(Photo:Pablo Sanhueza / REUTERS)
チリでは12月14日、決選投票による大統領選挙が行われる。今回の結果次第で、1990年の軍事独裁終結以来、国内政治の最も急激な右傾化が見られる可能性がある。
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登録有権者は約1,560万人。投票所は現地時間18時(GMT21時)に閉鎖予定で、投票行列次第では前後する。初期結果は閉鎖後すぐに発表される見込み。
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決選投票は、右派「共和国党(Partido Republicano)」創設者であるホセ・アントニオ・カスト(José Antonio Kast)と、現政権左派の連合候補で共産党所属のジャネット・ハラ(Jeannette Jara)の対決。
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11月の第1回投票では、ジャラが26.85%でトップ、カストは23.92%で2位。右派候補に投票した有権者の多くはカスト支持に回ると予想されており、過半数獲得の可能性が高い。
12月14日、チリの大統領職をめぐる決選投票が行われる。対決するのは、極右・共和党(Partido Republicano)を創設したホセ・アントニオ・カスト(José Antonio Kast)と、現政権左派連合の共産党(Partido Comunista)系候補、ジャネット・ハラ(Jeannette Jara)だ。
カストは59歳、元下院議員で極端に保守的な立場を取る。今回が3度目の大統領選出馬で、米国のドナルド・トランプ(Donald Trump)に影響を受けた政治家としても知られる。選挙戦の柱は、不法滞在者数万人の追放や国境の安全確保を掲げた強硬策である。一方のハラは51歳、前労働大臣の経歴を持ち、社会政策や治安対策を前面に打ち出している。
11月の第1回投票では、ハラが26.9%、カストが23.9%であった。ハラは左派連合の統一候補であったものの、右派候補の票を合計すると全体の過半数を超えており、右派票の大半がカストに流れると予想されている。このため、ナチ党員の父を持ち、独裁者アウグスト・ピノチェト(Augusto Pinochet)を敬愛し、カトリック教徒として中絶や同性婚に反対するカストが、今後4年間のチリ大統領に就任する可能性が高いと見られている。
今回の選挙には新たな要素がある。10年以上ぶりに投票が義務化され、18歳以上は自動登録される制度となったことだ。過去の選挙では、有権者約1,500万人のうち3分の1が投票に参加していなかった。チリ大学(Universidad de Chile)の政治学者クラウディア・ハイス(Claudia Heiss)は、「この約500万人は政治への不信感が強く、11月の第1回投票では右派ポピュリストの公約に惹かれ、与党連合に反対票を投じた」と分析する。
しかし、この有権者層が決選投票でどのように動くかは依然として不透明だ。経済学者フランコ・パリシ(Franco Parisi)が再び出馬し、「アウトサイダー」として支持を集め20%で3位に入ったことは、この層の存在感を示している。決選投票の結果に注目が集まる。ディエゴ・ポルタレス大学(Universidad Diego Portales)で教鞭を取る政治学者ロッサーナ・カスティリオーニ(Rossana Castiglioni)によると「フランコ・パリシは、一般的に政治に関心のない若年男性層に訴えた」。
決選投票を前に、パリシ支持者の票がどこに流れるかは不透明だ。パリシは右派の他の敗北候補とは異なり、カストへの支持を表明しておらず、自身のスローガン「ファシストでも共産主義者でもない」を貫いた。そのため、多くの支持者は抗議の意味で白票を投じる可能性がある。カスティリオーニはそれでも、「世論調査を信じれば、カストが勝利する可能性が高い」と述べた。
チリ大学(Universidad de Chile)の政治学者クラウディア・ハイス(Claudia Heiss)によれば、カストは治安・移民問題に関する世論の「恐怖の波」に乗じて支持を拡大している。過去10年間でチリの移民人口は倍増し、70万人のベネズエラ人が母国の経済崩壊を逃れて流入したことが影響している。
