懲役刑が科される可能性がある。
銀行監督庁は、バンコ・ピチンチャに関する虚偽情報の拡散に対し、「顧客の資金は保護されている」と再三にわたり強調した。また、「金融システム全体は健全かつ安定している」として、不安を煽る投稿を厳しく非難した。また、バンコ・ピチンチャは自身のX(旧Twitter)アカウントで声明を発表し、「無責任に流布されている最近の虚偽報道に対し、バンコ・ピチンチャはその強固な財務基盤と安定性を維持していることをお知らせする。すべての顧客の資金は安全かつ保護されている」と表明した。
— Banco Pichincha (@BancoPichincha) August 4, 2025
声明では、バンコ・ピチンチャに対しては繰り返されるシステム障害に関し、行政制裁手続きが開始されたことを報告した。ロベルト・ロメロ監督庁長官はさらに、エクアドルのソルベンシー比率は13%を超えており、最低規制基準の9%を大きく上回っていると述べた。即時流動性率も21%以上に達しており、これにより「預金者のあらゆる要求に応じる能力が保証されている」という。
加えて、複数のメディアは、自身の名前や写真が悪用され、国民に銀行閉鎖が現実であるかのように誤認させる目的で使われていると警告した。
預金喪失への恐怖心から、多くの国民がATMに殺到し現金を引き出す事態となった。この結果、ユーザーによる現金引き出しは275.8%増加した。通常の営業日において同銀行が支払う現金は約5800万ドルであると、ロメロ長官は説明している。
さらに、Notimundoのインタビューでロメロ長官は、偽情報を拡散した責任者に対して法的措置が取られていることを明らかにし、金融パニック罪で検察庁に告発状を提出したと語った。
「もしさらに検察庁に告発しなければならないのであれば、私はそうするつもりである。告発することを恐れてはいない」とロメロ長官は続けた。
#RobertoRomero, superintendente de Bancos, dijo que denunciaron ante la Fiscalía una campaña para generar pánico financiero, con rumores sobre un supuesto cierre del Banco Pichincha . Además, destacó que la institución es una de la más grande del país y una de las más sólidas. pic.twitter.com/Ae9Bs0LMhj
— BETO/CARICATURAS (@CaricaturasBeto) August 6, 2025
銀行に対して不満を言うことは犯罪であるか?
銀行に関する不満や苦情を述べる行為は、それ自体で金融機関の崩壊を引き起こす力を持たない。一方で、虚偽の情報を意図的に流布し、それによって大量の預金引き出しを誘発したり、金融機関の信用を著しく損なう行為は、犯罪に該当すると、レオネル・コルドバ(Leonel Córdova)弁護士は説明している。つまり、「モバイルバンキングが利用できない」といった事実に基づく不満をSNS上で表明することは、犯罪ではない。それは金融システムの崩壊を引き起こす意図も能力も持たないからである。
コルドバは、「表現の自由は、たとえ不快であっても、銀行の運営に対する意見や批判を保護している」と述べている。この自由は、エクアドル共和国憲法により保障されている。「罰せられるのは批判そのものではなく、故意に虚偽を流布し、金融システムに現実の損害を与える行為である」と、コルドバは強調している。
アメリカ合衆国におけるシリコンバレー銀行の崩壊
以下は、アメリカ合衆国で実際に発生した金融パニックの典型例である。シリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank)は、2023年3月10日に崩壊した。これは、2008年の世界金融危機以来、アメリカ国内で最大規模の銀行破綻であり、その影響から一時は新たな連鎖的金融崩壊の懸念が広がったと、国際メディアBBCは報じている。
銀行崩壊の発端は、銀行当局が一部の投資資産を売却する際に損失を出し、追加の資金調達が必要だと発表したことである。この発表を受けて、多くの顧客が銀行に対する不信感を抱くようになった。2023年3月9日、わずか1日で企業や顧客が約420億ドルを預金から引き出し、同行は預金者の現金需要に対応するための流動性を失った。この結果、シリコンバレー銀行の崩壊は米国史上2番目に大きな銀行破綻として記録された。米国の金融規制当局は、同行を閉鎖し、預金者の資産を自らの管理下に置く以外に選択肢がなかったと、CNNは伝えている。
米政府は2023年3月11日、すべての預金者が預金を全額引き出せるよう措置を取ると発表した。同日には、別の銀行であるシグネチャー銀行(Signature Bank)の閉鎖も明らかになった。このように、わずか3日間で2つの銀行が急速に崩壊し、営業停止に追い込まれる事態となったと、CNNは報じている。
参考資料:
1. ¿Qué es el delito de pánico financiero?
2. Superintendencia de Bancos denuncia en Fiscalía un presunto pánico financiero
3. Ecuatorianos retiraron 160 millones de dólares de banco en un día por pánico financiero
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