メキシコ:シナロア州に1,600人の軍を派遣し、治安を強化

(Photo:JOSÉ BETANZOS ZÁRATE)

メキシコ政府は1月29日、治安強化を目的として、シナロア州(Sinaloa)に1,600人の軍人を派遣した。近年、犯罪組織による暴力が深刻化しているクリアカン(Culiacán)とマサトラン(Mazatlán)の両市で、その影響を抑え込む狙いである。メキシコ国防省(Secretaría de Defensa)が同日、声明で明らかにした。

派遣された部隊は同日朝、メキシコ空軍(Fuerza Aérea Mexicana)の航空機4機に分乗し、クリアカンとマサトランに到着した。いずれも犯罪組織の活動において重要な拠点とされる地域である。今回の展開には、特殊部隊である特殊部隊軍団(Cuerpo de Fuerzas Especiales)の隊員90人も含まれている。

 

国防省は声明の中で、「派遣部隊の具体的な任務は、州内における連邦、州、市の三段階の政府当局と連携して行動することである」と説明した。部隊は抑止、予防、巡回といった任務を担い、両市の住民に安心感をもたらすことを目的としている。

この発表は、クラウディア・シェインバウム大統領(Claudia Sheinbaum)が同日、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ(Donald Trump)と安全保障や通商をめぐり、約40分間にわたって電話会談を行った数時間後に出された。シェインバウム大統領は定例の記者会見で、「安全保障については、双方ともに非常に順調に進んでいるとの認識で一致した」と述べた。これに対し、トランプ大統領も今回の会談を「両国にとって極めて良いものだった」と評価している。

今回の部隊派遣は、地域が直面している恐怖の一端を示した水曜日の出来事を受けて行われたものである。この日、シナロア州における市民運動党(Movimiento Ciudadano)の州代表であるセルヒオ・トレス(Sergio Torres)と、同党所属の州議会議員エリサベス・モントヤ(Elizabeth Montoya)が、クリアカン中心部での銃撃事件により負傷した。また、カナダ企業のビスラ・シルバ(Vizsla Silver)は、州南部コンコルディア市で鉱山労働者10人が集団で拉致されたと発表した。

議員らが襲撃された事件は、シナロア州都クリアカンが麻薬カルテルの残虐な暴力に包囲されている現状を象徴する、最新の暴力事案である。治安危機は、2024年7月末、シナロア・カルテル(Cartel de Sinaloa)の歴史的指導者であるイスマエル・エル・マヨ・サンバダ(Ismael “El Mayo” Zambada)が、ホアキン・グスマン・ロペス(Joaquín Guzmán López)によって米当局に引き渡されたことを契機に、さらに激化した。グスマン・ロペスは、麻薬王ホアキン・エル・チャポ・グスマン(Joaquín “El Chapo” Guzmán)の息子であり、この引き渡しは彼自身の当局への投降も意味していた。

この出来事以降、組織内部ではロス・マヨス派(Los Mayos)とロス・チャピトス派(Los Chapitos)の間で内紛が発生し、歴史ある犯罪組織は激しい暴力の応酬によって弱体化している。

クラウディア・シェインバウム政権による今回の判断は、国家安全保障戦略をさらに一段階強化するものである。ここ数カ月、同政権は特にミチョアカン州への対応を重視してきた。11月1日に発生したウルアパン市の元市長カルロス・マンサ(Carlos Manzo)の衝撃的な殺害事件は、同州が抱える暴力の実態を全国に知らしめ、治安悪化に対する国民的な不満を引き起こした。連邦政府はこれを受けて新たな治安対策を打ち出し、11月10日から1月20日までの間に、400人以上の拘束や数百点に及ぶ武器の押収などの成果を挙げている。

 

ライアン・ウェディングは連邦捜査局によって拘束されたのか

カナダ出身のライアン・ウェディング(Ryan Wedding)の逮捕をめぐり、米国の報道とメキシコ政府の説明で矛盾が指摘されている。ウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal:WSJ)は1月29日の独占報道で、ウェディング逮捕作戦に米連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation:FBI)の人質救出チーム(Hostage Rescue Team:HRT)が関与した可能性があると報じ、作戦は極秘で実施されたと伝えた。報道によれば、米連邦捜査局長官カシュ・パテル(Kash Patel)が現地のメキシコ当局と協力して作戦を指揮していたという。

 

一方、クラウディア・シェインバウム大統領は、繰り返し「メキシコ領内での作戦はすべてメキシコ当局が実施している」と述べ、米国による共同作戦や介入を否定している。また、ウェディングは自発的に米国大使館に出頭したと主張している。

