セント・ルシア総選挙2021:SLPが大大大勝利したセント・ルシアとは

カリブ海に浮かぶ島セント・ルシア(Saint Lucia)で7月26日、総選挙が行われた。予想を大きく覆し大統領がアレン・チャスタネット(Allen Michael Chastanet)首相たち与党が大負けをした。フィリップ・J・ピエール(Philip J. Pierre)の指揮のもと、躍進したセントルシア労働党(St Lucia Labour Party:SLP)17議席中11議席を獲得と驚異的ともいえる勝利を収めた。

https://twitter.com/PhilipJPierreLC/status/1419841547114266624

 

そこでの選挙はスムーズに行われ、ペルーなどのように1ヶ月半経たねば国のトップが決まらないなどといった非常事態に陥ることはなかった。ペルーがイレギュラーすぎたという話もあろうが、いずれにしても滞りなく投票が行われた。

 

速報値によるとSLPが13議席、統一労働者党(UWP)が2議席、無所属候補のステファン・キング(Stephenson King)とリチャード・フレデリック(Richard Frederick)が2議席を獲得した。

この結果は事前にeMagine Solutions Inc.によるオンラインアプリケーション(※)「Poll St.Lucia」を通じて行われた模擬選挙の結果とは正反対となった。選挙約10日前の7月15日までに得た3000件の回答でもカストリ北を除くすべての議席でUWPがリードしていて16議席を獲得としていて、他国における選挙でも実績をあげていた同アプリケーションは面目を失った。

独立系でカストリーズ・ノース(Castries North)から選出されたステファン・キングは元首相、カストリーズ・セントラル(Castries Central)で選ばれたフレデリックはUWPかSLPしかいなかった議会歴史に新たなページを作ることとなった。なおUWPから選出されたのはミクー・サウス(Micoud South)から現大統領のアレン・チャスタネット、サルティバス(Saltibus)からブランドリー・フェリックス(Bradley Felix)だ。

 

この国の政治について詳しく知る人も少なそうだから、この機に政治に関すること、この国に関することを少し調べたので情報を共有しておくこととする。

セント・ルシアという国の名前自体、あまり聞きなれない。面積600平方キロメートルの島はアジア人には馴染み深いスリランカの形となんとなく似ていて、雫型をしている。北にはフランス領マルティニーク(Martinique)、南にはセントヴィンセント・グレナディーン(Saint Vincent and the Grenadines)がある。島の西岸には先の著しく尖ったピトン山(Pitons)がそびえているのが特徴的だ。火山性の砂浜のビーチが迎えてくれる。首都カストリーズはクルーズ船の寄港地として人気だ。

 

島には17万8千人が住み、そのうちの85.3%がアフリカに起源を持つ。その他の構成は混血が10.9%、東インド系が2.2%だ。主な産業はもともとはバナナ栽培だった。しかしEUによるカリブ産バナナへの関税特恵の撤廃、国際市場での価格変動,ハリケーンなどの自然災害でその生産量及び輸出量が大幅に落ち込んだ。単一産業へのリスクもあることから、近年では観光業にも力を入れている。

 

1979年に2月22日英国から独立したもののコモンウェルス・レルム(Commonwealth realm)の加盟国である。君主にイギリスの女王エリザベス2世を置くも、君臨するも統治はしていない状態だ。政治体制の基礎にはウェストミンスター・システムを採用し、首相が実質的な政治リーダーを務める議院内閣制によって統治されている。国王の職務を代行する総督は国王に代わり、実際には首相によって任命される。なお、通常下院総選挙で多数派を形成した政党の指導者が行う。ちなみにこの国はもともとドミニオン(dominion、自治領)扱いだった。1926年の帝国会議で主権的地位がイギリスから与えられ、1931年のウェストミンスター憲章で実質的な独立国化、そして1979年を迎える。

議会は両院制で上院と下院からなる。ただし上院11議席は任命制で誰が決めるかが決まっている。6議席が総督(与党)、3議席が野党指導者、残り2議席が宗教界や財界などの社会的集団の助言で選出され、最終任命は総監が行う。一方で今回の総選挙の対象ともなる下院は17議席では全議員、直接選挙(小選挙区制)によって選出される。議員数の少なさに驚くかもしれないが、人口が18万人弱ということを再掲しておこう。

両院とも任期は5年で、上員に欠員が出ればその日から3カ月以内に再度任命される必要があり、下院議員の空席が出れば補欠選挙が行われる。ちなみに、こんなことはないかと思うが、万一セント・ルシアが戦争状態にあるときは、議会は通常の5年の人気に加え、一度に12ヶ月を超えない範囲で延長することができる。ただし上述を理由に10年(通常5年+延長5年)を超えることはできない。

この国には大きく二つの政党が存在する。それ以外がないわけではないし、事実2016年6月6日の総選挙でも4政党からの立候補があったが、残念ながら選出されるには至らなかった。せっかくなので、前回の総選挙の結果を書いておくと以下の通りだ。

政党名/得票数/獲得議席
United Workers Party(UWP)/46,183/11
Saint Lucia Labour Party(SLP)/37,148/6
Lucian People’s Movement/154/0
Independientes/811/0

 

