ポリス・スリラー・シリーズ『ザ・ディビジョン(A Divisão)』は、1997年のリオデジャネイロで急増した誘拐事件と、それに立ち向かった警察内部の実態を描いている。この作品は、単なる犯罪ドラマではなく、現代ブラジル社会の一側面を鋭く描いた力作である。
シリーズの原案者であり、NGO「アフロヘギ(AfroReggae)」の創設者でもあるジョゼ・ジュニオール(José Júnior)は、「誰もが“リオでは誘拐がなくなった”ことは知っているが、どうやって終わらせたのかは知られていない」と語る。彼が言う「終わった」とは、月に10件以上の著名人誘拐が発生していた時代を指している。当時、裕福な市民は恐怖におびえ、警察や当局は無力だった。多額の身代金が支払われても、被害者は何ヶ月も監禁されたり、最悪の場合、戻らないことさえあった。
腐敗した警察や官僚は見て見ぬふりをし、誘拐で得られた資金が“機械”を回し、それに関与する者たちを潤していた。
政府と警察は打つ手を失い、事態は悪化の一途をたどっていた。腐敗を断ち切るための最後の手段として、市の公安安全局(Secretary for Public Safety & Security)の長官である軍政時代の強硬派将軍と、その下で働く社会主義者の法務官は、2人の警察官を対誘拐部隊(Anti-Kidnapping Division)の指揮官に任命する。1人は、100人以上を射殺した実績を持ち、“殺人マシン”の異名を取る汚れなき警官(演:シルヴィオ・ギンダネ/Silvio Guindane)。もう1人は、犯罪者から金を巻き上げることで知られる汚職警官(演:エロン・コルデイロ/Erom Cordeiro)である。
シリーズの原案者であるジョゼ・ジュニオールは、「これまで語られることのなかった舞台裏を描くのが、この作品の本質である」と語っている。彼は実際に、撮影中にファヴェーラ・ダ・ホシーニャ(Rocinha)で銃撃戦が発生した際、麻薬組織のリーダーたちと交渉を行い、一時的な停戦を実現して撮影を継続させたという。
2人の警察官の手法は過激であり、しばしば法の限界を超えていた。だが、真実に迫るにつれ、彼らは想像を絶する強大な敵と対峙することになる。それは、腐敗と暴力にまみれ、死すら厭わない巨大な機構(マシーン)であり、今やその機構が彼ら自身に牙を剥こうとしていた。
『ザ・ディビジョン』は、そんな2人の物語である。彼らは高度な情報と、ときに倫理的に疑問の残る手段を用いながら、誘拐事件の解決に挑んでいく。「結果が手段を正当化するのか?」という根源的な問いを突きつけながら、彼らは勝利に近づいていく。
しかし——知りすぎることは、果たして安全なのか。上述の通り本作は、実際の事件と実在の人物をもとに描かれている。
『ザ・ディビジョン』は、1990年代のリオデジャネイロで実際に発生した衝撃的かつ凄惨な事件に着想を得て制作された、ダークで現代的、そして暴力的なアクション・クライム・スリラーである。監督は、高い評価を受けるブラジル人映画監督ヴィセンチ・アモリン(Vicente Amorim)が務めた。「本作は、彼らの贖罪の物語である」とアモリン監督は語る。「そして、彼らが周囲の人間たちと何が違うのかという点にも焦点を当てている。物語の舞台は1990年代だが、『ザ・ディビジョン』は、現代ブラジルにおける暴力の構造、さらには暴力を選挙戦略の中心に据えた大統領が誕生するまでの流れの“起点”を描いている。私たちが今も直面している、“結果もリスクも顧みず、とにかく突き進む”という衝動。それはまさに現代ブラジルの一断面であり、本作では、そうした状況を生み出した巨大な“機械”の内部を明らかにしている。そして、その機械は、今にも再び動き出しかねないのだ」とアモリンは語る。
テレビ業界でも実績を持つヴィセンチ・アモリン監督だが、本作『ザ・ディビジョン』では、あえて有名なテレビ俳優を起用していない。それは、登場人物に現実味を持たせ、物語のリアリズムを高めるためである。
出演俳優たちは撮影前に警察の訓練を受け、ファヴェーラにも足を運んだ。主演のシルヴィオ・ギンダネは「銃が自分の体の一部のようになった」と語り、徹底した役作りへの姿勢を明かしている。リアリズムの追求は、演技の域を超えている。撮影チームは実際の警察官や元誘拐犯と面会し、事件の当事者から直接証言を得ているのだ。
アモリン監督は、「現場でその人々に会うことで、キャラクターに深みが生まれた」と述べ、本作が持つ高いドキュメンタリー性と現実性を強調している。また、エロン・コルデイロが演じるサンティアゴは、実在の元刑事であり、本作の共同脚本家でもあるジョゼ・ルイス・マガリャンエス(José Luiz Magalhães)をモデルにしている。コルデイロは、「マガリャンエスに会ったことで、観察という大きな武器を手にした。彼との対話は、キャラクターの構築や行間の理解に非常に役立った」と語っている。
アモリン監督も当時を振り返り、こう述べている。「ジョゼ・ジュニオールからこの物語を聞いたとき、実際にそれを体験した人々に会わなければならないと直感した。そして彼に協力を依頼し、警察官と元誘拐犯による面会やインタビューが実現した。このプロセスは、キャラクターに計り知れない深みとリアリズムをもたらした。」
