[エミリア・トラブッコのコラム]民主主義下の「内なる敵」ドクトリンによる軍事化

(Photo:CELS)

本記事はエミリア・トラブッコ(Emilia Trabucco)のコラムの翻訳である。臨床心理士、安全保障学修士を持つ彼女はNODAL通信社およびラテンアメリカ戦略分析センター(CLAE)の分析官を努めている。IEC-CONADUの大学・ジェンダー・労働領域ディレクターでもある。なお、彼女のコラムに対し、補足も加えている。


ミレイ(Javier Milei)政権は米南部司令部(SOUTHCOM)にアルビン・ホルシー(Alvin Holsey)海軍大将を迎える準備を進めており、あわせてウシュアイアの海軍基地への訪問も予定している。 その一方で、行政府は労働者の大多数に対する抑圧的なプロジェクトを急速に展開している。これは、米国の軍事ドクトリンに明確に沿ったもので、国土に展開する軍隊を含み、安全保障と防衛の境界を曖昧にしている。

2025年4月14日にアルゼンチン北部サルタ州タルタガルにある国家憲兵隊第52部隊(Escuadrón 52 de Gendarmería Nacional)で国家安全保障相パトリシア・ブルリッチ(Patricia Bullrich)および国防相ルイス・ペトリ(Luis Petri)が主導する行事が行われた。この行事は、同国の防衛および国内安全保障政策における転換点を示すものであり、「フリオ・アルヘンティノ・ロカ(Julio Argentino Roca)大統領作戦」の公式開始を伝えるものであり、「グエメス計画(Plan Güemes)」の第2段階と連携させる形で実施された。

このグエメス計画は当初、「組織犯罪」の取り締まり作戦を通じて国境地帯における国家の存在感を強化することを目的として設計されたものであるが、現在では軍の展開によってその動きがさらに強化され、「マフィア対策法(Ley Antimafia)」の枠組みのもと、「特別調査区域」という形で新たな地域を取り込みつつ、その地理的範囲を拡大している。

サルタ州知事グスタボ・サエンス(Gustavo Sáenz)および国家・州の軍当局と並んで、彼らは国家の存在感を北部地域で強化するための合同体制の始動を発表した。これは麻薬取引に対する「戦争」の物語を用いて説明されている。しかし、この名目の背後には、アルゼンチンにおける内政問題の軍事化が深く、かつ危険な形で進行している実態が隠されている。

ロカ作戦(Operación Roca)は、北部および北東部国境安全地帯において、1万人を超える軍部隊の展開を伴うものであり、ドローン、移動式レーダー、ヘリコプター、偵察機による支援を受けて実施されている。この展開は、2025年4月11日に官報に掲載された国防省の決議第347/2025号に基づいており、開始日は4月15日、終了予定日は12月15日とされている。軍隊の介入は、彼らの役割を再定義し、領域管理任務への直接的関与を認める政令第1112/2024号によって正当化されている。この法令は、軍の行動を他国による外的侵略に明確に限定していた政令第727/2006号の精神を廃止するものである。

ブリサ・パエス(Brisa Páez)の事例は、いくつかの重要な手がかりを示していると言える。4月17日、ブエノスアイレス州ビセンテ・ロペス(Vicente López)海軍基地において、「暴動鎮圧」技術の訓練中に、若き海軍兵士が深刻な脳損傷を負ったことが明らかになっている。この事件は、軍隊が警察的な機能へとシフトしている実態を浮き彫りにしたものであり、現在、被害者に対する意図的な暴行やジェンダー暴力の可能性を含めた捜査が進行中である。

連邦検察による予備報告には、パエスは海軍に入隊してわずか4か月しか経っていないこと、そしてこの種の訓練(暴動対応を模擬する目的で設計された)を受けた経験がなかったことが明記されている。こうした訓練は公式には「内部的な抑制手段」として位置づけられているが、国家政府の一部からは、軍隊を道路封鎖や抗議活動に介入させる可能性がたびたび示唆されており、人権団体からは強い批判を受けている。

