スーパーボウルのハーフタイムショーは、アメリカ文化の中でも最も注目される舞台の一つである。そのステージに誰が立つかは、単なる音楽的評価だけではなく、政治的・社会的な波紋を広げることもある。
2026年に開催予定のスーパーボウル・ハーフタイムショーに、プエルトリコ出身の世界的アーティスト、バッド・バニー(Bad Bunny)が起用されることが決定した。この発表を受け、アメリカの元大統領であり、現在も保守派の重鎮として影響力を持つドナルド・トランプ(Donald Trump)が強い反発を示した。トランプはこの人選について、「まったくの馬鹿げた話だ」と発言している。米文化の象徴ともいえるイベントに、米国籍を持たないアーティストを登用することに対し、強い疑問と不満を表明した。
バッド・バニーの政治的メッセージとその波紋
バッド・バニーはラテン音楽界での功績に加え、プエルトリコの自治やラティーノ系住民の権利問題に対する積極的な発言でも知られている。その姿勢は多くの若者やマイノリティに支持される一方で、米国内の保守層からはしばしば批判の対象となってきた。彼の楽曲や公の場での政治的メッセージは、移民政策や文化的アイデンティティをめぐる議論と密接に関わっており、米国の分断を象徴する存在としても注目されている。
トランプは今回の起用に対する自身の見解を、次のように述べている。「なぜ米最大のスポーツイベントで、米国人ですらない人物を起用するのか。彼は米文化を批判しているではないか。これはNFLとアメリカに対する侮辱だ」。この発言は、2024年の大統領選に向けたキャンペーン以降、トランプが一貫して掲げている「アメリカ・ファースト(America First)」の主張と通底している。国民的行事に対しても、その主張を適用しようとする姿勢が改めて浮き彫りになった格好だ。
スーパーボウルをめぐる文化戦争の様相
スーパーボウルのハーフタイムショーは、単なる音楽イベントではなく、アメリカ社会の多様性や価値観を映す鏡でもある。過去にはビヨンセ(Beyoncé)やエミネム(Eminem)、ザ・ウィークエンド(The Weeknd)など、時に政治的・社会的メッセージを含む演出が話題を呼んできた。今回のバッド・バニー起用をめぐる議論もまた、単なる芸能ニュースにとどまらず、アメリカが直面するアイデンティティと分断の問題を改めて浮き彫りにしている。
2026年のスーパーボウル・ハーフタイムショーに起用されたプエルトリコ出身のアーティスト、バッド・バニーを巡り、トランプ前大統領に近い複数の保守系政治家が強硬な姿勢を見せている。中には、移民税関捜査局(Immigration and Customs Enforcement:ICE)の現場介入すら示唆する発言も飛び出し、政治とエンターテインメントを巻き込んだ文化戦争の様相を呈している。
10月7日、トランプは保守系メディア「ニュースマックス(Newsmax)」の番組内で、バッド・バニーの起用について痛烈な批判を展開し、「彼のことは聞いたこともない。誰なのかも知らないし、なぜ彼が起用されたのか理解不能だ。狂気の沙汰だ」と述べ、物議を醸した。
同調する保守系メディアと政治家たち
インタビュー中、ホストのグレッグ・ケリー(Greg Kelly)もバッド・バニーを「バッド・ラビットとか何とかいう奴」と揶揄し、「NFLはボイコットすべきだ」との考えを示した。さらに、共和党系の一部議員からは、「バッド・バニーの身分確認のためにICEを派遣すべきだ」とする過激な意見も聞かれており、批判のボルテージは日に日に高まっている。これらの反応は、単なる芸能ニュースを超えて、アメリカ社会における文化的アイデンティティと政治的立場の対立を映し出している。一連の発言は、ラティーノ文化全体への軽視・侮蔑と受け取られており、各方面から強い反発を招いている。
バッド・バニーは、Spotifyにおいて1070億回以上の再生数を記録し、Instagramでは5,000万人近いフォロワーを持つなど、世界的な影響力を誇るアーティストである。ラテン系アーティストとして、スーパーボウル・ハーフタイムショーの主役に選ばれたのは史上初の快挙であり、その象徴性は大きい。彼の起用は、多様性とグローバル化の象徴として歓迎する声がある一方で、アメリカ第一主義を掲げる保守層にとっては、文化的「侵食」として映っているようだ。
アメリカ合衆国下院議員で極右思想を掲げるマージョリー・テイラー・グリーン(Marjorie Taylor Greene)は、「悪魔的で性的なパフォーマンスの危険がある」と警告。SNSや保守系メディアでは、「子どもに見せられない」「道徳の崩壊だ」といった声も拡散しており、波紋が広がっている。グリーン議員の主張は、過去にラティーノ文化やLGBTQ+コミュニティに対する敵対的発言を行ってきた経緯とも重なり、その真意について疑問の声も上がっている。
Bad Bunny says America has 4 months to learn Spanish before his perverse unwanted performance at the Super Bowl halftime.
