(Photo:Rodrigo Buendia / AFP)
「この工場は何年もの間、私たちを奴隷にしてきた。多くの人が亡くなった。多くの家族が犠牲になった。私たちは正義と補償を求めている。企業(古川拓殖)は耳を貸さない。私たちは死にかけている。『Furukawa Nunca Más』だ」と、現代奴隷制の被害者の一人が声を上げた。その横で仲間の一人が、会場にやってきた閣僚たちに太いアバカの幹を差し出した。それは何世代にもわたりアフロ系エクアドル人が搾取されてきた、その搾取の元となった原材料である。エクアドル国家による労働者への公的謝罪は、極めて不完全で不誠実なものであった。なぜなら、その謝罪では、労働者の「アフロ系出自」やエクアドルにおける「構造的人種差別」が奴隷制を引き起こした根本原因であることが、一切言及されなかったからである。それらは判決の中では「明確に」認定されていた内容である。
2024年12月5日、エクアドルの最高裁判所である憲法裁判所は、50年以上にわたる古川拓殖の人権侵害と、同企業が推進してきた奴隷制度と酷似した行為の存在を認めた。同国では前例のない判決である。裁判所は児童労働、不衛生な環境での生活と労働、労働搾取、驚くほど安価な賃金で利益を上げ続けてきた企業と、責任を果たさなかった国家の双方を指摘し、謝罪式典から始まる広範な補償措置の実施を命じた。謝罪式典は2025年5月31日土曜日に実施された。これは国家が被害者の目を見て、自らの過ちを認める絶好の機会であった。しかし、上述の通り多くの被害者にとって、この式典は表面的で苦い後味を残すものでしかなかった。
政府による誠実な謝罪の場を待つ342人は「Furukawa Nunca Más」と書かれたTシャツを着用し、の一部の元労働者の首にはアバカで作られた縄がかかっていた。中には正義を求めるプラカードを持っているものもいた。心からの謝罪から上っ面の挨拶は、エクアドルの首都キトの中心部にある歴史的な場所、独立広場(プラサ・デ・ラ・インデペンデンシア)で行われた。ここは国家の政治的中枢であり、大統領府カロンデレット宮殿(Palacio de Carondelet)の正面、そして「自由」を記念するモニュメントの傍らという象徴的な場所である。「自由」は、60年間にわたり日本企業によって奴隷のように働かされた元労働者たちが一度も経験したことのないものであった。
当局は、最前列に座っていた被害者たちに記念のプレートを手渡した。その間、群衆は「彼ら(政府)は一度もプランテーションを視察したことがない!」と叫んでいた。そして、プラカードには「我々は贈り物を求めているのではない、生き残った者たちへの補償を求めている。そしてその人生は完全なものではない。希望を切り裂かれたのだ」と書かれていた。
エクアドル労働大臣であるイボン・ヌニェス(Ivonne Núñez)は、演説の中で「同社(古川拓殖)は、人間の尊厳を本質的に損なうような国家的・国際的な規則に違反した」、「国家は現代の奴隷制に対して耳を塞いできた」と断じた。しかし、彼女は核心的な言葉を口にすることは決してあるなかった。それは「人種差別」という言葉である。アバカ企業における農業労働者たちが奴隷的状態にあったのは、人種差別という構造的原因が背景にある。これは憲法裁判所が明確に認めていたことである。企業の従業員の8割以上は人種的マイノリティに属し、その大多数は文盲であった。ヌニェスは5月31日を「フルカワ労働者の日」と定め、「闘ってきた世代に拍手を」と呼びかけた。その言葉の後、一人の女性がその謝罪に異を唱えた。「謝ってくれてありがとう。でも、謝罪で傷は癒えますか? 死者が蘇りますか?」「謝罪の実施は部分的なものにとどまっている」と、エキュメニカル人権委員会(CEDHU)の弁護士アレハンドラ・サンブラノ(Alejandra Zambrano)は言い切る。「人種差別についての言及はなく、大多数が黒人コミュニティの出身であるにもかかわらず、彼らの人権侵害に対するアフロ系コミュニティへの認識がなされていない」とサンブラノは指摘する。
これらの人々は、繊維産業や自動車産業で使用される繊維であるアバカを生産するプランテーションで働いていた。2021年時点で、フルカワ社のアバカ・プランテーションは太平洋岸の3つの県にわたって、約23,000ヘクタールに及んでいた。この地域の住民の大多数はアフロ系エクアドル人である。
キトで2023年12月に行われた記者会見での証言によれば、ある労働者は不衛生で過密なキャンプで子どもを出産し、他の者は仕事中のけがの後に適切な医療を受けることすら拒否されたという。同月、エクアドル憲法裁判所は、フルカワ社に対して、342人の被害者一人あたり12万ドル、総額約4,100万ドルの支払いを命じた。また、同社に対し、被害者への公開謝罪も命じた。しかし、同社はこれらの命令のいずれも履行していない。裁判所は、フルカワ社が5年間にわたってアバカ畑で人々を現代の奴隷制に相当する状況で生活させていたと認定した。そして、政府に対しても労働者への謝罪を命じた。これが5月31日土曜日に実施された謝罪式典である。