ハイスは「契約殺人、誘拐、恐喝といった、かつては少なかった新たな犯罪への恐怖感がある。しかし、これらはチリに来る移民の大部分とは関係がない」と指摘する。この高まる恐怖感が、刑罰ポピュリズムや「鉄の拳」的政策を受け入れる土壌を作ったと分析される。
大統領討論会でカストは、「チリでは毎年120万人が殺されている」と述べたが、実際には年間約1,200件の殺人が発生しており、ラテンアメリカでは依然として安全な国の一つである。
カストは、エルサルバドルのナイブ・ブケレ(Nayib Bukele)大統領を称賛しており、ブケレは論争を呼ぶ治安対策の一環として成人人口の少なくとも2%を投獄している。カストは討論会で、「今日投票するチリ人全員が、ブケレが候補ならブケレを選ぶだろう」と語った。
一方、ジャネット・ハラも自身の「鉄の拳」政策を掲げ、治安を最優先課題と位置付けている。ハラは刑務所5か所の新設や、麻薬犯罪で有罪判決を受けた移民の国外退去を約束しており、約33万人の不法移民を生体認証で登録する方針だ。
これに対し、カストは次期大統領就任前に退去しなければ「着の身着のままで」国外追放すると宣言しており、移民政策は選挙戦の中心となっている。トランプ(Donald Trump)に触発されたカストの計画には、収容施設、5メートルの壁、電気柵、深さ3メートルの溝、さらにペルー・ボリビア国境を中心とした軍の増強が含まれる。
カストはトランプを称賛し続けているものの、米国大統領自身からの支持表明はなく、今年のアルゼンチンやホンジュラスの選挙のような直接的介入は見られない。討論会では、ベネズエラに米軍が介入するかとの質問にカストは肯定的に答え、チリ国章の標語「理性によって、あるいは力によって」を引用した。
カストの政治集会とメディアによる誘導
木曜日の夕方、先住民マプチェ族(Mapuche)と政府との対立で揺れる南部のテムコ(Temuco)で、極右候補ホセ・アントニオ・カストの最終集会が開かれ、数千人が参加した。多くはチリ国旗を振る若者で、カストは集会で長時間にわたり演説し、選挙戦の核心テーマである治安と移民問題を改めて訴えた。
群衆の中からは「共産主義者は出て行け」という低く荒々しい叫び声が上がったが、最も大きな歓声が送られたのは、移民の国外追放や犯罪者の大量収監に触れた場面であった。
18歳で今回が初投票となる学生、ベンハミン・サンドバル(Benjamín Sandoval)は、「治安政策が理由でカストに投票する」と語った。「国はとても危険になっている。今では夜10時以降に外出することさえできない。襲われる可能性があり、その多くを移民が引き起こしていると感じている」と述べた。チリ全土では、犯罪への恐怖心がかつてないほど広がっており、その背景にはメディアによる集中的な報道もあるとみられる。
チリは依然としてラテンアメリカで最も安全な国の一つであるが、最近の組織犯罪の増加や移民流入が有権者に不安を与え、2025年大統領選挙で最も重要な課題となっている。2024年のギャラップ(Gallup)による世界安全調査では、チリは「夜に一人で歩くことへの恐怖」の度合いで144か国中6位に位置しており、ラテンアメリカの他国に比べて安全であるにもかかわらず、国民の不安感は強い。
チリでは暴力犯罪は以前から存在していたものの、過去4年間で顕著に増加し、2023年には殺人件数が急増した。ただし、最近では再び減少傾向に転じている。
違法移民問題も国民的議題として前面に押し出されている。特に2018年以降、ベネズエラの経済崩壊から逃れて数十万人がチリに流入したことが背景にある。この問題は、格差に対する大規模な抗議運動の波に乗って政権を握り、新憲法制定を約束した左派ガブリエル・ボリッチ(Gabriel Boric)大統領にとって大きな悩みとなった。
ボリッチは連続再選が禁止されており、再選はできない。そのため、状況に対応して警察への資金増額、組織犯罪対策の特別チーム設置、北部国境(ペルー・ボリビア国境)への軍隊配備などの措置を講じたが、依然として有権者の不安を完全に和らげるには至っていない。