— Rep. Marjorie Taylor Greene🇺🇸 (@RepMTG) October 6, 2025
It would be a good time to pass my bill to make English the official language of America.
And the NFL needs to stop having demonic sexual performances…
こうした動きに追随する形で、米国土安全保障省(Department of Homeland Security:DHS)の長官であるクリスティ・ノーム(Kristi Noem)も、バッド・バニーの出演に関する「安全保障上の対応」を強化すると表明した。英メディア「BBC」のインタビューにおいて、ノーム長官は次のように語っている。
ICEはこのイベントの安全を守る責任を担っている。私は、すべての人がスーパーボウルに来て、楽しみ、そして無事に帰れるようにする責任がある。それこそが米国の理念であり、だからこそ、われわれはあの場所にくまなく展開するつもりだ。
彼女はまた、「法を尊重するアメリカ人のみが参加すべきだ」と示唆した。この発言は一部で、「イベントそのものを“愛国者”だけの場とするような意図があるのではないか」とする批判を招いている。特定層――とりわけ、移民やラティーノ系市民――に対する「暗黙の排除」を示唆するものだとの見方もある。
背景にある文化・言語・政治の対立
今回の論争の根底には、単なる音楽的な好みやアーティスト選出の是非を超えた、文化的・言語的・政治的な対立が横たわっている。バッド・バニーはスペイン語を主言語とし、プエルトリコ出身というルーツを前面に出して活動している。彼の存在は、米社会における「非英語話者」「移民系市民」の台頭を象徴する存在でもある。
その一方で、トランプ前大統領やその支持層を中心とする保守派は、「アメリカ文化の純粋性」を掲げ、英語とキリスト教的価値観を重視する傾向が強い。今回のスーパーボウルをめぐる発言の数々は、その緊張関係をあらわにしたものといえる。
ジェニファー・ロペス、バッド・バニーを公然と擁護
2026年のスーパーボウルにバッド・バニーが起用されたことを巡り、アーティスト間での賛否が分かれる中、歌手のジェニファー・ロペス(Jennifer López)が公の場で彼を強く支持する姿勢を示した。ロペスはこの議論に驚きを隠さず、バッド・バニーについて「彼は世界最高のアーティストのひとりだ」と断言した。
ジェニファー・ロペスは、2020年のスーパーボウルのハーフタイムショーでシャキーラ(Shakira)と共にバッド・バニーと共演した経験を持つ。今回の起用決定に対しては、「彼の再登場を心から嬉しく思う」と述べ、彼の音楽性と文化的影響力を高く評価した。ジェニファー・ロペスは「彼の音楽は、言葉や文化の壁を超えて、世界中の人々の心に響いている」とも述べた。
2025年10月、映画『蜘蛛女のキス(El beso de la mujer araña)』の主演を務める歌手兼女優ジェニファー・ロペスは、米国の人気テレビ番組『トゥデイ(Today)』に出演し、2026年2月8日にカリフォルニア州サンタクララのリーバイス・スタジアム(Levi’s Stadium)で開催されるスーパーボウル(Super Bowl)ハーフタイムショーにおけるバッド・バニーの起用について語った。
インタビュアーのクレイグ・メルビン(Craig Melvin)が、バッド・バニーがスペイン語で歌うことに対し保守派から批判が相次いでいる現状を説明すると、ロペスは驚きを隠せず、「えっ?議論になっているのか?」と反応した。状況を理解したのち、ロペスは明確にこう語った。「理解できないわ。彼は今、世界最高のアーティストのひとりよ。いや、おそらく最高の存在ね」。
