エクアドル:麻薬王「フィト」による資金洗浄とダミー企業ネットワーク

(Photo:Fiscalía)

エクアドルの犯罪組織「ロス・チョネロス(Los Choneros)」のボス、フィト(Fito)ことホセ・アドルフォ・マシアス・ビジャマル(José Adolfo Macías Villamar)は、1990年代から犯罪歴を重ねてきた。麻薬取引、恐喝、殺人請負、強盗などにより、これまでに少なくとも3,700万ドル以上の資産を築いてきたとされる。

現在、同人は逃亡中であるが、エクアドル検察庁(Fiscalía General del Estado)は「フィト資金洗浄事件(caso Blanqueo ‘Fito’)」の捜査を進めており、その犯罪収益の洗浄手口を解明しようとしている。

 

家宅捜索と逮捕

2025年6月2日の未明、警察官と検察官が、マナビ県(ロス・チョネロスの拠点であり、国内で最も危険な犯罪の温床の一つ)、エクアドルの主要港湾を擁するグアヤス県、そして首都キトが位置するピチンチャ県において、33棟の住宅や建物を家宅捜索した。午前3時、捜査官たちはバルコニーによじ登り、窓を割り、扉を蹴破って、フィトの親族5人を逮捕した。 この作戦は資金洗浄の疑いによる捜査と位置づけている。作戦ではまた、麻薬密売組織の首領およびその家族の所有とされる自動車10台と不動産47件も押収された。警察によれば、これらの資産の総額は1,300万ドルに相当するとされる。

この起訴に向け、司法評議会(Consejo de la Judicatura)は特別警備の要請を行っていた。すでに逮捕された者の氏名や、エクアドル国内の公的機関の公開情報からも、フィトに関連する資金洗浄ネットワークの広がりが浮かび上がっている。

 

6人の名前と4つの企業

本事件において逮捕された主な人物は、フィトの異母弟であるヤンドリ・マシアス(Yandry Macías)で、キト北部カラプンゴ(Carapungo)にあるサン・ホセ・デ・モラン(San José de Morán)地区で拘束された。商業監督庁(Superintendencia de Compañías)によれば、彼は「イリス&リンピエサ(Iris&Limpieza)」という企業の株主である。

エクアドル内国歳入庁(Servicio de Rentas Internas:SRI)によると、この企業は過去数年、法人所得税を申告しておらず、2019年にたった692ドルを支払ったのみである。この企業の代表はフィトの別の兄弟ロナルド・マシアス(Ronald Macías)であり、彼はまだ逮捕されていない。本社所在地はグアヤキル市である。

ベロニカ・ブリオネス(Verónica Briones)は2024年5月30日、マナビ県マンタ(Manta)で逮捕された。警察によれば、すでにグアヤキル(Guayaquil)の刑務所に収監されている彼女はフィト(Fito)の恋人であり、ロス・チョネロスの資金を第三者名義の口座を通じて動かす役割を担っていたという。当時、彼女はこの犯罪組織に対する作戦で拘束され、組織犯罪の容疑で起訴された。エクアドル当局は、彼女およびその家族の金銭的な動きを、資金洗浄の疑いの一環として追跡している。

このほか、関与が疑われている企業として「クイーンウォーター(QueenWater)」と「ホマビ(Jomavi)」がある。これら2社の株主および管理者はホルヘ・アルベルト・ペニャリエタ・トゥアレス(Jorge Alberto Peñarrieta Tuárez)も拘束された。彼はフィトの妻でありその子の母親でもあるマリエラ・ペニャリエタ(Mariela Peñarrieta)の兄弟である。

上記3名以外にフィトの恋人の父アンヘル・エルメリンド・ブリオネス(Ángel Hermelindo Briones)と母親ドロレス・オニラ・サンブラノ(Dolores Onila Zambrano)がマンタで、そして恋人の兄弟ホセ・グレゴリオ・ブリオネス・サンブラノ(José Gregorio Briones Zambrano)もポルトビエホで拘束された。

 

過去の捜査と帳簿の不整合

2020年、検察はすでにマリエラ・ペニャリエタ、彼女の兄弟ホルヘおよびフリオ・セサル(Julio César)、さらにロナルド・マシアスに対して、不当利得、資金洗浄および脱税の容疑で捜査を開始している。2013年から2019年にかけて、ペニャリエタの名義で開設された8つの銀行および1つの信用組合の口座に、総額210万ドルが入金されており、また、2015年には関連企業の総収入が34万4,000ドルに上るが、実際の申告額は19万9,999ドルに過ぎなかった。

2021年9月3日、マナビ県の裁判官メアリ・キンテロ(Mary Quintero)、ロレナ・ロメロ(Lorena Romero)、ホセ・アラルコン(José Alarcón)は、フィトの家族およびその企業に対して無罪判決を下し、この事件は一旦終結した。

