(Photo: A24/Dominic Leon)
『シン・シン(Sing Sing)』はニューヨーク州オシニングに実在する最重警備シンシン刑務所(Sing Sing Correctional Facility)における収監者更生プログラム「芸術による更生(Rehabilitation Through the Arts:RTA)」を題材としている。この更生プログラムが広く知られるようになったのは2005年のことであり、当時『エスクァイア(Esquire)』誌がこの取り組みを取り上げたことがきっかけである。監督を務めるグレッグ・クエダ(Greg Kwedar)もまたこのプログラムに関心を持ち、クリント・ベントリ(Clint Bentley)と共に脚本を手がけることとした。一方、物語の当事者である元受刑者ジョン・“ディヴァイン・G”・ホイットフィールドおよびクラレンス・“ディヴァイン・アイ”・マクリンも共同脚本者としてクレジットされている。撮影が行われたのはシンシン刑務所と同じハドソン渓谷近く(ハドソンバレー地域のフィッシュキルの町)に位置するダウンステート矯正施設(Downstate Correctional Facility)で、2022年夏のことである。同施設は現在は閉鎖されている。
2005年にシン・シン刑務所で行われたRTAの舞台公演を基にして現実とフィクションを織り交ぜながら進むストーリーは受刑者の社会復帰という重要なテーマを扱っている。2024年3月、サウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)映画祭で、観客の投票により選ばれる最高賞「観客賞」を受賞した話題作である。出演キャストの85%以上は、シンシン刑務所の元・収監者でありRTAの卒業生及び関係者である俳優たちである。俳優たち自身が本人役を演じるというユニーク且つオリジナリティ溢れる作品と言える。本作は、2023年のトロント国際映画祭「スペシャル・プレゼンテーション」部門でもプレミア上映されている。全米映画批評委員会およびアメリカ映画協会からも2024年のトップ10映画の一つとして選出された。いわゆる注目作品と言える。
物語の中心は、シング・シングに収監されているジョン・“ディヴァイン・G”・ホイットフィールドである。彼はプログラムの創設者であり、刑務所内の演劇ワークショップのリーダーを務めている。親友マイク・マイクの協力を得て、クラレンス・“ディヴァイン・アイ”・マクリンを劇団員として迎え入れた。本作はフィクションであるものの、その大半を演じるのは更生プログラムに参加していたものたちである。しかし、彼らの演技に向ける情熱、その結果として培われた表現力は目を見張るものがある。例え作品に登場してくる人物たちの中に元受刑者がいるとわかっていても、それが一体誰なのかを知ることができるのは映画のエンドロールの時である。
人は様々な苦悩と共にある。皆平等に生まれてきたはずなのに、例えばアフリカ系、ラテン系というだけで色眼鏡で見られたり、レッテルを貼られたりする。レッテルは人の精神を縛り付け、本来目指したい道ではない道を歩むよう人を追い詰めることもある。人に貼られたレッテルに基づき振る舞っているうちに、いつしかさもそれが自らの生き方であるかの如く、錯覚していってしまう。
アフリカ系アメリカ人である主人公は無実の罪で服役している。この設定は、米国の司法制度、特に人種的偏見の問題に一石を投じるものである。米国が抱える人種差別的な警察対応、移民に対する政策、不当逮捕の問題を踏まえれば、こうした物語が語られる意義は極めて大きいと言える。
受刑者たちは演劇の役を通じて現実から一時的に解き放たれる。自らの痛みや経験、時に自らの弱さをを他者と共有するというプロセスは、受刑者たちの変化へと繋がっている。難しい状況は自分一人で乗り越える必要はない。心を開けば相棒が手を差し伸べてくれる。この作品は他者との関係性を築いていくプロセスや、更生に向けた方法を丁寧にそして誠実に描いている。
RTAは2025年2月、新たなエグゼクティブ・ディレクターにプログラムの卒業生であるジャメイン・アーチャ(Jermaine Archer)を任命したことを発表した。この人事は2023年1月より暫定エグゼクティブ・ディレクターを務めてきたレスリ・リクタ(Leslie Lichter)の後任となる。リクタは、創設者であり前エグゼクティブ・ディレクターのキャサリン・ヴォッキンス(Katherine Vockins)の退任後、組織の円滑な移行を確保し、戦略的成長への基盤を築くとともに、寄付者や矯正・地域監督局、その他の主要パートナーとの関係構築に尽力した。
