(Photo:XAVIER MONTALVO / EFE)
2025年7月25日(金)の夜以降、エクアドルとコロンビアの国境は、ただの「見えない線」から政治的緊張の舞台へと変貌した。エクアドル軍と警察に護送されたバスがルミチャカ国際橋(Puente internacional de Rumichaca)にずらりと並び、囚人たちが次々と降ろされた。事前の通知もなければ、両国間の合意も手続きもなかった。今回エクアドル政府の命令で強制送還されたのは603人のコロンビア人受刑者であるが、最終的には、合計1,000人が送還される予定だという。
コロンビア国籍の受刑者の国外追放については7月25日から開始されている。コロンビアはこの措置をエクアドルの外務省によって発表された公式声明によって認識した。本対応はエクアドル、コロンビア両国における外交関係に緊張を生じさせるとともに、送還対象の選定基準や法的根拠、送還後の扱いなど、さまざまな疑問を呼んでいる。この大量送還は、エクアドル国会(与党多数)によって最近可決された最も論争的な新法「公共倫理法(Ley de Integridad Pública)」の初の適用事例である。この法律は「マフィアとの闘い」を名目に、ドナルド・トランプ(Donald Trump)の反移民政策に酷似した内容となっており、有罪判決が確定していなくても、拘留中であれば外国人を即座に国外退去させることが可能となっている。予防拘禁(prisión preventiva)の段階でさえ、バスに乗せて国境を越えさせるには十分である。
エクアドルによる本措置に対し、グスタボ・ペトロ(Gustavo Petro)政権は強く反発し、今回の措置は「国際法の最も基本的な概念すら無視している」と厳しく非難した。事実国際法上、大量追放(mass deportations)は明確に禁じられている。コロンビア外務省はこの国外追放を「一方的に(unilateral)」実行したと非難している。コロンビア政府は、繰り返し両国間での送還手続きに関する正式なプロトコルの策定を求めてきたが、それが実現しないまま追放が開始されたと述べた。
コロンビア外務省の声明では、以下の点が特に問題視されている:
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追放される市民の身元確認が不可能
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彼らの法的状況の検証が困難
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国際法上の義務を明白に逸脱
El Ministerio de Relaciones Exteriores de Colombia se permite informar a la opinión pública que el Gobierno del Ecuador, de manera unilateral, ha dado inicio hoy al proceso de deportación de nacionales colombianos que se había anunciado días atrás.
— Cancillería Colombia (@CancilleriaCol) July 26, 2025
Lo anterior, desatendiendo las… pic.twitter.com/FfL5q2od7z
さらにコロンビア外務省は、この措置が自国民に対する「恣意的な行為」であり、外交関係を損なう「非友好的な姿勢(gesto inamistoso)」だと強調した。両国はすでに長期的にイデオロギー的な対立関係にあるが、今回の出来事はその緊張をさらに高めている。今後コロンビア政府は、外交ルートを通じて事態の是正と市民の権利保護に向けた措置を講じると表明している。
このような強制送還問題はペトロ政権にとって特に敏感なテーマである。彼は過去、トランプ政権下でアメリカから送還された不法移民の受け入れを拒否し、外交危機を引き起こした経験がある。
参考:コロンビア人収監者の大量追放が国際法違反であるとする根拠
国際人権規約(International Covenant on Civil and Political Rights:ICCPR)
第13条 合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。国の安全のためのやむを得ない理由がある場合を除くほか、当該外国人は、自己の追放に反対する理由を提示すること及び権限のある機関又はその機関が特に指名する者によって自己の事案が審査されることが認められるものとし、このためにその機関又はその者に対する代理人の出頭が認められる。
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国連人権委員会の一般的意見第15号(1986年)では、「外国人の地位」に関して、集団的な追放や恣意的処遇は第13条に違反すると解釈
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欧州人権裁判所も複数の判例で「集団追放(collective expulsion)」も違法として判断
アメリカ人権条約/サン・ホセ条約(American Convention on Human Rights)
第22条 第6項 外国人の集団的追放は禁じられる。
第6項以外にも例えば、第1項で「すべての人は、各国の法令の下で、自己の国内において自由に移動し、居住地を選択する権利を有する出国・帰国の権利)」とされており、第4項でも「この条に規定された権利は、合法的に国家の領域内に在住する外国人に対しても認められる」と定義されているように、 外国人にも国内移動・出国の自由が保障されている。さらに、第5項は「だれも、その国籍を有する国から、または合法的に在住している国から追放されてはならない」と規定しており、国民である者の追放を禁じるとともい、合法的に居住している外国人も対象としている。このような権利の保障は第7項が「戦時中や公的な緊急事態の際には、第27条のもとで一部制限が認められるが、当該制限は最小限でなければならず、正当化が必要である」としている通り、たとえ戦時でも集団追放のような重大な権利侵害には慎重な制限が必要と強調している。
