ペルー文化振興財団(Patronato Cultural del Perú:PACUPE)は、2026年に開催される第61回ヴェネツィア・ビエンナーレ(Biennale di Venezia)において、アマゾン出身の著名なアーティスト、サラ・フローレス(Sara Flores)がペルー代表として選出されたことを発表した。この決定は、PACUPEによるキュラトリアル・コンペティションを通じてなされたもので、過去最多の応募数を記録した中から選出された。審査には、国際的に高い評価を受ける8名の専門家が参加し、最終的に「Sara Flores. Entre dos mundos(サラ・フローレス──二つの世界のあいだで)」というプロジェクトが高く評価されたことによるものである。サラ・フローレスは先住民族シピボ・コニボ(Shipibo-Konibo)出身として、ペルー国のパビリオン代表としてヴェネツィアに立つ初めてのケースであり、同国の文化史における重要な節目となる。シピボ・コニボの人々はウカヤリ川沿岸に暮らしている。
ヴェネツィア・ビエンナーレ(Biennale di Venezia)は、イタリアのヴェネツィア(Venezia)において1895年より開催されている現代美術の国際展覧会である。万国博覧会や近代オリンピックのように、国家単位での出展が基本となっており、各国が威信をかけて展示・発表を行う様子から、「美術のオリンピック」とも称されている。
ペルー・パビリオンのコミッショナー、アルマンド・アンダーデ(Armando Andrade)は「ペルーの現代アートシーンは成熟期を迎えており、31件に及ぶ多様かつ質の高い提案がその証明である。今日のペルーは、私たちの歴史的背景だけでなく、代表するアーティストの質においても国際的な注目を集める存在である」と述べている。
サラ・フローレスのヴェネツィア・ビエンナーレへの参加は、国際的な評価の表れであるだけでなく、祖先の遺産の再評価を意味する。ホアキン・ロペス・アンタイ(Joaquín López Antay)にナショナル・カルチャー賞が授与されてから約半世紀が経過し、ペルーは再び伝統的な知恵を芸術的議論の中心に据えることとなった。
サラは1950年、ウカヤリ川(Ucayali)沿いのタンボ・マヨ(Tanbo Mayo)共同体で生まれた。幼少期からケネ(kené)という、深い精神性と癒しの意味を持つ複雑な幾何学模様の芸術とつながりを持っていた。ケネは「デザイン」を意味するシピボ語の動詞「kéenti」(愛する・大切にする)と語源を共有するシピボ・コニボ民族の共有する価値観、生活様式、倫理的精神性の深さを表現するものである。ケネは彼女の芸術表現の核心であり、2008年にペルーの国家文化遺産に指定された。ケネの創作は周囲の環境、すなわち樹木、植物、野生綿といった素材を用い、技術的知識と哲学的原理が母系継承を通じて世代から世代へと伝えられている。ケネは深く絡み合った信仰体系の一部でもあるのである。
サラ・フローレスは、先住民族シピボ・コニボに受け継がれてきた祖先の知識と対話するかのように、豊かな象徴性を備えた視覚的宇宙を構築することで知られている。彼女が属するこのコミュニティの伝統は、彼女の創作の根幹を成している。
サラ・フローレスの作品は美術館の枠を超え、現代文化の中でも大きな影響力を持つ。最近ではフランスのファッションブランド、ディオール(Dior)が国際的なアーティストを招き、象徴的な「レディ・ディオール(Lady Dior)」バッグの再解釈プロジェクトを実施した。フローレスはその第9回目の「Dior Lady Art」に選出され、2025年11月7日に予定されているプレローンチコレクションで発表する作品を制作した。
彼女は自身の作品に、トクヨ(tocuyo)と呼ばれる、植物染料で手染めされた厚手の綿布を用い、アマゾンとの対話を具現化した。この作品は、ケネの豊かな伝統をグローバルな高級ファッションの舞台に移し替えたものである。
1995年にプリンセス・ダイアナに贈られて以来、アイコンとなったレディ・ディオールは、世界各地のアーティストによって再解釈されており、伝統的な視覚的物語をファッションの領域に持ち込んでいる。フローレスはジェフリー・ギブソン(Jeffrey Gibson)、ヴォーン・スパン(Vaughn Spann)、ダニエル・マッキニー(Danielle McKinney)、フェイス・リングゴールド(Faith Ringgold)らと共に、アマゾンの知識と国際的なアートシーンをつなぐ架け橋として、精神性、自然、祖先の象徴性といったテーマを探求している。
ペルー文化振興財団がヴェネツィア・ビエンナーレに選出したこの提案は、現代アートの最も重要な舞台でケネの力強さと現在性を示すものである。ケネは今日、アイデンティティ、抵抗、そして創造性の象徴として位置づけられている。審査員はフローレスの先見性と、彼女の作品が現代社会のグローバルな課題や文化保存との対話を行っている点を高く評価した。
フローレスの作品は、集団的記憶と先住民族の知識、そして視覚的革新を巧みに結びつけており、2026年のビエンナーレのキュレーションテーマである「In Minor Keys(イン・マイナー・キーズ/陰の調べ)」の理念と共鳴している。このテーマは、故コヨ・コウ(Koyo Kouoh、1967–2025)キュレーターによって提唱されたものである。