 

「フィト資金洗浄事件」で逮捕された他の4人は、アンヘル・ブリオネス(Ángel Briones)、ドロレス・サンブラノ(Dolores Zambrano)およびその子どもたち、ホセ・グレゴリオ(José Gregorio)とベロニカ・ナルシサ(Verónica Narcisa)である。彼女はすでに2024年5月からグアヤキルの女性刑務所に収監されている。ベロニカ・ブリオネスは、組織犯罪の容疑で起訴されており、違法な資金で財産を購入したとされる組織との関係があるとみなされている。また、資金洗浄のためにペーパーカンパニーを設立した疑いもかけられている。

ベロニカ・ブリオネスは、海産物の販売および金物店(ferretería)の営業に従事している。また、フィトの資金をもとに、重量貨物輸送会社を2社、建築資材販売会社を1社設立したとされている。これらの会社は親族名義で登記され、マナビ県に拠点を置いている。

2020年から2021年の間に、ベロニカの口座には合計336,451ドルの入金および振込があり、そのうち262,244ドルが他人の口座に送金された。その中の248,144ドルは、合計97名の受取人に送られ、そのうち25名は犯罪組織のメンバーであり、司法手続中であった者たちである。

 

内務大臣ジョン・ラインベルク(John Reimberg)は、今回の作戦を通じて「フィトの犯罪組織の経済基盤に打撃を与えた」と勝利の表情で述べた。

2025年6月2日午後1時30分時点では、起訴内容の提示を行う審問(audiencia de formulación de cargos)はまだ行われていない。

国家警察総司令官のパブロ・ダビラ(Pablo Dávila)は、フィトが「企業的・経済的スキーム」を構築していたと述べた。すなわち、資金洗浄のために親族の支援を受けて運営されたダミー会社のネットワークである。資金源は、刑務所内支配、麻薬および武器の密売、恐喝、組織犯罪といった犯罪活動によるものと見られている。

内務大臣もグアヤキルで開かれた記者会見において、フィトの周辺人物が株式を保有したり役職を務めていた4社について、すでに警察と検察が差し押さえを実行したと発表している。

これらの企業は以下のとおりである:

関連企業名 株主 管理者 活動内容
Iris&Limpieza Yandry Nicomedes Macias Villamar Yandry Nicomedes Macias Villamar 飲食および清掃事業
Compañía de Transporte de Carga Pesada(Jomavi)※

Jorge Alberto Peñarrieta Tuárez(マリエラ・ペニャリエタの兄)

Jorge Alberto Peñarrieta Tuárez 重量貨物輸送業
KingWater ※

Jorge Alberto Peñarrieta Tuárez

Jorge Alberto Peñarrieta Tuárez 氷および飲料水の販売業
フェロ・ムンド(Ferro Mundo) Dolores Onila Zambrano Solórzano) Verónica Narcisa Briones Zambrano 金物(工具)販売業
  Verónica Narcisa Briones Zambrano José Gregorio Briones Zambrano  

※これらの企業において、フィトの妻であるマリエラ・ペニャリエタ(Mariela Peñarrieta)は株主および管理者である。しかし、この女性は「フィト資金洗浄事件」の被疑者には含まれていない。なお清涼飲料会社キング・ウォーターは自由を奪われた者への国家対応庁(Servicio Nacional de Atención a Privados de Libertad:SNAI)に対して水の供給を行っていたとされる。

 

ダビラによれば、この麻薬組織の首領とその家族は、1990年から資金洗浄を始めたとみられている。「それにより彼らは違法経済を活性化させ、現在評価額1,300万ドルの資産を築いた」と説明した。

調査により、フィトの親族らによるネットワークが、2016年から2024年の間に、通常とは異なる根拠のない金融取引――すなわち送金や預金――を2,400万ドル相当で行っていたことが明らかとなった。これは、彼らがダミー会社を通じて洗浄した金額と見られている。

今回押収された物品の中には、不動産や車両のほか、通信機器43台(携帯電話、パソコン、フラッシュメモリなど)、1丁の銃器、紙幣カウンター、ノートパソコン13台、現金1,220ドル、アルゼンチン・ペソ48万3,370(約410ドル相当)、金庫、資金洗浄に関連する書類が含まれている。

なお、フィトの元妻インダ・マリエラ・ペニャリエタ(Inda Mariela Peñarrieta)は、2024年1月にアルゼンチンで拘束されている。

これらの財産は、管理および保管のために、不動産管理技術事務局(Secretaría Técnica de Gestión Inmobiliaria)に引き渡される予定であると、パブロ・ダビラ警察総司令官が述べた。

