旅日記:ブラジル・バイヤにおけるメネラウ・セチとの出会い

サルバドールは観光ビジネスが盛んな街である。町中にはお土産屋が軒を連ね、Tシャツや楽器、サルバドールの町並みや人々を描いた絵画などが並んでいる。歩くだけでも楽しいが、そこへサンバヘギの楽団がやってきたりすれば、気分は一気に最高潮に達する。

いつものように町を歩いていたある日、ふと一軒のアトリエに出くわした。道端に飾られた一枚の絵に目が留まり、思わず息を飲む。それは、まさに自分の好みにぴったりの絵だった。

その絵に吸い寄せられるように、アトリエの中へ足を踏み入れる。絵が所狭しと並べられた空間の中心には、小さな作業スペースがあり、そこには絵の具がたっぷりついたパンツをはいた小柄な男性がいた。

「絵を見せてもらってもいいですか?」と声をかけると、彼は快く迎え入れてくれた。なんと、その人物こそが画家のメネラウ・セチ(Menelaw Sete)本人だった。どうやら、ちょうど絵を乾かしている最中で、次の一筆を加える準備をしていたようだ。

ポルトガル語はあいにく話せないが、それでも彼の絵から強いインスピレーションを感じた。せめてその思いと、ささやかな感想だけでも伝えたいと思い、口を開いた。

私の話がある程度伝わったのだろう、彼は自身の作品について丁寧に語ってくれた。彼の作風や過去の展示、創作のアイデア、作品を生み出すために体験してきた冒険、さらにはイベントなどで訪れた世界各地での印象――話は多岐にわたった。

モロッコ料理の美味しさといった共通の話題では特に盛り上がった。また、彼が体験したスカイダイビングやスキューバダイビングの話は、とても興味深く聞き入ってしまった。

一方で、サルバドールの現状やブラジル経済についての、やや難しい質問を投げかけられると、返答に困ってしまう。スペイン語で伝えようとしても、慣れないテーマでの意見交換はやはり難しい。

あれこれと話しているうちに、気がつけば1時間以上が経っていた。どうやら、話し好きなのはお互い様だったようだ。ただ、これ以上仕事の邪魔をするのは申し訳ないと思い、アトリエを後にすることにした。

彼の作品には、ピカソを思わせる画法と雰囲気がある。それが、私が彼の絵に惹かれた最大の理由でもある。実際、彼は「ブラジルのピカソ」としてメディアに取り上げられたこともあるという。

もしサルバドールに滞在する機会があれば、旧市街の中心にある彼のアトリエを訪ねてみてはいかがだろうか。

メネラウ・セチという人

1964年、ブラジル・サルバドールに生まれる。幼少期から絵を描き始め、現在では「ブラジルのピカソ」として世界的に知られる存在となっている。

メネラウ・セチは、ある現実に対して革新的な手法で転化・表現することに定評がある。その作風は、しばしばキュビズムや新印象主義の観点から語られるが、そうした言葉だけでは彼の表現の全貌を語りきれない。

作品には、色調のトロピカルな明るさや大胆な構図が見られ、それがアフロ・ブラジリアン的な特徴とも重なり合うと評されることもある。

その功績は国際的にも高く評価されており、イタリア・シチリア島のスキアッカ・テルメ(Sciacca Terme)には、ブラジル人として初めて、彼の名前を冠した展示室が設けられている。

なお、彼の芸術的才能は絵画だけにとどまらない。音楽を通じての自己表現にも積極的に取り組んでおり、マルチなアーティストとしての側面も注目されている。

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