多くの有権者にとってボリッチによる手立ては十分ではなかった。事実同大統領の支持率は低迷しており、極右候補ホセ・アントニオ・カストの治安・移民に関する強硬な提案が支持を集めている。
59歳のカストは、こうした国民の不安を巧みに利用してきた。カトリック教徒で9人の子を持つ彼は、ドイツ人でナチ党員だった父ミヒャエル・カスト(Michael Kast)を持つ。ミヒャエル・カストは1950年12月にチリへ移住し、首都南方の静かな町ブイン(Buin)で食肉加工工場を設立、さらに6つの教会建設にも関わった人物である。また、カストの兄ミゲル・カスト(Miguel Kast)は、アウグスト・ピノチェト(Augusto Pinochet)独裁政権下で有力な閣僚を務めたことで知られている。
55歳の弁護士ホセ・ピノチェト(José Pinochet)は、サンティアゴの通りで靴を磨いてもらいながら、「この国には重要な改革が必要です。何十年も歩んできた道を取り戻す必要があります。今、私たちは完全に迷っているのです」と語った。
カストは、拷問、殺害、強制失踪によって数万人の犠牲者を出した独裁政権を公然と擁護してきた人物である。彼の政治活動は、1988年に行われたアウグスト・ピノチェト将軍の統治延長を問う国民投票という極めて対立的な局面で、学生としてピノチェト支持の運動に加わったことから始まった。
しかし今回の大統領選では、カストは2017年および2021年の選挙で支持を妨げた論争的争点を意図的に避けている。同性婚や中絶への反対といった主張は前面に出されておらず、彼自身もテレビ討論で「私は昔から変わらない人間だ」と簡潔に語ったにとどまった。
カスト陣営が強調するのは、ほぼ例外なく治安と移民問題である。さらに政策面では、法人税の引き下げや就任後18か月以内に60億ドルの公共支出削減を掲げている。ただし、その具体的手法については、左派ガブリエル・ボリッチ政権下で採用された公務員の大量解雇を例示するのみで、詳細な説明は行われていない。
カストの対抗馬、まったく異なる政治的背景
チリ大統領選の決選投票で対峙するのは、政治的立場や経歴が対照的な二人の候補者である。極右のホセ・アントニオ・カストに対抗するのは、現職の左派政府から出馬した51歳のジャネット・ハラである。
ハラは、元チリ大統領ミシェル・バチェレ(Michelle Bachelet)政権下で次官を務めた後、現在のガブリエル・ボリッチ政権で労働大臣に就任した。彼女の任期中には、国民から高い支持を得た年金改革や、法定最低賃金の引き上げ、労働時間短縮に取り組んだ。
学生運動に関わってきたハラは、14歳でチリ共産党の青年組織に参加し、2015年からは党中央委員として活動してきた。彼女の選挙戦の中心には、生活費負担軽減と、労働者の生活向上が掲げられている。
ハラの公約は、段階的な最低賃金の引き上げを財源とした月額約800ドルの普遍的基礎所得制度の導入や、電気料金の引き下げ、住宅購入支援などが含まれている。特に、25歳から40歳までの若年層を対象に国家貯蓄制度を活用した住宅購入支援が目を引く。
最終集会を前にサンティアゴの小さな公園では、チリの国民舞踊クエカ(cueca)の音楽が響き渡り、木々に灯りが揺れる中、ハラ支持者たちが集まった。その中にいた58歳のレジ係、ロクサナ・ムニョス(Roxana Muñoz)は、カストに対して強い不満を示した。「女性についてあれほど侮蔑的な発言をする人物には、決して投票しない。彼は私たち女性がただ子どもを産むために存在していると思っている」。「私はジャネット・ハラに完全に共感している」とムニョスは語った。
一方で、21歳のアントニア・モレノ(Antonia Moreno)は、ハラに投票する意向を示しつつも、彼女が勝つ可能性は低いとの見方を示した。「残念ながら、私たちは極右が議会と行政府で勢力を伸ばす国々の一員になることになるでしょう」と語った。
ジャラは、北部の都市コキンボ(Coquimbo)で行われた最終選挙集会で、治安対策に強硬な姿勢を示し、強力な社会プログラムが必要だと強調した。彼女は、有権者に対し「白票を投じないよう呼びかけてください」と語り、選挙戦の重要な課題を強調した。「白票を投じようと考えている人々と話してください。多くがかかっています。私たちは後戻りせず、前進しなければなりません」と述べた。