内務大臣のジョン・ラインベルクは、今回の措置は、2024年1月に「国内武力紛争(Conflicto Armado Interno)」が宣言されて以降、テロ組織と位置づけられた組織犯罪構造に対する政府による重要な一撃であると述べた。「これを実行に移した政権は他に存在しない」と強調した。「我々は彼らの経済的基盤を破壊し、追い詰めている」と同大臣は述べ、「我々はこの戦争に勝利する。この集団は、その戦いで最初に崩壊するグループのひとつだ」と付け加えた。また、内務大臣は、フィトの捜索を続けていることを強調した。彼は34年の懲役刑を受けていたが、2024年1月にリトラル刑務所(Penitenciaría del Litoral)から逃走した。この逃走以降、ダニエル・ノボア(Daniel Noboa)政権は彼の所在に関する情報提供者に報奨金を提示してきた。当初は10万ドルであったが、2025年3月、つまり大統領選挙の直前に、その額は100万ドルに引き上げられた。

 

2025年4月、米政府はフィトに対して正式な起訴を行った。ニューヨーク州ブルックリンの連邦裁判所で提出された起訴状には国際的なコカイン密輸の共謀、銃器の使用、米国の銃器密輸といった7つの罪状が記載されている。同起訴状によれば、「少なくとも2020年以降、被告はエクアドルで最も暴力的な国際的麻薬犯罪組織の一つであるロス・チョネロスの指導者であった。被告は米当局に拘束されていない」と記載されている。さらに、「被告は、殺し屋および麻薬・武器密輸業者のネットワークであるロス・チョネロスを率いて、致死性の高いコカインを米国に密輸することにより、母国エクアドルと合衆国の双方に甚大な被害をもたらした」と強調されている。

 

自首を促す圧力

治安問題の専門家であるダニエル・ポントン(Daniel Pontón)は、今回の作戦によって、フィトとその犯罪組織にとって重要な資金調達ネットワークが壊され、彼の隠匿を支えていた側近の一部が弱体化したことで、重大な打撃が与えられたと指摘している。しかし、この作戦にはもう一つの狙いがある。それは、フィトに自首を促す圧力をかけることだ。つまり、警察は彼の家族を次々と逮捕することで、フィトを追い詰めているのである。

とはいえ、この行動には明白な報復リスクが伴う。ポントンは、そのカギを警察および軍の諜報能力にあるとし、「どこで、いつ、どのように(攻撃が起こるか)を見極める必要がある」と強調した。つまり、当局やその関係者に対するテロ行為や暗殺、あるいは警察や検察の幹部の家族に対する攻撃といった、さまざまな報復の可能性があるという。この見方は一見ドラマのように思えるかもしれないが、実際に1990年代のコロンビアでは、麻薬王パブロ・エスコバル・ガビリア(Pablo Escobar Gaviria)が、国家による包囲作戦に対抗して爆弾テロを仕掛け、恐怖を撒き散らした事例がある。

 

警察と検察は再びフィトの家族に焦点を当てている。最初の動きは2024年1月だった。そのとき、フィトの家族がアルゼンチン西部の都市コルドバで逮捕された。アルゼンチンの報道によれば、彼らは同年1月初旬にその国に到着していたとみられる。逮捕後、彼らは飛行機でエクアドルに送還された。その家族は、コルドバ郊外マラゲーニョ(Malagueño)の高級住宅地「バジェ・デル・ゴルフ(Valle del Golf)」にある邸宅を現金ドルで借りていたと、アルゼンチン紙『La Voz del Interior』が報じている。

今回は、エクアドル検察庁がフィトの他の家族を逮捕し、さらに資産を押収した。ダニエル・ポントンは、この戦略には「テスタフェリズモ(testaferrismo)」—すなわち、資産や権利の実際の所有者を隠し、第三者を名義上の所有者として立てる手法—への攻撃という意味も含まれていると説明する。この作戦が実施された背景には、現在エクアドル国民議会で審議中の「国家連帯法(Ley de Solidaridad Nacional)」がある。当初は「内部武力紛争に関連する犯罪経済の解体に関する有機法(Ley Orgánica para Desarticular la Economía Criminal vinculada al Conflicto Armado Interno)」と呼ばれていたこの法案は、32条からなり、武装組織による資金調達を阻止することを目的としている。しかし、ポントンはこのフィトの件が、ノボア(Daniel Noboa)大統領が提案したような新法を制定する必要がないことを示していると指摘する。

彼によれば、同法案の内容はすでに他の法律に規定されている要素を含んでおり、以下の三つの主要な問題点がある:

  1. 経済緊急法案として審議される条件を満たしていない。

  2. 恣意的な逮捕を助長する可能性がある。

  3. 軍および警察に対して過剰な権限を付与する恐れがある。

#Fito

 

参考資料:

1. Esta es la millonaria red de empresas de fachada por las que se mueve el dinero de narcotráfico de alias ‘Fito’
2. ¿Quiénes son los familiares de ‘Fito’ capturados en mega operativo y de qué se los acusa?
3. La captura de la familia de alias Fito, explicada



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