映画:「Invasión Drag(クイーンに沸いた夜)」が教えてくれる自分の価値

(Photo:DVSROSS/Flickr)

2017年、リアリティ・コンペティション番組『ルポールのドラァグ・レース(RuPaul’s Drag Race)』から数十人のドラァグ・クイーンがペルーのリマに降り立った。宗教の教えを強く信じ、保守的でLGBT+への偏見も色濃く残るペルーにおいてドラァグが受け入れられるのか、を追ったドキュメンタリー作品である。

この作品はアルベルト・カストロ(Alberto Castro)監督によるもので、文化省が文化プロジェクトのために提供する助成金プロジェクト「Estímulos Económicos」(2021年、2023年)の対象作品である。アメリカからやってきた32人のドラァグクイーンがペルーの首都に到着した様子と、彼らの来訪にまつわる様子を描き、また、自らのアイデンティティと芸術を誇りに思うリマのドラァグクイーンたちの活動、夢、展望を記録した。ペルーを訪れた有名アーティストの中には『ルポールのドラァグ・レース』の参加者であるビアンカ・デル・リオ(Bianca del Río)、ラジャ(Raja)、アリッサ・エドワーズ(Alyssa Edwards)、ヴァレンティナ(Valentina)も含まれている。

 

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Alyssa Edwards(@alyssaedwards_1)がシェアした投稿

 

2022年、4歳からオランダに住むペルー人、ボリス・イツコビッチ・エスコバル(Boris Itzkovich Escobar)はルポールのリアリティ番組で優勝した初のラテン系である。「ドラァグ・レース・オランダ」の第1シーズンで栄冠に輝いた。エンヴィ・ペルー(Envy Peru)の芸名で活躍するクイーンは国を代表して国際的に活躍している。「私の目標は、私がインスタグラムのかわいい写真以上の存在であることを人々に示すことだった。私には個性がある。私は幸せだし、誇りを持って王冠をかぶるわ。ペルー、これはあなたのためよ。アリバ・ペルー、カラジョ!」と感慨深げに語った。

 

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ENVY PERU(@missenvyperu)がシェアした投稿

 

本作品を作るという提案はドラァグ・ムーブメント、とりわけLGBTQ+コミュニティがどのように改善したかを明らかにしようとするものである。メディア「エル・コメルシオ(El Comercio)」は監督に、このドキュメンタリーやペルーでこのテーマの映画を制作することの難しさについて話を聞いている。「テレビではLGBTQ+の映画は放映されていなかったし、ゲイのキャラクターも知られていなかった。だから、孤独を感じ制限される。新しい世代、LGBTQ+の観客、ゲイ、レズビアン、トランス男性、女性、そして二元論にとらわれない人々に、(ドキュメンタリーは)彼ら自身を認識させ、(彼らの言葉を)代表していると感じさせる」と、アルベルトは社会におけるこの種の作品の重要性について語った。

「ペルーでは、ドラァグ・クイーンやトランスのようなコミュニティに属する人々に対する偏見がまだ残っている。 あなたのドキュメンタリーは、保守的で同性愛嫌悪のペルー社会を終わらせる『一歩前進』になり得るか」というエル・コメルシオからの質問に対し監督は「私のドキュメンタリーは、明らかに非常に複雑な課題(を描写するもの)であるため、そのようなことをするふりはしないものの、少しでも助けになるのであれば、私は嬉しく思う(……)私は、このような男性や同性愛者がなぜドラァグをすることにしたのか、それがコミュニティにとってどのような意味があるのか、そしてこのような国で自分とは違うと感じる人にとってどのような意味があるのかを証明するためのも、会話が生まれることを望んでいる」とした。

 

2017年、有名なルポールコンテストの参加者たちがペルーを訪れたときのこと。アルベルトは、憧れのアーティストたちに会いたいとはっきりと思ったと言う。カストロは「クイーンの代表者のところに行って『これが僕の役割なんだ。僕はビデオを作るんだ。君たちがビデオを作ろうと考えたことがあるかどうかはわからないけど、いいアイディアだと思う』と伝え」映像撮影の機会をもらったと言う。しかし作品が出来上がるまでは「不思議で、奇妙で、驚くべき1年を記録できた」と思える感覚はなかった。彼が作品作りを終えて感じたのは、ドラァグ・クイーンの登場でペルー社会に違いが見られたと言うこと。分断され、固定観念に縛られたコミュニティから「性的指向と性表現の違い」が「理解」され、より包括的なコミュニティへの変化を意味する。「主流メディアの誰もそれを取り上げなかった」。しかし次第に「(LGBTQ+の)デモ行進が大きくなり始め、コミュニティに自らを見出す人たちが少しずつ現れ始めた。そして、私はついに『よし、これはドキュメンタリーだ』と言って、編集とインタビュー探しの長いプロセスを始めた」と彼は付け加えた。

「このドキュメンタリーで印象的だったのは、国際的なドラァグ・パフォーマーたちがペルーに抱く印象だ。参加者の一人が、ペルーは最もホモフォビック(同性愛嫌悪)でない国のひとつだとコメントしてる。 それはなぜだろうか」とエル・コメルシオが質問したことに対し、監督は「アーティストが国を移動するときは、常にマネージャーやプロダクションに守られていることを考慮しなければならない。だから、彼らがこの国がどんな国なのか、限定的なビジョンを持つことになるのは明らかだ。リマに到着して、空港で写真を求める人々を見て、イベントが人でいっぱいなのを見たら、明らかに『この国はそれほど攻撃的ではない』と言うだろう」と答えた。つまり彼が語るのは、ドラァグ・クイーンたちが感じたペルーと、実際そこで生活をする人々の間に乖離があると言うことだ。それでも、ペルーは、そして人々はドラァグに魅了され感化され、そして自分を解放させていく。