また、ジェニファー・ロペスは、バッド・バニーのハーフタイムショーについて、「ああいう考えを持つ人たちがこのショーを見ることで、驚きと感動を覚えると信じているわ。彼の音楽は言語の壁を越えて響くもの。彼が成し遂げてきたことは本当に素晴らしいの」と語った。
バッド・バニー、ユーモアで応戦
こうした批判に対し、バッド・バニー本人はユーモアと自信に満ちた対応を見せている。2025年秋、人気番組「サタデー・ナイト・ライブ(Saturday Night Live:SNL)」のホストとして出演し、スペイン語と英語を交えたモノローグで保守的な批判にユーモアと誇りをもって応じ、会場の爆笑と拍手を誘った。SNL初出演を果たしたバッド・バニーは、単なる音楽スター以上の存在であることを証明した。ユーモアとカリスマ性、そして自身の文化的影響力への明確な自覚をもって、彼はステージをラテンアイデンティティを祝福し、アメリカのエンターテインメント業界における偏見に挑戦するプラットフォームへと変えたのである。
今言ったことが分からなかったなら、あと4か月ある。スペイン語を勉強して理解できるようにすればいい
この発言は、彼自身の文化的誇りとアーティストとしての立ち位置を、明確かつ挑戦的に示す場面となった
SNLはシーズンの開幕でドナルド・トランプをジェームズ・オースティン・ジョンソン(James Austin Johnson)が演じるパロディを放送し、挑発的なトーンを維持した。さらに、スーパーボウルの批判者をからかっただけでなく、バッド・バニーは国際的な観客を再び驚かせた。アメリカのテレビ番組でメキシコの人気コメディ『エル・チャボ・デル・オチョ(El Chavo del 8)』のキャラクター、キコ(Quico)を演じたのだ。
英語で演じられたこのスケッチは、ロベルト・ゴメス・ボラーニョス(Roberto Gómez Bolaños)によるコメディへのオマージュが満載であった。マルセロ・ヘルナンデス(Marcello Hernández)がエル・チャボ役、サラ・シャーマン(Sarah Sherman)がチリンドリーナ役、ジョン・ハム(Jon Hamm)がヒラファレス先生役を務めた。バッド・バニーは誇張された身振りとキコの象徴的な声で演技し、セグメントの中心的存在となった。このスケッチはノスタルジーとユーモアを融合し、文化的な壁を越えるエネルギーを放ったのである。
バッド・バニー、プエルトリコでの公演中に死の脅迫を受けた可能性
バッド・バニーは、プエルトリコで成功を収めたレジデンス公演を先週土曜日に終えた。会場となったホセ・ミゲル・アグレロット・コロシアム(Coliseo José Miguel Agrelot)には数千人の観客が詰めかけ、ストリーミング配信でも多くの視聴者を集めた。しかし、近頃の報道によれば、バッド・バニーは「No me quiero ir de aquí: Una más」ツアーの最終公演を終える直前に、死の脅迫を受けた可能性があるという。この情報はTMZおよび独立系ジャーナリストで元テレムンド(Telemundo)記者のジェイ・フォンセカ(Jay Fonseca)によって伝えられた。
ジェイ・フォンセカによると、死の脅迫はソーシャルメディア上で行われ、信憑性が高いと判断されたため、公演中の警備体制が強化されたという。TMZの報道によれば、脅迫を行ったとされる人物は特定され、武装していたことが確認された。FBIやその他の連邦機関の職員がアーティストの安全確保のためレジデンス公演会場に駐在していたが、容疑者の逃走中ずっと現場にいたかどうかは不明である。
フォンセカは、このイベントにおける警備の厳重さについて「チョリ(Choli、コロシアムの愛称)では特に厳重な警備が敷かれていた。バッド・バニーに対する信憑性のある脅威があったからだ。後に、その人物は深刻な問題を抱えていることが判明したが、武装していると見られていた」とも詳述している。
バッド・バニーのレジデンス公演の警備には複数の機関が参加
アメリカ合衆国シークレットサービス(United States Secret Service)、連邦捜査局(FBI)、およびプエルトリコ公共安全省(Puerto Rico Department of Public Safety)が、31公演に及ぶバッド・バニーのレジデンス公演の警備調整に参加した。この公演には、レブロン・ジェームズ(LeBron James)、ペネロペ・クルス(Penélope Cruz)、アレハンドラ・ハラミロ(Alejandra Jaramillo)、ベリンダ(Belinda)など、国際的な著名人も来場した。
ガイザー・インターナショナル(Gaither International)の調査によると、このレジデンス公演の経済効果は約7億1,300万ドルに達し、当初予測の約3億7,700万ドルを大幅に上回った。
バッド・バニーは色々と機転が効く。例えば2025年8月24日(日)、プエルトリコでのレジデンス公演中、つまりステージでパフォーマンス中、ズボンが足元まで滑り落ち、観客の前で一瞬下着姿となったのだ。バッド・バニーはズボンを片手で押さえ、何事もなかったかのようにそのまま歌い続けた。その自然体な対応に、観客からは拍手と歓声が沸き起こった。SNSではその様子がすぐに拡散され、動画は瞬く間にバイラルとなった。
この出来事が起きたのは、自身の楽曲「EoO」を歌っている最中であり、ちょうど「que a las dos le bajamo el panty(2時にはパンティを脱がせる)」という歌詞を歌っていた瞬間だった。偶然とは思えないタイミングに、会場からは驚きと笑いが起こった。この一件もまた、彼がなぜ世界的なアーティストとして成功を収めているのかを象徴するエピソードである。自身のレジデンス公演は、プエルトリコ経済に3億ドル以上の効果をもたらすと推定されており、リッキー・マーティン(Ricky Martin)、ホルヘ・ドレクスレル(Jorge Drexler)、アレハンドラ・ハラミロ(Alejandra Jaramillo)、そしてベリンダ(Belinda)といった著名人もゲストとして参加している。
プエルトリコはアメリカの自治的な領土であり、プエルトリコ出身の人々は米国籍(U.S. citizenship)を有している。ただし、アメリカの「州」ではないため、プエルトリコ内に居住している限り、大統領選挙の投票権など、一部の政治的権利は制限されている。
また、税制においても特殊な扱いを受けており、プエルトリコ住民は原則として米連邦所得税の納税義務はないものの、社会保障税やメディケア税、その他の連邦税については支払っている。さらに、米国企業がプエルトリコで事業を行う際には、連邦税の対象となる場合もある。
このように、プエルトリコの住民は米国民としての義務の一部を果たしているにもかかわらず、連邦政府における完全な代表権を持たないという、いわば「課税されるが代表権はない(taxation without representation)」という状況に置かれている。
参考資料:
1. “Es una enorme ridiculez”: Donald Trump arremete contra Bad Bunny por el Super Bowl 2026
2. Bad Bunny habría recibido una amenaza de muerte durante su residencia en Puerto Rico
3. Jennifer López defiende a Bad Bunny de las críticas por el Super Bowl: “Es el mejor artista del mundo”
4. Bad Bunny se ríe de las críticas por su show en el Super Bowl durante su debut en SNL
No Comments