ヌニェス大臣が他の政府閣僚と共にスピーチを行っていた間、元古川拓殖の労働者たちは「賠償を、賠償を」「現代奴隷制、二度と繰り返すな」とスローガンを唱えていた。判決後、古川拓殖は賠償金を支払う資金がないと表明し、裁判所の命じた金額は不当であると主張した。
「私たちは、自分たちに何が起きたのかに対して責任を持つような謝罪を聞きたかった」と語るのは、11歳のときから奴隷労働を強いられていた匿名希望の女性である。彼女が語るのは「私たちは6年以上この裁判に関わってきたが、判決の履行を見たことはない。フルカワで生まれ、老いた仲間もいる。すでに亡くなった人もいる」ということである。少なくとも9人の労働者が、虐待の直接的または間接的な結果として死亡している。
到達しない正義
権利を回復する正義は、まだ到達していない。それを実感しているのは、20年以上も農場で働き続けた別の女性である。被害者たちは、経済的補償が到達した際に、犯罪が横行するこの国で恐喝の被害者になってしまうのではないかと怖れているため、自分たちの名前を公表したくないと言う。「国家が私たちに謝罪をしてくれることが、いったい何の意味があるのだろうか。私たちはまだ最初の補償を待っているのに」と、彼女は力強い声で言う。そして続けた。「企業は依然として自分たちの望むことを実現し続けており、利益を上げ続け、私たちを笑いものにしている」と。
謝罪は一歩前進に過ぎず、目的ではない。これは、汚染された環境で働き続け、教育や医療の権利を与えられなかったアバカ農園の元従業員たちが理解していることである。3人目の女性が言葉を継ぐ。「私たちは、その履行を待ち、国家がその省庁に残りの補償措置を実行させることを期待している」と彼女は述べる。
20年以上、古川拓殖の農場で過ごした元労働者
彼女たちにとって、判決は生活を変えるものではなかった。困窮は続き、強制労働が彼女たちの人生に残した目に見える傷、目に見えない傷は依然として存在し、日々それは食事、住居、健康、教育といった困窮の連鎖として現れている。「何も変わっていない。私たちは今も同じ問題に直面している。子供たちの学用品を買うお金もないし、学校の朝食を与えることもできない。食べ物がいつも足りない」と、1人の女性が嘆いた。彼女によれば、彼女も彼女の夫も、同じく古川で働いていた元従業員である。夫は機械の事故で足に傷を負い、歩行が困難になった。彼は会社を退職後、仕事を見つけることができていない。
それは、何百人もの元労働者とその家族にも当てはまることである。「私たちは神の御心があるまで、そして古川と国家が私たちのことを思い出し、憲法裁判所の命じたことを履行してくれるまで、闘い続けるつもりだ」と、13歳のときからプランテーションで働いていた農民の1人は嘆いた。各省庁による補償は書類上にとどまっており、何千もの家族にとって、いまだに果たされない約束のままである。
都市住宅省(MIDUVI)は、かつて農園内に暮らし続けていたために長年奪われてきた住宅の権利を保障するために搭乗はしてこない。教育省も、彼らの子供たちを就学させるための介入をしてこない。保健省も、強制労働によって身体に傷跡を残した数百人の労働者──切断、潰瘍、その他の障害に苦しむ人々──の治療に動いていない。そして、経済的包摂・社会保障省(MIES)が古川のような事例のために創設すべきとされた給付金制度もいまだ計画段階にない。
「今から始まるのは、判決の履行状況の監視である」と、エクアドル合同エキュメニカル人権委員会(Cedhu)のアレハンドラ・サンブラノは指摘する。しかし、憲法裁判所が定めたところによれば、最初の補償金の支払いはすでに遅延している。最初の支払いの締切は今年の3月5日だった。その期限の前日、古川拓殖は「支払うための流動資金がない」とする文書を提出した。
古川拓殖は、土地による補償または経済的賠償として、総額4,200万ドル以上を負担しなければならない。しかし、現地法人であるFurukawa Plantaciones C.A. del Ecuadorの代表であるギド・パエス(Guido Páez)は、『América Futura』誌に対して、この債務は「履行不可能なもの」であり、企業はそれを支払うためのキャッシュフローを「まったく持っていない」と述べた。
同社は現在、憲法裁判所と手続きを進め、初回支払い分である680万ドルの支払い義務に代わる負債処理の選択肢を模索している。企業側は「判決の履行に真摯に取り組む」と表明しているが、同時に自らを「支払不能」であると宣言している。「椅子も、机も、マチェテも全部売らねばならない。すべてを売り切ったとしても、まだ足りないだろう。空気からでもお金を探すしかない。なぜなら、これは理にかなった額ではない。誰も企業資産の215%に相当する金額を借金するための信用はくれない」と彼は語る。同氏によれば、古川の資産は1,300万ドルであるという。
