9月7日(日)夜、ガイアナの選挙管理委員会(Guyana Elections Commission:GECOM)は、現職の大統領モハメド・イルファーン・アリ(Mohamed Irfaan Ali)が率いる国民進歩党/市民(People’s Progressive Party/Civic:PPP/C)が、9月1日に実施された総選挙で勝利したと認定し、「圧倒的な勝利を収めた」と発表した。アリは3日(水)の時点で、すでに選挙の勝利を宣言していた。なお、ガイアナ選挙管理委員会(GECOM)が公開した得票集計によれば、PPPは24万票以上を獲得しており、これは全体の約55%に相当する。また、同党は全国10選挙区のうち7つで勝利したとみられ、長年の政敵である国民統一パートナーシップ(A Partnership for National Unity:APNU)を大きく引き離したようである。
ガイアナ有権者は、45歳のアリの政策アプローチを支持したと見受けられる。アリの選挙キャンペーンは、石油収益を活用して慢性的な貧困を緩和し、さらなる社会的・経済的発展を実現するという公約を中心に展開された。また、隣国ベネズエラとの領土問題に対処することを公約に掲げ、選挙戦を展開していた。
選挙戦の前哨戦は緊張感を伴っていた。ガイアナ選挙管理委員会は、有権者および政党に対し、偽情報やフェイクニュースの作成・拡散について責任ある行動を取るよう警告していた。ガイアナ当局は、隣国ベネズエラを主な「かく乱要因」と指摘しており、これは予想された展開であった。過去10年間、カラカスとジョージタウンの関係は緊張状態が続いている。
アリの主な対立候補は、「ガイアナのトランプ(Guyanese Trump)」の異名を持つ億万長者のポピュリスト、アズルディン・モハメド(Azruddin Mohamed)であり、新たに結成された「国家投資連合(We Invest in Nationhood:WIN)」党を率いて選挙に挑んだ。同党は得票率24.8%で第2位となった。野党の国民統一パートナーシップ(APNU)は、アフロ・ガイアナ系住民の多くを支持基盤としており、得票率17.7%で第3位となった。
アリが率いる政党は、主にインド系ガイアナ人コミュニティからの支持を受けており、これによりアリは2期目となる5年間の大統領任期に入った。アリの勝利に対して最初に祝意を表した世界の指導者の一人は、インドのナレンドラ・モディ(Narendra Modi)首相であり、X(旧Twitter)において、インドとガイアナの関係強化に期待すると述べた。これに対し、アリも土曜日にX上でコメントを発表し、モディ首相およびインドとの協力を楽しみにしていると述べ、「すでに強固で友好的な関係を、さらに発展させていきたい」と応じた。また、イギリス大使館もXに声明を発表し、アリとガイアナ国民に対し「平和的かつ成功裏に行われた選挙」を祝福した。
ガイアナの経済成長
アリの再選は、人口約80万人のガイアナが、2019年後半にエクソンモービル(ExxonMobil)によって沖合での石油採掘が開始されて以来、石油販売とロイヤルティによって約75億ドルの利益を得る中で行われた。これにより、ガイアナは世界で最も急成長している経済の一つとなっている。
今回の選挙では、2019年にエクソンモービルが発見した膨大な石油埋蔵量から得られる収益を、各政党がどのように管理・分配するかが最大の争点となった。同社によれば、2019年以降、ガイアナの領海および領土内で数十億バレル規模の原油が発見されており、その結果、国家予算は過去5年間で4倍に膨れ上がった。人口約80万人のガイアナは、現在、1人あたりの確認原油埋蔵量で世界有数の国となっており、地域内でも最も成長著しい経済の一つである。
アリには、ガイアナが誇る莫大な石油資源の恩恵を国内の人々、特に依然として人口の過半数が貧困状態にある国民に行き渡らせるという課題が残されている。これは、前述のとおり、国内総生産(GDP)が急速に成長しているにもかかわらずの現実である。2020年に政権を握ったアリ政権は、石油収益を活用して道路、学校、病院の建設を進め、国立大学の授業料を無償化するなどの施策を実施してきた。しかし、野党側は、石油収益が国民進歩党(PPP)と関係の深い集団に偏って分配されていると批判しており、これに対して与党側は不正を否定している。
エセキボ地域を巡る緊張