脚本チームとともに、本作には元警察官ジョゼ・ルイス・マガリャンエス(José Luiz Magalhães)がコンサルタントとして参加している。彼はリオデジャネイロで30年以上にわたり警察官として勤務し、誘拐事件の波を止めた実際の対策部隊を指揮した人物である。今回が初の脚本参加となり、自身の経験をもとに、物語に真実と背景を加えている。「彼は勇敢な人物だ」とアモリン監督は語る。「このプロジェクトに関わった全員がそうである。我々は関係者の命を守るために、登場人物の名前を変更せざるを得なかった。」
アモリン監督を制作面で支えたのは、本作の製作会社アフロヘギ・オーディオビジュアル(AfroReggae Audiovisual)のCEO兼クリエイティブ・ディレクター、ジョゼ・ジュニオール(José Junior)である。彼は、ブラジルのテレビ局マルチショウ(Multishow)やGNT向けに『アーバン・コネクションズ(Conexões Urbanas)』などのシリーズを手がけ、ドキュメンタリー映画『ファヴェーラ・ライジング(Favela Rising)』では多数の賞を受賞した実績を持つ。
『ザ・ディビジョン』は、アフロヘギ・オーディオビジュアルにとって初の長編作品であり、ブラジル国内ではグロボサット(Globosat)向けにテレビシリーズとしても展開される予定である。
「ジョゼは、事件が実際に発生した場所へのアクセスを可能にし、重要なロケーションの扉を開いてくれた。また、武器や装備など細部の正確性も担保してくれた」とアモリン監督は述べている。
ジュニオールは、リオ・デ・ジャネイロにおいて数多くの武装衝突の仲裁を行ってきた人物であり、麻薬や犯罪から抜け出そうとするファヴェーラの住民たちの社会復帰を支援する、先駆的な活動を展開している。その勇敢な取り組みは、国際的にも高く評価されている。
『ザ・ディビジョン』のリアリティとアフロ系俳優の起用に関するジュニオールの見解
ジョゼ・ジュニオールによれば、ブラジルの映像業界は、刑事ドラマやアクションジャンルにおいて『シティ・オブ・ゴッド』(2002年)や『エリート・スクワッド』(2007年)を除き、優れた作品をほとんど生み出せていないという。その中で、彼が手がけたシリーズ『ザ・ディビジョン』は、これまでに欠けていたリアリティと、複雑な人物描写を備えた作品である。
ジュニオールは、長年にわたり麻薬密売人や犯罪者、警察官たちと接してきたが、シリーズの構想段階で耳にしたいくつかの証言には深い衝撃を受けたという。「人間は、完全な悪人でも善人でもない。犯罪者も警察官も同様だ」と述べ、拷問の壮絶な実態と、クリスマスを犠牲にして捜査にあたる警官の話の両方を挙げた。
キャスティングについても、刑事メンドンサ役に黒人俳優シルヴィオ・ギンダネを起用したのは、意図的かつ戦略的な判断である。ジュニオールは、「黒人が“ドクター”と呼ばれるような役柄は、ブラジルの映像作品において著しく不足している」と指摘し、「ファヴェーラを舞台にした作品では、黒人が悪役にされがちだ」とステレオタイプを批判した。彼の狙いは、AfroReggaeが白人主導のプロジェクトではないことを明確にすることにあった。ギンダネもこの見解に賛同し、「黒人俳優は今でも奴隷やファヴェーラの住人、犯罪者の役が多い。だが、近年は多様な役柄も増えつつある」と述べている。
アモリン監督は、『ザ・ディビジョン』を「中流階級に対して新たな視点を開く作品」と位置づける。映画やシリーズの主な視聴者層である彼らにとって、警察の実際の行動やファヴェーラへの突入がどのようなものかは未知の世界であり、そのリアリズムが視聴者の好奇心を強く刺激すると語っている。一方でジュニオールは、「このシリーズはリアルで、本物であるがゆえに、多くの視聴者が共感するはずだ」と自信を見せ、「批評など気にしていない。ただ、多くの人に観てほしい」と訴えている。
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参考文献:
1. Série ‘A Divisão’ mostra combate da polícia a onda de sequestros nos anos 1990, no Rio
2. ‘A Divisão’: pré-estreia da série agita cinema no Rio de Janeiro
作品情報:
名前: A Divisão(The Division)
監督: Vicente Amorim
脚本: Gustavo Hadba
制作国: Brazil
製作会社:Afroreggae, Audiovisual, Globo Filmes, Hungry Man, Multishow
時間: 98 minutes
ジャンル:ポリス・スリラー/実録犯罪ドラマ
※日本語吹き替えあり
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