2016年の選挙はアレン・チャスタネットが率いる統一労働者党(UWP)が躍進し前回より5議席増えた。逆にセントルシア労働党(SLP)は5議席をまるまる失った。

首相は2回目の政権獲得にむけ、フィリップ・J・ピエール氏率いる野党SLPを「使い古された勢力」と表現、格付け会社CariCRISの最近の報告書を指して「セント・ルシアはこの地域で最も業績の良い国の一つであり、この統一労働者党政府の努力が功を奏している」とUWPによる過去5年間の実績をアピール、ページに及ぶ気合の入った包括的なマニフェストを発表した。ざっくりいうと公約として新「5 for 5 計画」を発表し失業手当の導入、生活困窮者への月々の援助の拡大、親の学校の教科書代の節約、付加価値税の10%への引き下げ、すべての人への医療の提供を提示している。

 

一方、SLPは選挙戦に際して、経済、犯罪の観点から以下を指摘していた。

5年間での犯罪件数の増加

殺人件数は2015年の26件から2020年には52件に増加し、犯罪数も2015年の17,619件に比べ、2020年は18,794件に増加していた。大麻の不法所持も2015年の93件に対し、2020年には105件に増加した。なおアレン・チャスタネットの一期目に大麻合法化の計画も進んでいた。

経済の悪化

東カリブ通貨同盟(ECCU)加盟国との比較し昨年23.8%という最大の経済悪化を招いたこと、ECCU内の国の中で最も高い水準となる9億ドル以上の公的債務の増加(約40億ドル)になったことについても言及した。ECCBによると、東カリブ諸国連合(OECS)加盟国の公的債務総額の増加分の60%は、この国の増加による。

一人当たりのGDPも減少した。主な理由はCOVID-19の影響によるものだがIMFによると、2016年は一人当たりのGDPが10,610米ドルだったのに対し、2021年は9,820米ドルと8%も減少した。上記経済の悪化は
観光プロジェクト、デザートスター・ホールディングス(Desert Star Holdings Limited:DSH)なども原因となっている。

2016年8月、セントルシア政府はDSHとの間に20億米ドルの契約を締結している。それは「カリブの真珠(Pearl of the Caribbean)」の建設を予定してのことだ。このプロジェクトを通じ、島の南部にある700エーカーの敷地に、マリーナ、競馬場、リゾート・ショッピングモール複合施設、カジノ、自由貿易地域、大規模な娯楽・レジャー施設、アパートなどを建設しようとしていた。持続可能で自己完結型の開発を目指しており、プロジェクトの初期段階には500〜800人の雇用を見込み、この土地で1,000頭以上の競走馬を収容することで競馬をはじめとした「馬」を使った新たな産業の立ち上げを狙っていた。

 

2016年に契約締結していたものの、2019年末時点で出来上がってもおらず、むしろ同年12月13日の建国記念日、兼カリブ馬事文化フェスティバル(CECF)のレースでーにはプロジェクトの第一段階が始まるという段階だった。

ちなみに失敗と揶揄されたこのプロジェクトに対し首相は「COVIDの件でも、この政府には計画を立てる能力があり、あらゆる否定的な意見にもかかわらず、その計画に沿って進むことができた」と反論していた。

SLPはこの5年は多くのセントルシア人にとって困難で試練の多い時代で、これは無謀で思いやりがなく、平均的なセントルシア人とは無縁な政府による悪政が原因となっていると批判し、公約に政府の腐敗、高水準の犯罪、被害者の存在、政治的排除、貧困層や弱者の疎外、政治的脅迫、貧弱な医療制度と戦うことを誓っていた。そして3つの国家目標を達成するために実践的な戦略を提供していた。

1. 経済を安定させ、雇用、ビジネス、家族を守る。
2. 国民がより確かな未来を見据えることができるよう、聖ルシアを成長のために再配置する。
3. 民主主義の原則と法の支配に導かれた政府が、国民のために働き、国民に反しないようにするために、善良で誠実なガバナンスを回復する。

ちなみに経済安定化に向けては低・中所得者層に所得税の軽減を行う予定で、これにより月収4,000ドル以下の人には所得税が掛からなくなる。また住宅地の固定資産税も免除する。漁師への燃料に対する1.5ドルの追加税撤廃、製造業の税負担を軽減のための現行のVAT法を再検討などもするという。中小企業には運転資金融資、輸出補助金の導入も行う予定だ。

 

選挙キャンペーンの環境や、開票、投開票、閉票、開票作業などの投票プロセスも監視するためにこの土地を訪れたカリブ共同体(Caribbean Community:CARICOM)、米州機構(OAS)の選挙監視団(EOM)、英連邦の支援もあり、選挙は無事終わった。

 

国旗の青は大西洋とカリブ海、黒と白はアフリカ系黒人とヨーロッパ系白人の団結を、黄は太陽を象徴している。1967年から使われていたこの旗が表すように豊かな自然と持続可能な形で共存し、国を発展させていってほしい。

※このアプリケーションはセント・ルシア以外でも「Poll Barbados」、「Poll Grenada」、「Poll Dominica」として提供されていて、各々の国の選挙結果を予測するのにも使われている。これらの島々では参加者が少なく、サンプル数も十分ではなかったものの、結果は正確だったという。

※このほかの政党、運動にはルシアン人民運動(Lucian Peoples Movement:LPM)、国家開発運動(National Development Movement:NDM)というものがある。

 

参考資料:

1. St. Lucia, Desert Star Holdings sign $2B project
2. Chastanet: No St. Lucian project has ever started with wall to wall support!
3. Arrogance, ignorance and hypocrisy confront governance in St Lucia
4. PM assures south that DSH project will be completed
5. Caricom enviará grupo de observadores a comicios en Santa Lucía
6. Constitution of Saint Lucia
7. Beyond 5 for 5: UWP launches 2021 manifesto
8. SLP launches manifesto with economy, tax relief in focus
9. 2021 Election Poll: UWP leading in 16 seats

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