上述が主な根拠とするが一方、万が一収監者の中に、武力紛争・人道上の理由で逃れてきた難民申請者や庇護希望者が含まれていた場合、個別審査なしの追放はノン・ルフールマン(non-refoulement)原則にも反することとなる。また、本人確認、家族の状況、健康状態、受け入れ国の準備状況などを考慮しない追放は、「非人道的」または「差別的な扱い」と見なされる恐れもり、これは国連拷問禁止条約(Committee against Torture:CAT)とともに、国際人権委員会(UNHRC)の一般的見解などにも抵触する可能性がある。
国境現場の混乱と即席対応
送還の舞台となったコロンビアのナリニョ県では、ルミチャカ橋にて囚人服姿のコロンビア人が寒風に晒されながら並ぶ光景が広がった。この事態に、ナリニョ州知事ルイス・エスコバル(Luis Escobar)は「完全に準備不足だった」と述べ、緊急対応として即座にプロトコルを作成し、仮設テントを設置したことを明らかにした。
ソーシャルメディアで拡散された映像には、エクアドルとコロンビアの国境にあるルミチャカ橋で、オレンジ色の囚人服を着た数十人の男女が夜間、自国への帰還を待っている様子が映し出されている。彼らはかつてエクアドルの刑務所に収監されていた受刑者であり、その一部は「ビバ・コロンビア! コロンビアはコロンビアだ! 自由万歳!」と叫んでいた。彼らの周囲には、警察官や軍関係者が配備されており、帰国手続きと治安の維持にあたっていた。
🔒#Seguridad | Se incumplen las más básicas nociones del Derecho Internacional, que prohíben las deportaciones masivas, advirtió el régimen de Gustavo Petro.
— Radio Pichincha (@radio_pichincha) July 26, 2025
Los detalles⤵️https://t.co/7SyGexVQWB pic.twitter.com/vXXOekR1rS
このような事態を受け2025年7月26日(土)朝、コロンビアの臨時外相ヨランダ・ロサ・ビジャビセンシオ(Rosa Yolanda Villavicencio Mapy)は、事態を受けてただちに現地入りした。彼女は「エクアドル国家によって国外追放された自国民を出迎える」ための視察を行い、メディアの前で明らかに苛立ちを見せながら「我々は外交文書(notas verbales)を通じて、秩序立った帰還プロセスのための対話チャンネルの開設を求めていた」と述べた。
#AEstaHora Un equipo interinstitucional liderado por la ministra de Relaciones Exteriores (e), Rosa Yolanda Villavicencio Mapy (@ryvillavicencio) se desplaza al Puente de Rumichaca, en la frontera entre Colombia y Ecuador, para recibir a los connacionales expulsados por el estado… pic.twitter.com/gWzvesTVmt
— Cancillería Colombia (@CancilleriaCol) July 26, 2025
敵なきノボア政権が「外国人狩り」に舵を切る
エクアドルの大統領ダニエル・ノボア(Daniel Noboa)は、国内政治において明確な対立軸を欠く中、敵の不在を外国人排斥で埋め合わせる戦略に出た。最大野党「市民革命(Revolución Ciudadana)」は内部分裂で弱体化しており、ノボアにとって外国人――とりわけコロンビア人――は政治的に都合の良い「攻撃対象」となっている。これは、かつての米大統領ドナルド・トランプが用いた手法と酷似している。
ノボアは地元ラジオ局のインタビューで、コロンビア人囚人1,000人を軽視する発言をした。「我々はエクアドルの刑務所に1,000人ものコロンビア人を収容していくことなどできない。しかも彼らが“優先対象”などとは言語道断だ」と述べ、同国憲法のある条項に対する不満をあらわにした。彼はこれまでにもその条文の改正を求めている。
また、ノボアは次のように語った。「膵臓癌を患ったコロンビア人が先に医療を受けられて、エクアドルの若者が後回しになるとは本末転倒だ」と。しかし、この主張は国内の公立病院の資材不足や医療制度の貧困という現実を無視している。エクアドル人の若者であっても、実際には十分な治療を受けられないのが実情である。
犯罪者は40年間入国禁止
ノボア政権の治安戦略の中核に“外国人排除”が据えられている。内務大臣ジョン・レインベルグ(Jhon Reimberg)は、「これらの犯罪者は40年間エクアドルへの入国を禁じられることになる」と述べた。これは、最近可決された法律の新たな帰結である。レインベルグ大臣はさらに次のように強調した。「我々は、恐怖が国境を越えて我が国に入り込むことを許さない。そして、それが街中に根を下ろすことも許さない」。この発言は、政府の新たなスローガンである「テロリズムは軍事目標とする」という方針に基づいている。極めて単純かつ危険なアプローチである。
この外国人追放策は、ノボア政権の強硬な治安政策と国民感情の結びつけを意図しており、人権団体や法学者からは「排外主義的かつ違憲の可能性がある」との懸念も出ている。
#GustavoPetro #DanielNoboa #LeyIntegridadPública
参考資料:
1. Daniel Noboa se inspira en el discurso antimigración de Trump para deportar presos colombianos desde Ecuador
2. Ecuador deportó 700 presos colombianos de manera unilateral, denuncia Gobierno de Petro
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