元オリンピック選手の転落

ライアン・ウェディングはカナダ出身の元スノーボード選手である。2002年の冬季オリンピック(ソルトレークシティ五輪)にカナダ代表として出場し、男子パラレル大回転(parallel giant slalom)種目で24位を記録している。当時は世界トップレベルの競技者として国を代表していたことが報じられている。

オリンピック選手を経たウェディングは、国際的な麻薬取引組織の幹部として活動していた。捜査当局によれば、コロンビアからメキシコ、米国、カナダに至るコカイン密輸ネットワークを統括していた。輸送量は数百キログラムから数十トンに及び、組織は年間数十億ドル規模の違法収益を上げていたとされる。暴力行為や殺人を伴う重大犯罪にも関与していた可能性がある。

ウェディングは、米連邦捜査局(FBI)の最重要指名手配リストに加えられ、身柄確保には最大1500万ドルの報奨金が設定されていた。捜査資料によれば、メキシコのシナロア・カルテルと密接な関係を持ち、同カルテルの勢力下で活動していたとみられる。最近では同組織によって保護されていたともされていた。

逮捕の経緯と論争

44歳のウェディングの逮捕について、メキシコ政府は「本人が自らの意思で米国大使館に出頭した」と説明し、外国部隊の関与は否定した。しかしウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、ウェディングはメキシコ国内で米連邦捜査局(FBI)の人質救出チームによる極秘作戦で拘束されたと報じ、逮捕経緯について見解の相違が浮き彫りとなった。

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、作戦は極めて機密性が高く、与党国家再生運動(Morena)が外国勢力の介入に敏感であるため秘密裏に実施されたという。報道では、カシュ・パテルFBI長官がメキシコシティで現地当局と協力して作戦を指揮したこと、米連邦捜査局(FBI)が今後メキシコ全土で主要麻薬密売者を標的に共同作戦を計画していることも伝えられている。

記事はさらに、ウェディングが「突如として選択肢を失った」と述べ、拘束時には人質救出チーム(HRT)隊員が関与していた可能性を報じた。捜査当局は、ウェディングが武装して危険であると判断し、抵抗しないよう交渉を行ったとしている。また、「彼の仲間はすでに逮捕され、数百万ドル相当の資産が押収されていた」との証言も引用されている。

ウェディングの弁護人アンソニー・コロンボ(Anthony Colombo)も、メキシコ政府の「自主的出頭」という説明は事実ではないと述べている。コロンボによれば、ウェディングは米連邦捜査局(FBI)によって手錠をかけられ、カリフォルニア州に輸送された。また、連邦裁判所で17件の重罪(殺人を含む)について無罪を主張していると明かした。弁護人は、米国当局が一方的に主権国家の領土で拘束した場合、主権侵害が問題となり得ると指摘しつつ、今回の拘束は事実として発生したことを強調した。

シェインバウム大統領の立場

シェインバウム大統領は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)報道について「記事を注意深く読むと、我々の説明が明確に示されている」と述べた。大使館での自発的出頭を繰り返し否定しつつ、昨年12月にウェディング名義の推定4,000万ドル相当の競技用オートバイがメキシコ当局に押収されたことも認めている。

同大統領は1月29日、国立宮殿(Palacio Nacional)で会見し、「メキシコ領内で外国の治安部隊と共同作戦を行うことは決して容認しない」と強調し、資産凍結などを通じてウェディングを追い詰め、最終的に出頭せざるを得ない状況を作ったのはメキシコ当局であると述べた。また、米国との安全保障関係は協力と情報共有に基づくものであり、作戦行動はメキシコ当局の専管事項であるとの立場を改めて示した。

出頭に関する疑義

大統領は、ウェディングが自発的に米国大使館に出頭したと説明してきたが、この主張はウォール・ストリート・ジャーナル報道とは一部で矛盾している。ウェディングが出頭を宣言したとされるソーシャルメディアの投稿には、人工知能による生成の可能性がある画像が使用されており、建物も旧大使館で現行の施設ではないことが確認されている。

#ClaudiaSheinbaum #シナロア・カルテル

 

参考資料:

1. El Gobierno envía 1.600 militares a Sinaloa para reforzar la seguridad
2. ‘The Wall Street Journal’ afirma que el capo canadiense Ryan Wedding fue detenido gracias a un operativo secreto del FBI en México
3. WSJ: FBI involved in Canadian trafficker’s arrest in Mexico despite ban on foreign agents

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