アーチャは、RTAのプログラムを経て長年にわたり同団体のリーダーシップを担ってきた人物であり、その卓越したビジョンと実体験をもって、RTAを新たな未来へと導いていく。シン・シン刑務所に収監中、彼はRTAの芸術プログラムにおけるリーダー的存在であった。2020年に出所後、RTAの理事会メンバーに加わり、2025年2月18日、RTAの29年の歴史において2人目のエグゼクティブ・ディレクターに就任することとなった。
アーチャは個人的な経験と独自の展望を新たな役職に持ち込み、直近ではチャールズ&リン・シュースターマン・ファミリー財団 刑事司法支援チーム(Charles and Lynn Schusterman Family Philanthropies Criminal Justice Grantmaking team)のアソシエイトを務めていた。
「これは、心からの“原点回帰”の瞬間である。RTAは私の人生を変えてくれた。私にとって、RTAは単なる組織ではなく“家族”だ。ここに戻ってこられたことを本当に嬉しく思う。RTAは創造性のはけ口であると同時に、コミュニティであり、より良い人生への道だ。私は“壁の両側”を知っている。今後はこの役職を通じて、RTAの成長という新たな章を先導し、多くの人々にこの重要なプログラムを届け、刑事司法制度を尊厳・敬意・創造性・可能性に基づくものへと変革していくことに貢献したい。」 ― ジャメイン・アーチャ
収監中、アーチャはマーシー大学で行動科学の学士号を取得し、ニューヨーク神学セミナリーで専門研究の修士号を取得した。さらにパラリーガル資格を取得し、複数の言語も独学で習得した。出所後すぐに、ウェストチェスター郡のリーガル・エイド・ソサエティにてパラリーガルとして勤務し、刑の軽減を求める依頼者を支援した。現在は同団体には所属していないが、コミュニティ活動やアドボカシー(権利擁護)、エンパワーメント、地域連携による組織づくりなどを通じ、さらなる社会的インパクトを広げている。
「私は、アーチャと3年間にわたり理事会で共に活動してきた者であり、またエグゼクティブ・サーチ委員会の委員長として、彼が次期エグゼクティブ・ディレクターとなることを心から嬉しく思っている。RTAは、個人が自らの可能性を解き放ち、人生を変える力を得る場である。アーチャー氏はその象徴であり、社会の内外で変革のリーダーとなってきた。彼の実体験と洞察力は、RTAの価値を体現し、さらなる個人の成長へと導く原動力となるであろう。」 ― シェリル・ベイカー(RTA理事)
本作はApple TV、Google Play、YouTube、Prime Video、Plexなどの主要ストリーミングサービスを通じても視聴可能となっている。
これらのRTA出身者の物語は、芸術が持つ癒しと変化の力を証明している。彼らの歩みは、すべての人が尊厳を持ち、変化できる存在であることを教えてくれる。
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作品情報:
名前: Sing Sing
監督: Greg Kwedar
脚本: Clint Bentley、Greg Kwedar、Clarence Maclin、John “Divine G” Whitfield
制作国: United States
製作会社:Black Bear Pictures、Marfa Peach Company
時間: 105 minutes
ジャンル:Documentary
参考資料:
1. Crítica de cine “Las vidas de Sing Sing”: La reinserción a través del arte
2. Rehabilitation Through the Arts: Prison Arts Programs
3. SING SING Now Available to Stream on Demand
4. Meet the RTA Alumni Featured in A24’s Acclaimed New Movie Based on RTA’s Theater Program
5. Sing Sing is a feelgood prison drama that doesn’t quite hit the right note
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