ガイアナは現在、ベネズエラ大統領ニコラス・マドゥロ(Nicolas Maduro)政権との間で、領土問題をめぐる外交的課題に直面している。ガイアナはブラジル、ベネズエラ、スリナムに挟まれた地理的位置にあり、10年前に沖合で発見された豊富な石油および鉱物資源により、国際的な注目を集めている。現在、ガイアナは一人あたりの確認石油埋蔵量で世界最多の国であり、石油生産量は現在の1日あたり65万バレルから、2030年までに100万バレルに達する見通しである。この石油資源によって国家予算は過去5年間で4倍に拡大し、2025年には67億ドルに達した。また、2024年には世界最高水準である43.6%の経済成長率を記録した。
エセキボ地域(Essequibo region)をめぐる領有権争いは数世紀にわたって続いてきたが、2015年に同地域で莫大な石油資源が発見されたことで、両国間の緊張が一気に高まった。マドゥロは、エクソンモービル、シェブロン(Chevron)、中国海洋石油総公司(China National Offshore Oil Corporation)などの石油企業とガイアナが締結する探査契約に対し、同国の権利を否定する法令や声明を発している。エセキボ地域はガイアナが実効支配しているが、ベネズエラが領有権を主張しており、現在も緊張の火種となっている。しかしながら、ガイアナは石油産業の開発を継続している。
もしベネズエラの主張が認められれば、ガイアナの国土はおよそ3分の2にまで縮小されることになるほど、この領土請求の規模は大きい。ガイアナ政府は、1899年の仲裁裁定によって現在の国境が確定したと主張しており、2018年にはこの裁定の法的拘束力を確認するため、国際司法裁判所(International Court of Justice:ICJ)に提訴した。同裁判所は2023年、ベネズエラに対して「現在エセキボで支配的な状況を変更するような一切の行為を控えるように」と警告した。
ベネズエラの不満の根源は、1899年にパリで行われた国際仲裁裁定にある。この裁定は、当時のイギリス領ギアナ(British Guiana)との国境を画定したものだが、ベネズエラの歴代政権および独裁体制は、この国際的な境界線の位置に異議を唱えてきた。ベネズエラは同裁判所の管轄権を認めず、1966年のジュネーブ協定(Geneva Agreement)を根拠として、外交交渉による解決を主張している。
上述の通りベネズエラはICJの管轄権を認めていない。領有権争いをめぐる国民投票も実施しておりその結果、有権者の圧倒的多数が、「ガイアナ・エセキバ(Guyana Esequiba)」と名付けられた新たなベネズエラの州の設置を支持した。2025年5月にはベネズエラ政府はエセキボ地域に対する「当局」の任命を強行した。ベネズエラではエセキボを含まない地図の使用を禁止する法律も制定されている。これを受けてICJは、ベネズエラがガイアナ領内でいかなる「選挙」を実施することも禁ずるとの判断を改めて示している。
マドゥロはできる限り混乱を引き起こすことを決意しており、ガイアナとの国境問題を悪化させることで、国際企業が陸上および海上での操業を断念するように仕向けようとしている。彼はこの問題を国内世論に訴え、ベネズエラ軍を動員して訓練演習や侵入、ガイアナ国境警備隊との対峙を行っている。2025年3月には、ベネズエラの沿岸警備艇がガイアナの領海に入り、エクソンモービルが所有・運営する浮体式生産貯蔵積出設備(FPSO)付近を航行した。ベネズエラ側は無線で、「紛争中の国際水域で操業している」と主張した。
アリの選挙勝利は、ガイアナが依然としてベネズエラからの脅威にさらされているという事実を変えるものではない。
米国の介入
ベネズエラが東隣の小国を威嚇する一方で、アリ政権はカリブ海における麻薬取締作戦の一環として軍艦を展開しているアメリカ合衆国からの支持を受けており、これがベネズエラとの緊張をさらに高める要因となっている。トランプ(Trump)政権は南カリブ海に8隻の艦船と約4,000人の海軍兵士および海兵隊員からなる海軍部隊を展開した。焦点は明確にマドゥロの行動と利害に向けられており、米国はベネズエラの指導者が麻薬カルテルを支援し、麻薬テロリズムの運営を助長していると確信している。トランプは1月に、ベネズエラ発の組織であるトレン・デ・アラグア(Tren de Aragua)をはじめとするカルテルを外国テロ組織に指定する大統領令を発した。
マドゥロは米国がベネズエラ侵攻を準備していると非難しているが、米海軍部隊は疑わしい船舶を阻止し、南カリブ海の海域で高い警戒態勢を維持している。マドゥロはカリブ海における米軍の軍備増強は自身の政権打倒を狙ったものだと主張し、「米軍に攻撃された場合は“武装共和国”を宣言する用意がある」とも述べている。最近では、ベネズエラから出航し米国向けの麻薬を運んでいた疑いのある船に対して攻撃が実施された。ホワイトハウスは、この攻撃で11人の麻薬密輸業者が死亡したと発表した。ベネズエラ側は、この攻撃の映像がAIで生成されたものだと主張している。