このような軍事化の正当化は、「新たな脅威(nuevas amenazas)」という概念に依拠している。これは米国の地政学的利益に沿ったドクトリンであり、国家防衛と国内治安の境界をあいまいにするものである。この論理の中では、麻薬取引、移民、貧困、さらには社会的抗議活動までもが「戦略的リスク」として再定義される。公式な言説は、「犯罪組織に占拠された領域」という内なる敵を構築し、それを武力で排除すべき対象とみなしているが、その過程で基本的権利が侵害される危険が顕著になっている。

作戦名「ロカ(Roca)」が「砂漠の遠征(Campaña del Desierto)」というジェノサイドの記念日と重なっていることは、決して偶然ではない(補足1)。また、かつての軍事独裁政権下で重大な人権侵害に関与したことが裁判で立証されている「モンテ第28歩兵連隊(Regimiento de Infantería de Monte 28)」、通称「黒い膝(Los Rodillas Negras)」の編入も、無意識的な選択でもない。このような配置全体は、軍の役割に関する民主的合意を曖昧にしようとする権威主義的回帰の意志を示すものである。それはまた、歴史的記憶を軽視し、軍事的復讐主義を助長する政権の挑発的論理を補強するものである。ルイス・ペトリ(Luis Petri)国防相は「軍がイデオロギー的にキャンセル(排除)されたイデオロギー的偏向を是正しなければならない」と婉曲表現を避けて述べている。

麻薬取引対策を名目とした北部国境の軍事化は、その効果が乏しいという証拠を無視するばかりでなく、すでに実例として示されたように、労働者階級への弾圧を正当化する手段ともなっている。たとえば、オラン(Orán)において国家憲兵によって殺害された若きバガイェロ(密輸品運搬労働者、bagayero)の事件がそれを物語っている(補足2)。「内なる敵」の構築は、こうしたモデルにとって機能的な装置であり、農民、移民、不安定労働者、先住民族といった住民とその土地を犯罪化することによって、経済緊縮の時代における社会的統制の試みに直結している。

「脅威」の再定義は、麻薬取引にとどまらず、社会運動、労働組合、地域団体までもが「リスク」として扱われることを可能にする。それは、軍に対する文民統制を弱体化させ、法の支配を侵食する制度的な逸脱である。アルゼンチンは現在、公共の議論も民主的な監視もないまま、軍事化政策を試行しているのであり、「防衛」と「安全保障」の名のもとに、政府は地政学的隷属、国内抑圧、そして憲法上の保障の破壊を組み合わせたモデルを推し進めている。


補足1

作戦名に用いられているフリオ・アルヘンティノ・ロカ(1843年7月17日 – 1914年10月19日)は軍人で1880年から1886年と1898年から1904年に至るまでアルゼンチンの大統領を務めた。大統領の任期中、鉄道や港湾施設などの大規模なインフラを整備し、外国からの投資を増加させた一方、国家権力を強化する政教分離の法律の制定を行なった。南ヨーロッパからの大規模な移民を受け入れるとともに、農業および牧畜業の拡大をさせたが、その背景に「砂漠の征服(Campaña del Desierto)」がある。

独立後の混乱を経て、国家としての安定を模索していたアルゼンチン領土にはまだ確立されていない地域があった。それがパンパ草原やパタゴニア地方など先住民が暮らしていた土地であった。アルゼンチン政府にとってこれら支配が限定的だった土地は農業や牧畜に適した土地として映っていた。そのためこれらの未開拓地を政府の支配下に置くことで、アルゼンチン経済の発展に役立てようと考え軍事作戦を開始した。この作戦で先住民の部族は激しい戦闘を強いられ、土地を奪われた。多くの先住民(主にマプチェ族やテウエルチェ族など)が殺され、捕虜になり、強制的に移住もさせられている。

ロカ将軍による砂漠の征服(1879年)を擁護する者もいる。例えば歴史および政治的なジャーナリズムの立場からフアン・ホセ・クレスト(Juan José Cresto)はアルゼンチンの領土拡張の過程や、その時代の政府が直面した困難についての複雑さを解き明かすことを重視しており、しばしば保守的な視点から歴史的な決定の正当性を擁護する。彼曰くロカ将軍による1879年の先住民への遠征を「ジェノサイド」とするのは無知の表れか、あるいは領土権の主張を含む政治的意図を隠すものである。「ロカは先住民の土地を奪ったのか?」という問いに対しては、彼は断固として「ノー」と答えるべきあるとし、その土地はすでに16世紀のスペインの植民地時代に、馬と牛とともに占有されており、先住民の本格的な定住は180年も遅れて始まったと主張する。