パエスは、2019年に市民オンブズマン(Defensoría del Pueblo)による初期調査の後に、同社の経営を引き継いだ。現在、同社には95人の従業員が在籍しており、「すべて正式に雇用されており、法的な要件を満たしている」と主張する。また、収益は減少しているという。「日本(主な輸出先)への輸出は、判決が知られて以来停止している。昨年12月以降、国際輸出は一切しておらず、国内価格はより低い」と彼は嘆く。「賠償金を支払う唯一の方法は、企業の存続を保証することである」と述べ、約100人の従業員を解雇せずに済むようにしたいと強調した。
判決で認定された奴隷的労働の実態について問われたパエスは、「過去のことは考えたくない」と述べ、「もはやバックミラーを見ることはできない。前を向かなければならない」と語った。
イボンヌ・ヌニェスは、「この性質の判決」は履行されないままにされることはないと断言した。「憲法裁判所が、今後の履行監視の段階でどのような対応を取るかを決定することになる。いかなる判決も宙に浮いたままにはならない」と、彼女は『América Futura』とのインタビューで断言した。大臣は、本メディアとの会話の時点まで古川がいまだに操業を続けていることを把握していなかったが、それにもかかわらず歴代政権を非難し、「労働者に背を向けてきた」と指摘した。「彼らは、痛ましい現実に対して耳も目も塞いできた。これはまずなされるべき反省である。彼ら(被害者)は沈黙の中で生きてきたが、沈黙は共犯と同じである」と述べた。
欧州連合、古川事件の被害者に対する包括的な補償へのコミットメントを再表明
欧州連合(EU)は、プラサ・グランデで行われた「公開謝罪」の儀式を象徴的なものであり、その実施を高く評価すると述べている。EUによるとこの行動は、真実、正義、補償に向けた道のりにおいて重要な前進である。しかしながら、公式声明の内容において、憲法裁判所が指摘した重要な要素――構造的な人種差別、長期にわたる制度的放置、再発防止の保証――が含まれていなかったことに関しては、我々EUは懸念と共に注視していると述べた。これらの要素は、包括的な補償のために不可欠であるにもかかわらず実現されていないからである。
EUは、国際的な人権原則に基づき、本判決の完全履行に対するコミットメントを改めて表明し、この象徴的な行動は、すべての被害者(未だ正式に認定されていない人々を含む)に対して効果的な補償を保証する具体的な措置を伴わなければならないものであり、また、同様の事態が再発しないよう、持続的な公共政策の採用が必要であると考えると述べている。
EUによると自身は、この一連のプロセスにおいて、被害者に対し市民社会の同盟者として、そして傍観者ではなく積極的な支援者として寄り添ってきた。彼らが評価するのはエキュメニカル人権委員会(Comisión Ecuménica de Derechos Humanos, CEDHU)および被害者組織が果たしてきた重要な役割であり、彼らの正義追求の努力が決定的であったと言うことだ。そしてEUは労働者の権利、現代奴隷制の撲滅、構造的人種差別との闘い、そして正義と補償への効果的なアクセスを全面的に支持する、と改めて表明した。EUが信じていると述べるのは、エクアドル国家が憲法裁判所による勧告の履行を今後も着実に進め、関係企業もまたその責任を誠実に果たすことであり、上述の通り法的義務のみならず、包括的な補償、つまり長年にわたり非人道的な状況に置かれてきた人々の尊厳を回復する歴史的な機会でもあるとした。
イボンヌ・ヌニェスは、現代の奴隷制の新たな事例をエクアドルで繰り返さないために、国内の企業に対して「定期的かつ無作為」に行われる検査を同省が実施している努力について主張した。彼女は「労働者、その代表者、経営者、労働省、そして共和国大統領との間で、常に対話がなければならない。現在、私たちは60日ごとに会合を設けており、問題があるときには彼らの声に耳を傾ける体制を整えている」と説明し、また、「我々が政権についている間に、第二の古川事件が起こることは絶対にない、安心してほしい」とも述べた。
古川拓殖の被害者340人以上にとっては、その言葉を信じる確証はない。記念プレートや「公的な謝罪」、そして言葉では、奴隷として生きた人生を取り戻すことはできない。式典が終わっても、いつその「補償」が受けられるのか分からないまま、皆はその場を後にする。被害者の一人はこう締めくくった。「私たちが補償措置を受けられたその日こそが、正義が訪れた日である。そこから正義が始まる。私たちはエクアドル国民であるにもかかわらず、権利を否定されてきた。私たちに有利な判決が出ているというのに、それが履行されていないのだから」。
参考資料:
1. Ecuador pide perdón a los afrodescendientes víctimas de esclavitud moderna de Furukawa
2. La Unión Europea reitera su compromiso con la reparación integral de las víctimas del caso Furukawa
3. Ecuador apologizes to farm workers deemed to live like slaves
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