（Photo by Alfredo Peñaloza/Flickr）

「マリア人形（muñeca María）」をご存知だろうか。メキシコを訪れたことのある人で、その存在を知らない人はいないとさえ思われる。土産物市場のみならず公園や広場、そして道路でも販売しているし、私の知人はほぼそれを持っている。マリア人形はメキシコ人のアイデンティティをも形成しうる、そんな存在だ。それにも関わらずこの人形の持つ意味はもとより、名前を知る人は意外に多くない。

マリア人形の成り立ち

マリアと名付けられた人形は、ミチョアカン州とメキシコ州で生まれたとされている。マサウア（Mazahua）族が、市場で売られていたおもちゃに代わる、より安価で伝統的なおもちゃとして作ったものが起源だ。当時の子ども用の人形といえばスペインから輸入された磁器の人形が有名だった。しかしそれは製造コストが高かったこともあり、それに代わるものとして新たな人形が粘土、ヤシ、トウモロコシで作られた。先スペイン期のメキシコ、特にテオティワカンにおいても人の形をし手足の動く土偶が見つかっている。これもまた子どものおもちゃだったと考えられている。マリア人形は新大陸と旧大陸によるシンクレティズムの結果だと分析するものもいる。シンクレティズムとは別々の信仰、文化、思想学派などの融合を言う。後にこの人形はボロ布やカラフルなリボンで作られるようになり、メキシコシティの街を歩いていたマサウア族の出立を表すようになり「マリア」と呼ばれるようになった。なお、マサウア族とオトミ族のコミュニティがこの地域の女性へのオマージュとして、この人形をデザインするようになったと言う説もある。

マリア人形とそのバージョン

マリア人形の特徴は象徴無言の微笑み、三つ編みに絡まる無限のリボン、そしてメキシコ先住民を代表する典型的な衣服にある。19世紀末になると人形製造はピークに達し、メキシコ全土に広まった。現代におけるマリア人形の多様性はコレクションとして機能する。北部のグアリヒオ（Guarijío）を表す人形は民族の代表的な衣装である鮮やかな色と花柄の布地にレースやスカーフ、黒いストッキングがあしらわれている。

マリア人形の意義

マリア人形はメキシコシティの路上で非公式に売られていた。そのため警察のバンに追われたこともある。一方1972年頃ルイス・エチェベリア（Luis Echeverría Álvarez）政権は人形や手作りの織物の製作を訓練する目的で「マサウアセンター」を設立し、この土地にやってきたマサウアの人々は正式な労働に組み込まれるようになった。上述の通り元来のマリア人形はハンドメイドである。それは伝統的な知恵を刺繍や糸を通じ後世に受け継ぐ意味もあったとされる。その継承を通じマサウア女性は情熱、愛、勇気を取り戻すことができた。しかし昨今は機械を通じて作られることもある。ケレタロ州アメアルコの職人、クリスティナ・フアレス・ラミレス（Cristina Juárez Ramírez）は「（手で作られていることは）ほとんど評価されることはない。高価だと言われるが、私たちが投資する材料の量を知らないし、材料は事実非常に高価である」と述べている。

古代における人形はおもちゃではなく、魔法や宗教的な役割を担っていた。それは上述のティオティワカンの例を見てもわかることだろう。考古学者によると、世界で最も古い人形はエジプト時代（紀元1世紀から5世紀）のものであり、エジプト探査基金が実施した発掘調査で発見されたものである。また、人形は死者とともに墓に埋葬され、死後の世界でも彼らの召使いになると信じられていた。マリア人形もまた重要な役割を担ったとされている。子供の守り神とも言われる人形は子どもから悪霊を追い払う。先住民の世界観によると人形は悪霊から身を守る役割を持っていた。だから子どもの埋葬儀式に添えられた。一方マリア人形を贈ることはその人の幸せを願うことができるとも信じられている。つまり 贈り物として最適と言うわけだ。

マリア人形の作成に興味を持った人はヴェラスリゾート（Velas Resorts）が提供するワークショップを通じて自分で作ることも可能だ。ちなみに私が持っているのはサパティスタ民族解放軍（Ejército Zapatista de Liberación Nacional：EZLN）バージョンである。EZLNについてはこちらから。

参考資料：

1. La muñeca María, su historia y simbolismo en la cultura mexicana
2. La muñeca María: Cultura Mazahua