近年、ロカを「ジェノサイド(集団虐殺)」の加害者と見なす声が高まっており、彼の像を撤去し、その顔を紙幣から削除するよう求める運動も起きている。一方いまだに先住民の土地や命を奪ってきたことを平然と正当化するような人間も多く存在している。

なおグエメス計画は単なる治安対策を超え、軍の国内展開まで含むものへと拡張され、より広範囲の地域が「特別調査区域」として指定されるようになっている。

 

補足2

2024年12月18日(水)未明、27歳で3児の父である労働者フェルナンド・マルティン・ゴメスが、アルゼンチン・サルタ州の国家憲兵隊第28フリオ検問所付近、国道50号線沿いのアグアス・ブランカスとオランを結ぶ地域で、国家憲兵隊によって射殺された。この事件では他に少なくとも4人の労働者が負傷している。

マルティン・ゴメスの遺体解剖でわかっているのは致命的な銃弾を受ける前に眉間(額の中央)を殴打されていたことである。この射殺は、安全保障相パトリシア・ブルリッチ(Patricia Bullrich)が命じた「プラン・グエメス(Plan Güemes)」作戦の一環として行われたもので、当局は「密輸と麻薬取引の撲滅」を目的とした作戦であるとしている。また、銃弾鑑定(弾道学的分析)では、ゴメスと一緒にいた別の労働者(負傷)も含め、両者が「鉛弾」によって撃たれたことも確認されている。

しかし、現地のバガイェロたちの証言によれば、国家憲兵隊がコカの葉やその他の商品を運んでいた労働者の集団に対して一方的に発砲した。彼らは、自らの活動が違法であることは認識しているものの、「家族を養う唯一の手段である」と主張している。ブルリッチ大臣は当初、ゴメスを「麻薬密売人」であると発言したが、目撃者たちの証言では、ゴメスは武器を持たず、麻薬とも無関係の労働者であった。目撃者によると「バガイェロたちは背後から鉛弾で撃たれた。一部が石を投げて応戦したが、麻薬カルテルの一員が石で反撃するわけがない。このケースは違う。これは労働者に対する攻撃である」。証言では、憲兵との関係は以前から緊張しており、商品押収や賄賂の強要などの違法行為が常態化していたこともわかっている。この事件は「治安の名のもとに行われる国家暴力の象徴」として、すでに多くの人権団体や市民団体の関心を集めており、プラン・グエメスの実態と、その中で拡大する内政の軍事化と市民弾圧の危険性が、改めて問題視されている。

フェルナンド・マルティン・ゴメスはアンデス高地およびアルゼンチン北部地域で広く認められている「コケオ(coqueo)」、つまりコカ葉の噛み習慣に供されるコカの葉を運搬するバガイェロとして生計を立てていた。ボリビア多民族国からの非合法なルートを通って運搬していたとされる。

このコカの葉は、伝統的・文化的・療法的に合法的に消費されているものであり、労働者たちは日常的に重くかさばる荷物を担ぎ運ぶという過酷な肉体労働に従事している。この労働は、特にサルタ州北部の数千世帯にとって、主要な収入源となっている。

ゴメスの死後、地域社会では抗議行動と道路封鎖が継続しており、住民たちは「労働者殺害の真相解明と関係機関への責任追及」を求めている。彼の死は、文化的労働の犯罪化と国家暴力の行使の問題をめぐる象徴的事件として、社会的にも大きな波紋を呼んでいる。

#JavierMilei 

 

参考資料:

1. Militarización en democracia: Visita del Comando Sur, Operación Roca y Plan Güemes
2. La autopsia reveló que Fernando Gómez fue golpeado antes del asesinato
3. Gendarmería Nacional asesinó en Salta a un trabajador pasador de comercio de frontera
4. Roca y el mito del genocidio (Juan José Cresto)
5. ¿Fue Roca el malo de la película de la historia argentina?
6. ¡No a la Militarización de Argentina!

 

 

No Comments

Leave a Comment

CAPTCHA


This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

error: Content is protected !!