ヴェネツィアにおける彼女のプロジェクト「De otros mundos(ほかの世界から)」は、視点の転換を私たちに促すとともに、現代アートと祖先の記憶、アマゾン先住民の宇宙観との関係性を探求するものである。このプロジェクトは、西洋的な美学や認識論の枠組みに従うことのない、芸術における美的かつ知的な力を認めつつ、これらと批判的かつ共同体の経験に深く根ざした視点から対話を試みている。また、本作は、現代アートの限界や、先住民の表現を長らく周縁化してきた植民地主義的枠組みに対する国際的な議論とも呼応している。
本プロジェクトのキュレーションは、イセラ・コジョ(Issela Ccoyllo)とマッテオ・ノルツィ(Matteo Norzi)の共同によって行われている。彼らは、時代を超えて生き続けるこれらの視覚表現を「生きた言語」として捉え、その重要性と普遍的な意義を浮かび上がらせることを目的としている。
シピボ・コニボ・シェテボ評議会(Consejo Shipibo-Konibo-Xetebo:COSHIKOX)会長のリサルド・カウペル・ペソ(Lisardo Cauper Pezo)は、次のように述べている。
この成果は、私たちシピボ・コニボ・シェテボ民族の力と団結の象徴である。サラ・フローレスの作品を通じて、私たちの生きた文化の声がヴェネツィア(Venezia)に響くことになる。この文化は、いまなお領土、アイデンティティ、そして祖先の知識を守り続けている。
ビエンナーレという舞台は、文化的外交の場となり、私たちの土地が直面している課題に世界の注目を集めることになる。そして、先住民族の生き方が「過去」ではなく、「人類の未来」であることを力強く示す機会となるだろう。
サラ・フローレスがヴェネツィア・ビエンナーレに参加する意義は、持続可能性、脱植民地主義、そして21世紀における文化的多様性をめぐる対話において、先住民族のオーサーシップ(authorship/表現主体)を不可欠な要素として位置づけることにある。
シピボ・コニボ・シェテボ評議会は、以下のように声明を発表している。
COSHIKOXは、先住民族としての一体性を高めることに引き続き尽力し、アーティストや知の担い手を支援し、その側に立ち続けることをここに再確認する。私たちは、芸術が集団的アイデンティティを創造し、抵抗を表し、癒しをもたらし、より公正で調和のとれた世界を築くための手段であると確信している。
その表現の象徴的な深さで広く知られるフローレスは、自身が属するシピボ・コニボ(Shipibo-Konibo)共同体の祖先の知と対話しながら、独自の視覚的宇宙を構築してきた。天然顔料で染めた布地に描かれた彼女の作品には、ケネ(kené)と呼ばれる幾何学模様が施されている。それらは単なる装飾ではなく、環境、記憶、生命との精神的な関係を表現する「知の地図」である。一本の線、ひとつの形には、それぞれ意味の網が張り巡らされており、身体、自然、宇宙をつなぐ関係性が示されている。
アマゾン地域を代表する現代アートにおける最も重要な声のひとりであるフローレスの作品は、すでに国際的にも高い評価を受けている。ここ数ヶ月で、彼女の作品はニューヨークのメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)やグッゲンハイム美術館(Guggenheim)などの常設コレクションに加えられており、ロンドンのテート美術館(Tate)、ロサンゼルスのハマー美術館(Hammer Museum)、サンフランシスコ美術館(Museum of Fine Arts)といった世界的に著名な美術館も彼女の作品を所蔵している。さらに、フォード財団(Ford Foundation)やJPMorgan Chase Art Collectionなどの支援も受けており、彼女の国際的な評価はますます確固たるものとなっている。
サラ・フローレスは、パリのホワイトキューブ・ギャラリーでも初の個展を2023年に開催している。また、同時期にパリのケ・ブランリ美術館(Musée du Quai Branly)で開催された『シャーマニック・ヴィジョンズ(Visions Chamaniques)』展にも参加している。
本人の言葉によれば、「ジャングルは私のアトリエである。先住民であることは、命や大地、その住み手たち、そして森や川といった存在とのつながりを意味する。私の作品は精神的な次元への入り口である」。
参考資料:
1. INDIGENOUS ARTIST SARA FLORES BRINGS SHIPIBO-KONIBO WORLDVIEW TO THE VENICE BIENNALE
2. Sara Flores hará historia en la Bienal de Venecia, primera artista shipibo-konibo en representar al Perú
3. La artista peruana Sara Flores, arte ancestral contra el cambio climático
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