米国海軍部隊が南カリブ海で活動する理由は多い。その一つが、米国がガイアナに商業的利害関係を持ち、ベネズエラからの敵対的行動を阻止したいと考えているためである。米国はガイアナ産石油の最大の輸出先であり、さらに米国企業がガイアナのデジタルやフィンテック分野のプロジェクトに参入することも奨励している。
ワシントンはガイアナの将来の安全保障における最も重要な要素である。2025年3月にはマルコ・ルビオ(Marco Rubio)国務長官が短期の地域訪問の一環として同国を訪れた。アリにとっての懸念は、ガイアナが単なる戦略的拠点となり、米国がベネズエラに対してさらなる地政学的圧力をかける足場になることである。
アリに対する評価
アリは、ガイアナが得た新たな石油収益の一部を社会福祉プログラムに充ててきたことから、高い評価を受けている。都市計画の専門家でもある45歳のアリは、就任演説において国民の団結を呼びかけ、新たな経済開発によって国家の急速な成長を実現すると約束した。また、「すべての家族、すべての家庭に、より大きな繁栄をもたらす」ために、社会プログラムを継続していくと述べた。「これからの5年間は、我が国にとって最も重要な時期となるだろう」とアリは語った。「歴史は、我々の手に資源、機会、パートナーシップ、そして国際的な善意を託した。それらを活かし、約束を現実へと変える時が来たのである」。
アリ政権は、病院や高速道路など、数多くの建設プロジェクトを主導してきた。政権は今月中にも大学授業料の無償化を開始する予定であり、さらに最低月額賃金の引き上げ、公的年金(65歳以上)の倍増による月額500ドルへの引き上げ、そして来年までに電気料金を半額にすることも公約している。
今回の選挙でアリと争ったのは、38歳の富裕実業家アズルディン・モハメドである。モハメドは父親およびその金輸出会社と共に、公共腐敗に関与したとして、アメリカ合衆国財務省から制裁を受けている。
日曜日には、アメリカ合衆国国務省がアリの当選を祝福する声明を発表し、「エネルギー安全保障の強化や、ガイアナの主権および領土保全、特にエセキボ地域に関する支援を含む、共通の外交政策目標の推進に向けて、アリ政権と協力していくことを期待する」と述べた。
投票率は前回の選挙よりも低下したものの、国民進歩党(PPP)は得票率を伸ばした。一方、長年にわたり主要野党の立場にあった国民統一パートナーシップ(APNU)は、第3位にとどまった。なお、アリが率いる国民進歩党に次ぎ、得票数で2位となったのは、わずか3か月前に設立された新興政党「国家投資連合(WIN)」であった。WINを率いる実業家アズルディン・モハメドは、月曜日に行われた選挙において不正があったと主張する一方で、「我々はガイアナの政治体制の根幹を揺るがした」と述べ、自党の健闘を称えた。
米州機構(Organization of American States:OAS)の選挙監視団がガイアナに派遣されており、これまでのところ、選挙不正に関する報告は出ていない。選挙は、ガイアナ警察が、選挙関係者と投票箱を運搬中のボートが「ベネズエラ側の岸から銃撃を受けた」と発表した翌日に実施された。この事件は、領有権をめぐる争いが続く資源豊富なエセキボ地域(Essequibo region)で発生したものである。ベネズエラ側は事件への関与を否定しているが、両国は同地域をめぐる領有権争いにおいて対立を深めている状態にある。
#米州機構 #エセキボ #NicolasMaduro #MarcoRubio
参考資料:
1. Irfaan Ali re-elected for second term as oil-rich Guyana’s president
2. Guyana’s president sworn in for a second term as oil wealth transforms the nation
3. Guyana President Irfaan Ali claims victory in general election
4. Guyana’s president claims victory in election held amid newfound oil riches
5. Guyana’s president wins another term in election watched keenly by Venezuela and US
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