カストの勝利に市場の期待、経済改革加速への期待感が高まる
ホセ・アントニオ・カストの勝利は、市場に友好的な政府の登場を期待する投資家たちに歓迎される可能性がある。特に、カストの経済政策には規制緩和や、チリの重要な産業である銅資源を基盤とした年金制度の改革、資本市場の変更が含まれており、これらの改革が経済を加速させるとの予測がある。
第一回投票結果を受けて、チリ・ペソは上昇し、MSCIチリ株式ベンチマークも急騰した。前回の投票では上院や議会で明確な多数派が生まれなかったが、カストが決選投票で勝利すれば、経済改革が進展する可能性が高まると期待されている。
カストは、11月の決選投票進出時に「三度目の正直だ」と語った。これが彼にとって3度目の大統領選出馬であり、2021年の大統領選でガブリエル・ボリッチに敗れた後の2度目の決選投票となる。
2021年の選挙では、カストの過激な立場が多くの有権者に極端すぎると見なされ、彼の政策に対する支持は限られていた。しかし、今回は治安問題や移民問題への関心が高まり、また伝統的な政党に対する不満を持つ有権者の間でカストの主張がより共感的に受け入れられるようになった。
「私は、右派、極右の台頭をチリにおける政治への拒絶感の逃げ道として見ています」と語るのは、ラティノバロメトロ(Latinobarometro)の創設ディレクターであるマルタ・ラゴス(Marta Lagos)である。このように、カストの勝利がチリ経済に与える影響については、投資家の間で期待が高まっており、特に経済改革の加速に注目が集まっている。
約20%の有権者がまだ投票先を決めかねている
今回のチリ大統領選挙は、18歳以上の有権者に対して自動登録と投票義務が適用される初めての選挙である。この制度変更により、投票しない有権者には罰金が科されることとなり、これが選挙における不確実性を増す要因となっている。世論調査によると、約20%の有権者がまだ投票先を決めかねているか、白票を投じるつもりだと答えており、その行動が最終的な結果にどのように影響するかが注目されている。
とはいえ、世論調査の結果がそのまま反映されれば、極右候補ホセ・アントニオ・カストが勝利する可能性が高いと見られている。その場合、カストは1990年のアウグスト・ピノチェト独裁政権終了以来、最も右派色の強い大統領となることが予想される。
バルパライソ大学(Universidad de Valparaíso)の政治分析家ギレルモ・ホルツマン(Guillermo Holzmann)は、「JaraにもKastにも満足していない有権者が一定の割合で存在する」と指摘し、「問題は、白票や無効票が最終的にどちらの候補に有利に働くかです」と続けた。
カストの勝利は地域的な政治潮流の一環か
カストの勝利が現実のものとなれば、それはチリにおける右派の台頭を意味すると同時に、地域全体で進行中の政治的潮流の一環として受け止められる可能性が高い。近年、ラテンアメリカでは右派の政治家が相次いで登場している。ボリビアでは約20年にわたり政権を担っていた社会主義勢力が退陣し、アルゼンチンでは「自由前進(La Libertad Avanza)」のハビエル・ミレイ(Javier Milei)が議会選挙で決定的な勝利を収め、さらにエクアドルでは中道右派のダニエル・ノボア(Daniel Noboa)が再選を果たしている。
このような地域全体の右派台頭の流れに、カストの勝利も加わる可能性があり、その影響はチリ国内外に広がると考えられている。
参考資料:
1. Chile votes in polarizing presidential runoff as far-right takes lead
2. Far-right José Antonio Kast favored to win as Chile votes in presidential runoff
3. Chile votes in presidential race expected to lurch country to the right





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