 

カストロは当初映画監督としてというより、現象としてのドラッグ・ブームに接していたと言う。いつしか監督は題材としてのドラァグ・クイーンに興味を持つようになった。そして監督は別のドキュメンタリーのためにも執筆やリサーチのプロセスを開始した。ブームが終わってしまったら、もう戻ってこないというのは有名な話だ。しかし監督は膨大に撮った映像を前に自問自答を繰り返し、2019年、再びこのプロジェクトに取り組んだ。ドラァグブームがなぜ起こったのか、どのように起こったのか、彼は問い続けた。このドキュメンタリーは、2017年に起こったことの年代記のようなものであると同時に、LGTBIQ+の権利、コミュニティの受容、そしてコミュニティが安全だと感じられる空間をどのように見つけなければならなかったかという点で、ペルーが社会としてどのような状況にあるのかをX線写真で映し出したものでもある。

監督は『Invasión Drag』だけでなく、このテーマに関連した次の2つのプロジェクト『Arde Lima』と『Salido del clóset』でも映画作品を作成するための資金獲得に苦労したことを語っている。ペルーにはDAFOのような国家組織があり、コンペティションや映画祭を通じて国内のオーディオビジュアル産業を奨励・促進しようとしていることは注目に値するものの、なぜなのかよく理解できないが、LGBTQ+に関する物語や国家が表彰したものはほとんどない。その一方ペルーの歴史に関する多くのものが表彰されている、と彼はそう語る。

これに関連して「なぜペルーの偉大なアーティストたちがLGBT+の啓発キャンペーンに参加しないのか、彼らはあえてそれをすることが難しいのだろうか」と言う質問に対し監督は「私たちの社会は保守で、LGTBIQ+のコミュニティをいまだに拒絶している。私たちは平等ではない、それが問題なのだ。新しい世代がそれを示している。大多数が結婚の平等や同性カップルによる養子縁組に反対している」。「アーティストたちはブランドやスポンサーがつかなくなることや、ファンがプレゼントを送ってくれなくなることを恐れている」こと「社会は私たちに、もしあなたが男性ならこのような服装をし、このようでなければならない、もしあなたが女性ならこのようでなければならないと教えてきた」。「ルポール(『ルポールのドラァグ・レース』のドラァグクイーン・プロデューサー)が言うように、私たちはみな平等に生まれてきて、あとはそれをどう築いていくか(が重要)だ。(……)ジェンダー・アイデンティティをめぐる闘いは、地域社会だけにとどまらず、異性愛者の男女を問わず、すべての人に影響を及ぼしている」と語る。

 

この作品を見て、色々な考えを持つ人もいることだろう。しかしながら私が強く思うことは、今年見た作品の中でも大好きな一本であるといことであり、手元にDVDを置きたいとすら思えるものだったと言うことだ。自分が何ものであるのかの定義は人それぞれでいい。人と一緒でなくてもいい。それはLGBTQ+に所属する、しないは関係ない。一人一人、個性的であっていいのだ。自分であっていいのだ。

ドラァグ・クイーンたちの語る言葉は、必ずや勇気をくれることだろう。

 

作品の受賞歴やノミネート

第31回インサイド・アウト映画祭のオフィシャルセレクションの一部として、トロントで初めて国際的に紹介された。2021年には、アメリカのニューフェスト2021、メキシコの首都で開催された第25回メキシコ・ミックス映画祭などの映画祭にも参加した。国内では、2022年6月に劇場公開される。2023年、この作品はマラガ映画祭のラタムフォーカス部門に選出され、第26回映画祭の主賓としてペルーにオマージュを捧げた。

 

レティーナ・ラティーナ

レティーナ・ラティーナ(Retina Latina)」は、ラテンアメリカ映画を無料で鑑賞できる、公共的かつ国際協力的なインターネット・プラットフォームである。このプロジェクトは、ボリビア、エクアドル、ペルー、メキシコ、ウルグアイ、コロンビアの映画団体によって開発された。

このプラットフォームは、この地域におけるラテンアメリカ映画の配給と上映が直面しているニーズと課題に対処するために作られた。ほとんどのコンテンツは、ラテンアメリカとカリブ海諸国の市民が利用できる。レティナ・ラティーナでは、毎月、テーマ軸に沿ったプレミア上映プログラムを開催している。5月に行われたラテンアメリカのトランス・コミュニティの現実と課題を掘り下げ、ジェンダー・アイデンティティに対する別の見方やアプローチの方法を発見するよう誘う「Identidades transformadas: la vida trans en américa Latina」展も開催した。映画を通して、これらの作品は、あらゆる形の多様性を祝福するよう私たちを導いてくれるだろう。

 

ルポールのドラァグ・レース

『RuPaul’s Drag Race』は世界的にとても有名なコンペティション番組で、2015年か2016年にネットフリックスが権利を取得して多くの人が見ることができるようになり、人気を博してきた。

 

参考資料:

1. El documental “Invasión drag” llega a los hogares peruanos de forma gratuita a través de Retina Latina
2. ‘Invasión Drag’: últimos dos días para ver el documental en cines sobre las drag queens en Perú
3. Alberto Castro: ‘‘Invasión Drag es una radiografía del Perú en cuanto a derechos LGTBIQ+”

 

作品情報:

名前:  Invasión Drag 
監督:  Alberto Castro
脚本:     Alberto Castro
制作国: Peru 
時間:  78 minutes
ジャンル:Documentary

No Comments

Leave a Comment

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください