2020年、プエブラ州北部の山岳地帯に住む先住民グループ マセワル・ナワ(masewual nahua)が、ラジオ局「トセパン・リマクストゥム(Tosepan Limakxtum)」と「Tosepan協同組合連合」のメンバーとして、レイエショグパンというコミュニティに2G回線のアンテナを設置した。
しかし、その2か月後にメキシコ最大の携帯電話会社であるテルセル(Telcel)がこの地域に進出し、4Gネットワークの提供を開始したため、先住民コミュニティによる山岳地帯での電話およびインターネット提供プロジェクトは一時的に中断を余儀なくされた。
「プロジェクトは一度止めざるを得なかったが、自分たちの通信サービスを持ちたいという夢はあきらめていない」と語るのは、Wiki Katat(ナワトル語、トトナカ語でで「おいで、おいで」を意味する)の創設者の一人、ニカシア・リノ・デ・ヘスス(Nicacia Lino de Jesús)である。
1年後の2021年、このグループはAltán Redesというメキシコの通信会社に接触した。この会社は4.5Gの共用ブロードバンド網を運営しており(近く5Gに移行予定)、インフラは有しているものの、最終消費者への直接販売は許可されていない。多様性、公平性、持続可能性のためのネットワーク協会(Redes por la Diversidad, Equidad y Sustentabilidad A.C.:Redes A.C.)や先住民コミュニティ通信協会(Telecomunicaciones Indígenas Comunitarias A.C. :TIC A.C.)などの団体の助言を受けつつ、ラジオ・トセパン・リマクストゥムのグループは、社会的な視点を持つ初の仮想移動通信事業者(MVNO)となるための統合協定を結ぶことに成功した。
先住民協同組合のトセパン・トタタニスケ(Tosepan Totataniske)は、さらに、先住民族の言語でのコンテンツ提供も行っている。プエブラ州クエツァラン(Cuetzalan)に拠点を置くトセパン・トタタニスケ(Tosepan Titataniske)は、1977年に設立され、8つの地域協同組合と3つの市民団体を束ねている。加盟するのはナワ族とトトナカ族の3万4,000世帯以上である。
従来、通信会社は採算の理由から僻地や少数民族集落へのサービス提供に消極的であった。国内初の社会的・コミュニティ型の仮想移動通信事業者(MVNO)となったWiki Katatは、大手通信企業(Telmex、Movistar、AT&T)が上記理由でサービス提供を拒む中、しかしWiki Katatはその障壁を、コミュニティ自らの手で越え、生活のインフラと文化の維持を両立させる仕組みをつくったという点で、極めて革新的である。
「私たちの仕組みは、最終利用者が手頃な料金で恩恵を受けられることです。また、私たちのデータパッケージを販売したい人々が、各リチャージ(チャージ)ごとに15%の収入を得られるようになっています」と語るのは、Wiki KatatとRadio Tosepan Limakxtumの創設者の一人、ボニファシオ・イトゥルビデ・パロモ(Bonifacio Iturbide Palomo)である。得られた収益はすべて運営やコンテンツ制作に再投資される仕組みとなっている。特に、収益の約15%は地域言語を用いた文化・教育コンテンツの制作に充てられるなど、コミュニティの言語や文化の保全・推進に直結した取り組みである。
Wiki Katatは、Altán Redes(国の通信網を担う公的インフラ)を活用してサービスを提供しており、音声通話、SMS、モバイルインターネットのサービスを、プリペイド型パッケージで、月々50〜450ペソという低価格で提供している。さらに、UIやサポートは、ナワトル語やトトナカ語による対応が可能で、地域の「アイデンティティに根ざした通信サービス」として高く評価されている。Wiki Katatは、プエブラ州北部の山岳地帯とベラクルス州南部の住民に電話とインターネットを手頃な価格で提供するが、この通信事業者はメキシコ国内だけでなく、アメリカ合衆国およびカナダにもカバーエリアを持つ。利用者がこれらの国々を訪れた場合、最長1か月間通信サービスを利用できる。
「ご存知のように、Altánのネットワークにはカバレッジ(サービス提供範囲)に関する義務があります。そのため、彼らは人口の92%にサービスを届けなければなりません。この政権の6年間で契約が変更され、より小さなコミュニティへのサービス提供時期も前倒しになりました。しかしカバレッジが可能になっても、商業的な仮想移動通信事業者は『そこまで行っても利用者はごく少数だから、採算が合わない』として、行こうとしなかった」と語ったのは、Redes A.C.の総合コーディネーターであるエリック・ウエルタ(Erick Huerta)である。
異なるモデル
Wiki Katatの仕組みでは、利益が特定の個人に集中することはない。「これはトセパンの価値観に基づく協同組合モデルだ」と、イトゥルビデは説明する。
現在、約75人のタパレウィケス(tapalewihkes)が存在し、プエブラ州、メキシコシティ、ユカタン州、オアハカ州、ベラクルス州、チワワ州などの地域でもサービスを提供している。その主要な拠点の一つが、農村開発研究センター(Centro de Estudios para el Desarrollo Rural A.C.:CESDER)である。この大学は営利目的ではなく、40年以上にわたりプエブラ州北部の山岳地帯の若者たちが地域にとどまり発展の機会を得られるよう、学士課程を提供している。つまり、若者たちが外部に仕事を探しに行かずともよいようにという目的を持っている。CESDERで「コミュニティ・コミュニケーション」専門課程のコーディネーターを務め、同センターのタパレウィケス(tapalewihkes)集団の一員でもあるソフィア・メデジン・ウルキアガ(Sofía Medellín Urquiaga)は、Wiki Katatの最大の価値はその共同体的な精神にあると語る。「Wikiの全モデルは、先住民コミュニティの価値観と実践に基づいている。これは従来の企業モデルとは一線を画すもので、いつものように一部の人々を富ませる構造から抜け出したオルタナティブと言える」と彼女は強調した。CESDERの事例では、各チャージの15%が、コミュニケーション学科の学生向けの活動や機材購入に充てられています。
私たちは自分たち自身に携帯サービスを提供しており、さらにシエラ山岳地帯の他のコミュニティにサービスを届けている10の新しいタパレウィケスの立ち上げを支援してきました。これらのグループは、得られた利益をそれぞれの共同体活動に使っているのです。
利用者の声:ミゲル・ガルシア・エルナンデス
CESDERの「持続可能な農村プロセス」学科を卒業し、2年間Wikiを利用しているミゲル・ガルシア・エルナンデス(Miguel García Hernández)にとって、Wikiの魅力はその理念に加え、手頃な料金設定と電話番号をそのまま使えることだと言う。
個人的には、月130ペソの3Gパッケージがすごく便利だ。他の会社だと、同じようなプランが15日で期限切れになるのに、Wikiは1カ月持つ
と彼は語る。さらに意外なことに、メキシコ国内で利用者数が最も多い大手通信会社が圏外になるような場所でも、Wikiの方が広いカバー範囲を持っていると彼は言う。
課題と挑戦
ニカシアにとって最も困難だったのは、ナワ族(ナワ語を話す先住民)のグループが、高品質な携帯電話およびインターネットサービスを提供できると人々に信じてもらうことだったと言う。
私たちはこれまであまりにも大手企業に依存してきたため、“頭の切り替え”をすること自体に多くの疑問が湧いてしまう。だから私たちは、携帯電話の“SIMカード(チップ)”を変えるだけでなく、“意識”も変えようと努力してきた。私たちの社会が、自分たちの経済だけでなく、通信や情報発信まで自らの手で担うことができるということを意識的に理解してもらうことが重要なのだ。
一方、ボニファシオは、Wiki Katatの目標を以下のように語る。
私たちは、協働型の仕組みの中で、Wikiの料金をできる限り安く提供することを目指している。なぜなら、情報通信技術へのアクセスは基本的に“権利”であるべきだと考えているからだ。
Wikiのユーザーや販売者は、より手頃な選択肢の恩恵を受けるだけでなく、通信の分野における自主性の向上、そして先住民コミュニティの祖先から受け継がれた知識に基づいた、より自由なコミュニケーションの促進にもつながっていると、ボニファシオは強調している。
メキシコ連邦通信機関(IFT)の最新データによると、メキシコの先住民人口の80%が少なくとも一つの技術によるモバイルサービスのカバレッジを受けている。しかしこれは、大手通信会社が進出を嫌がる最も辺鄙な地域に、政府とともに複数の団体がインターネットや電話サービスを届けてきたおかげで実現している。
そのため、Wiki Katatの事例は歴史的である。トセパン・ティタタニスケ協同組合が立ち上げに1年を費やしたこのプロジェクトは、完全に先住民コミュニティによって運営されており、その達成のために「未来を築く若者たち(Jóvenes Construyendo el Futuro)」プログラムに参加する若手専門家なども協力している。
「私たちは一緒に学びながら進めてきた。Wiki Katatに関わっているメンバーの中には、これが初めての仕事だった人もいる。『未来を築く若者たち(Jóvenes Construyendo el Futuro)』プログラムに参加していた若者たちもいる。彼らは以前、他の場所へ移住しなければならないかもしれなかったが、今では協同組合の一員としてこのネットワークを運営している」とウエルタは語った。
Wiki Katatは、地元の映像、音声、文書などのコンテンツを提供している。また、利用しやすい価格の携帯電話サービスや、どこへでも持ち運べるプリペイド方式のモバイルインターネットサービスも提供している。
「これは営利を目的としない団体であり、収益は運営やコンテンツ制作に再投資されている。協同組合に割り当てられる収入の約15%はコンテンツ制作基金に充てられている。なぜなら、このプロジェクトに参加した主な理由の一つが、自分たちの言語を促進し、アイデンティティとしての文化を守る仕組みを持つことだからだ」と、Redes ACの総合コーディネーターであるウエルタは説明した。
たとえば、Wiki Katatが運営されている先住民コミュニティでは、ナワトル語やトトナコ語の自作コンテンツを含む番組が提供されているほか、ズームのようなオンライン会議プラットフォームや、FacebookやWhatsAppに似た独自のSNSも利用されている。これら独自のSNSやプラットフォームを作る目的は、インターネット上で何が見られているかをよりよく管理することである。なぜなら、時には犯罪者が若者を騙したり情報を盗んだりするためにインターネットを利用することがあるからだ。
「このサービスの目的は、利用者自身が依存症や詐欺などの問題に注意を払えるよう教育することであり、インターネットを最大限に有益に使ってもらうことだ。一般の企業は消費を促すことを重視していますが、ここでは利用者が有用なことにインターネットを使い、無駄に時間を費やさないようにすることを目指している」とエリック・ウエルタは語った。
参考資料:
1. La comunidad indígena que quiere dar servicio de telefonía móvil e internet a todo México
2. Wiki Katat: telefonía e internet en náhuat y totonaco
3. Telmex y Movistar los rechazan, ellos crean Wiki Katat: Red y teléfono desde 50 pesos
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